将棋棋士・杉本昌隆さんロングインタビュー。「藤井聡太二冠に続く若い棋士を育てるのが私の使命」
——藤井二冠が華々しく活躍していく一方で、同じ杉本門下でも奨励会を退会する方がいました。
子どもの頃からの夢だった、奨励会を抜けて「棋士になる」という望みを絶たれるわけですから、気持ちの切り替えも必要です。そんなとき、将棋そのものを嫌いになってしまうケースがたまにあるんですよね。もう将棋を見たくもない、昔の仲間とも会いたくないとか。でも、それはこちらも悲しい。将棋をやっていたことを後悔しないような、「プロにはなれなかったけど、それでも将棋をやっていてよかったな」と思えるような人生を送ってほしいんです。
弟子からすると「合わせる顔がない」と思う子もいるみたいで。期待に応えることができなくて辞めていくという、気持ちの上で負い目を感じてしまうケースもあるんですよね。それはまったくの気のせい。「君が幸せになってくれればどの世界でもいいんだ」、「将棋じゃなくたって構わないから、この後、違う世界で充実した日々を過ごして立派な大人になってくれればそれが一番うれしい」ということは言いますね。
——長年努力を続けていても、四段になれなかったら辞めるしかない。精神的に過酷ですよね。
奨励会は8割の人はプロになれないとも言われています。奨励会の入会試験を受ける段階で棋力的に「試験の合格も難しいだろうな」と思うケースもあります。本人もそれは分かっている。それでも「受けたいです」と受けて、やっぱり不合格になる。でも「受けてよかった」「自分の中でけじめがついた」と言う子が多いです。挑戦して初めて納得できるんですね。その世界が好きでプロを目指すという経験や、若いうちにそれだけ集中する経験を積むことは、本人にとって貴重な財産になってくれると思います。また、大人から見ると「挫折」や「退会」と捉えがちですが、本人には全然そうじゃない。別の道に向かって歩むのであれば、「卒業」として周りも捉えてあげるべきではないかなと思います。
——わが子が、そういう厳しい世界に飛び込むことになると親側の覚悟も必要になると思います。子どもに対してどういうフォローをしていくのがいいのでしょう。
将棋では常に「勝ち負け」を争います。これは勉強だって同じかもしれません。でも負けも日常なのが私たちの世界。勝ったから「頑張ったね」とか、負けたから「もっと頑張らないと」と言うのではなく、その子にとってその日を精一杯頑張ったかどうか、悔いなくやり切ったのか。結果で判断しないで、そこまでのプロセスを見てほしいと思います。
私は子どもの頃、自分が勝つと大喜びする周囲の大人や指導者を見るのが少しプレッシャーでした。自分が負けると周囲も落ち込むんだろうな、と容易に想像できたので。将棋ははっきりと勝ち負けが出て、それが記録として後に残ります。負けて一番つらいのは本人です。だからこそ、その子が納得すればいいのではないかと。
藤井二冠に続く
若い棋士を育てるのが使命
「師匠」としてのイメージが先行している杉本八段だが、同時に2児の父であり、B級2組に在籍する現役のトーナメントプロである。
——杉本八段ご自身の育児の思い出はありますか?
うちは家事全般と、育児に関しても9割程は妻が担ってくれました。非常に助かっています。それでも数少ないながら育児に参加したことはあって、おしめ替えたりとか、ミルクをあげたりとか。記憶に強く残っているのは、生後数か月の赤ちゃんだった下の子とふたりで留守番していたときのことです。赤ちゃんが泣き出したんで、ベビーベッドから抱きかかえたと同時に、ぎっくり腰になって動けなくなったんですね。とりあえず落とさずにベビーベッドに戻して、携帯で妻に「動けなくなったから戻ってきて」と(笑)。当然子どもはギャンギャン泣いているし、自分も動けないし。まぁ地獄絵図だったんですけど。それから育児に関わる機会がぐっと減ったような気が……。
——奥様にも思うところがあったのかもしれませんね(笑)。少し話が変わりますが、師匠としてお弟子さんを育てるのと、ご自身のお子さんを育てるのでは、共通する部分はあるのでしょうか。
弟子の場合は当然ながら他人様(ひとさま)の子どもですし、「子どもとは言えひとりの人格として尊重すべきではないか」というのが自分の考えです。同様に、わが子に対してもそう考えることが時には必要なのではないかなと思っています。
親は子どものことが何でもわかっているつもりなんですが、子どもって知らないうちに新しいことを学んでいるんですよね。ひとりの弟子と対するときのように話していると、「こんなことを考えているんだ」とか、偶然自分の知らない一面を感じることがあって。一歩引いてみるのも、意外と面白いんじゃないかなと思いますね。
【お子さんとのメモリアルショットを初公開!】
——最後に、杉本八段の今後の目標を教えてください。
う〜ん、そうですね、今だと50代の棋士としてどれだけやれるか、どれだけ自分のパフォーマンスを見せられるかというのは意識します。あと、レーティング(将棋の強さを指標化したもの)で「50代棋士として1位」を目指しているんですけど、ライバルも多くて。数年前まではそれなりに自信があったんですけど、2歳年下の羽生(善治九段)さんや同世代の一流棋士が50代になられちゃったから、もう難しいかもしれない(笑)。次は60歳のときに同世代のレーティング1番を目指そうかな。
——ちょっと待ってください、先過ぎませんか(笑)?
あと8年後に。そのとき羽生さんはまだ50代のはずだから(笑)。あとはやはり、藤井二冠に続く若い棋士を育てるのが、私の使命だろうなと思っています。
インタビュー/上田初美女流四段 撮影/馬場わかな 取材協力/田中誠
『弟子・藤井聡太の学び方』
PHP文庫 836円
将棋盤を抱きかかえて号泣していた男の子が、数年後に史上最年少でプロ棋士に。天才・藤井聡太の師匠は、いかにして弟子を導いたのか。将棋ペンクラブ大賞(文芸部門)受賞のベストセラー。