2017年7月1日

モデル・俳優 栗原類「お母さんたちも自分の時間を大切にしてほしい」

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モデルとして、またユニークなキャラクターでも愛されている栗原類さん。自身の発達障害を語った著書『発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由』が多くの反響と感動を呼んでいます。これまで自分とどう向き合い、夢を実現させてきたのか。また、ずっとそばで支えてくれたお母さんへの思いを伺いました。(kodomoe 2017年2月号掲載)

インタビュー/原 陽子 撮影/大森忠明

くりはらるい/1994年東京都生まれ。イギリス人の父、日本人の母を持つ。5歳からNYで暮らし、8歳のときに現地で発達障害と診断される。11歳で帰国し、中学時代に「メンズノンノ」などの雑誌でモデルデビュー。17歳のときバラエティ番組でタレントとしてブレイク。19歳でパリコレデビュー。現在モデル、タレント、俳優として、テレビ、ラジオ、舞台、映画などで幅広く活躍中。

何でも忘れてしまうドリーと僕は同じ

――2015年にNHKの「あさイチ」でご自身がADD(注意欠陥障害)であると告白されましたが、きっかけは何だったのでしょう?

 自分は隠しているつもりではなかったんです。以前にブログでも書いていたし、「ADDなんですか」って聞かれたら「はい、そうです」って普通に答える感じで。「あさイチ」さんが発達障害の特集をしたのといろんなタイミングが重なって、自分から改めてお話しする機会をいただけた、という感じでした。ネット上の反応では「勇気をもらった」とか「ありがとう」という言葉が多かったです。また「あ、知ってた」とか「やっぱりそうなんだ」って書いてる人たちも多く、それも逆にうれしかったですね。

――昨秋発売の『発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由』、この本を書こうと思われたのは、やはりその反響があってのことですか。

 そうですね、まさか自分が自伝を書くとは、しかもまだ21歳(当時)の若造が一体何を語るんだとも思ったんですけど、書くならば読んで得する本、ためになるような本を書こうと思いました。発達障害では、ダウン症や自閉症スペクトラムの本は多いんですけど、ADD、ADHD(注意欠陥多動性障害)についての本はまだそこまで多くはないので、自伝的な感じも含め、自分が最初はどのようにADDの診断を受けたのか、どんな生活を送ってきたのかなど、世間の人たちに話す機会みたいになったことが、ある意味実験的な感じではありました。
 元々僕は自分の親世代、年上の女性のファンの方が多いので、今回の本はお子さんのいる人、または発達障害の子どもを持つお父さんお母さんを主な対象に書いたんですけど、それ以外の人たちも、読んで得する本、新たな発見がある本にしたいと考えていたので、いろんな目線も含めて書きましたね。

――得をするというのは。

「ああ面白かった」とか「ああそうなんだ」とかの一言では済まされないような本。僕がやっていた方法で参考になったとか、発達障害の当事者が今後生活していく上で、いいきっかけになってくれたらいいなあとは思うんですけど、それ以外の方々にも読んでもらって、生き方そのものに新しい可能性を見つけてほしい、見つかるきっかけを作る本になったらいいな、と思っています。

――8歳の頃に観た映画「ファインディング・ニモ」が、ご自身がADDだと知るきっかけになったそうですが。

 それが自分の発達障害と向き合った一番最初でしたね。当時暮らしていたNYの小学校で1年生の頃、担任のサンドラが母親に「もしかしたら類くんは発達障害の可能性もあるかもしれないので、診断を受けてみるのはいかがですか」と言ったんです。アメリカでは発達障害を連想させるような行動があった場合は、それをきちんと親に伝える義務があるんです。その結果、僕はNY市の教育委員会からADDの診断を受けたんですが、その事実を母親からすぐには伝えられなかったんです。教育委員会の人も「自分の思うタイミングで彼に話してあげてください」と言っていたらしくて。
 母親と2人で映画はよく観に行ってたんですけど、「ファインディング・ニモ」は母曰く、僕が初めて自ら感想を話した映画だったそうです。「ドリーって面白いね、何でもすぐに忘れちゃうんだね」と話したら、母親も多分それがベストなタイミングと思ったのか、「実はあなたも同じなんだよ」って言われて。

――続編の、ドリーが主役の「ファインディング・ドリー」はご覧になりましたか?

 はい。「ニモ」は多分その後も何度か観てたと思うんですけど、でも、僕って記憶力が弱く、寝たら忘れてしまうタイプだったので、発達障害の自覚を本格的に持ったのも多分中学生になった頃だったと思うんですね。それ以降は「ニモ」は観ていなくて、いざ自分が発達障害だとわかった上で「ドリー」を観ると、もうこのドリーの行動ひとつひとつが、まさに自分を表しているようで。ドリーの行動をお客さんみんながワハハって笑っていて、自分も笑えはするんですけど、同時にちょっと笑いにくいなって。「確かに自分はこういう感じかも」と、複雑な気持ちにはなりましたね。でもそういう気持ちがあったとしても、普通に映画として楽しめましたし、改めてドリーというキャラクターがなんでこんなにみんなから好かれるのか、ある意味わかった気はしました。

――ドリーのあくまでも前向きなところですか。

 前向きなところというか、正直なところ、嘘がないところが魅力的だと思います。でもその正直さが決して人を傷つけたり悲しませたりはしないところかな、と思いますね。

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