2021年8月1日

将棋棋士・杉本昌隆さんロングインタビュー。「藤井聡太二冠に続く若い棋士を育てるのが私の使命」

弟子として
師匠として

21歳で四段に昇段し、竜王戦最高クラスの1組に在籍するなど、トーナメントプロとして活躍する中、30代前半で初めての弟子を取る。弟子の立場から、一門を率いる師匠としての立場に。藤井二冠を含む弟子たちの環境づくりで意識していることとは。

——30代前半で初めてお弟子さんを取られていますが、当時としては年齢的にかなり早いですよね。

早いです。おそらく当時の同世代では師匠の最年少だったはずです。ですからちょっと周りにも驚かれましたし、当時の観戦記者の人に「これからは育成に専念されるんですか」と聞かれたりして、すごく心外だった覚えがありますね(笑)。当時はまだ独身だったので、なおさら自分のことで精一杯だし、お子さんを育てるということがまったく想像もつかなかった。それでも弟子を取った理由のひとつは、私の師匠が既に亡くなっていたからですね。もし師匠が健在なら、間違いなく師匠がかわりに取っていたでしょう。

——杉本八段はよく「師匠に威厳はいらない」というお話をされていますよね。なぜそのように考えていらっしゃるのでしょう。

まず、自分が弟子を取り始めたのが早かったので、30代の師匠と、最初の弟子は中学生。親子よりは大分近いですよね。なので、師匠というよりは、兄貴分みたいな立ち位置になりたいなと思っていたんですね。それはもしかしたら今でも続いていて、師匠というよりはその世界の先輩、後輩でありたいなと。

自分自身の経験として、師匠(板谷九段)は、内面は全然違ったんだけど、見た目が怖かったので、なかなか思ったことが言えなかったんですよね(笑)。こちらが聞けばフランクに答えてくれる先生だったんですけど、どうしても威厳がありすぎて、なかなか話せなかった。で、自分が弟子を取るときは、「弟子がものを言いやすい雰囲気を作りたい」というのがありました。自分は元々威厳があるタイプではないので(笑)、無理して威厳を作る意味はないなと。それよりは弟子が成長しやすい環境の方を作りたいなという思いが、その言葉につながっています。

——弟子だった頃に感じたことを、師匠として活かしているんですね。板谷一門と杉本一門の共通点や相違点はどのようなところでしょうか。

共通点としては人数が多いことかなぁ。私が入門したときは兄弟子が4人いました。私の入門後、5人以上は弟弟子が入ってきましたね。残念ながら、みんな棋士にはなれず辞めてしまいましたが……。今の私の門下も数は多いので、そこが共通しています。違うのはそれぞれの関係性でしょうか。板谷一門では年齢差を感じることが多かったんですよね。一番年齢が近い兄弟子で4歳上でしたし、話していても、話題がどこそこの定食屋が安いとか、テレビの芸能人の話とか、当時6年生でしたから全然自分が関心のないことばっかりで。だから当時、兄弟子との距離感がわからなかったんです。実力的にも私が下だったのもあって、兄弟子と一緒に勉強した記憶がほとんどなくて、それが残念だった。一緒に勉強できる兄弟弟子や仲間が欲しかったんです。

藤井二冠が一門に入ってきたときは4年生でした。一番年が近い子で中1か中2で、やっぱり3、4歳離れていました。だから当時の自分のことを思い出して、意識的にみんなを集めて、一緒に勉強をする場所を設定していました。

コロナ禍になってから頻度は減っていますが、今でもみんなで集まる機会はあります。そこで藤井二冠と奨励会員の兄弟子が将棋を指すケースもよくあるんですよね。その姿を見ていると、藤井二冠が入って来た4年生の頃と、ほとんど変わってないというか。みんな同じように年は重ねていって、立場も変わったけども、藤井二冠も偉ぶるわけじゃないし、兄弟子は兄弟子で藤井二冠をリスペクトしているのが伝わってくる。彼らは本当にいい関係なんじゃないかなと思って見ています。

——藤井二冠は「才能型と努力型だったら自分はどちらですか?」という質問に対して、「環境型」という答え方をされています。環境づくりに関して、師匠として意識的に行われた部分はありますか?

やはり、「若い人がものを言いやすい関係性」と「若い人たち同士で集まれる場」は意識しました。中でも一番意識したのは「おやつの時間を必ず設けること」です。研究会は大体、昼の1時に集まって夕方6時ぐらいまでなんですが、どんなに忙しいときでも、絶対おやつの時間はあるんですよね。

——おやつの時間! 研究会では珍しい気がします。

一番リラックスしやすい気がして。おやつの時間に何か話しかければ、弟子も返事をしやすいかなと。将棋盤を前にしちゃうと、どうしても「学びの場」なので。もちろんそれはそれでいいんですけどね。大人だったら会社が終わって、ちょっとお酒を飲みに行って愚痴をこぼす、みたいな感じですが、それは小中学生にはできないので、それならおやつだなと。だからどんなときでも、必ずおやつの時間だけは作るようにしていました。まぁ、配慮と言えば配慮だし、私が甘党だからというのもあったんですけどね。ええ(笑)。

——面白い着想ですね。将棋界は「才能」や「努力」に比重が置かれやすいですが、「環境」もやはり大切になるのでしょうか。

短いスパンで見れば、環境は大きな影響があると思います。特に若い人にとって環境は自分で変えられませんから。将棋界では10代半ばから20代前半ぐらいで、周りからの評価が決まってくるところもありますし、本人は気になると思います。

ただ長い目で見たときには、どういう環境であれ、成功する人は成功しています。多少遠回りしても行きつくところは同じではないか、とも思います。

一門の研究会で、隣の藤井初段(12歳)を見守る。2014年7月。

2019年のお正月、研究会後の食事会。和気あいあい。

2020年7月、初タイトル・棋聖獲得後の控室にて。右は、藤井二冠の姉弟子・室田伊緒女流二段。

突き抜けた才能と
「卒業」していく者たち

幼い頃から類稀な才能を持っていた藤井二冠。その師匠としてどのように接し、育てたのか。そして同時に、プロになれずに辞めていく弟子たちの師匠でもある。プロになれるかわからない世界での、師匠から弟子への思い。

——藤井二冠は4年生で奨励会に入会し、中学生でプロになられましたが、杉本八段はどのように接し、育てられたのでしょうか。

どう育てたかというのはよく聞かれるんですけど、どうなのかなぁ。例えば、師匠の影響でやる気や才能のない子がすごく強くなることはないと思います。本人の努力が一番だから。ただ、それに対する環境づくりは、ある程度は影響を与えると思います。あとは、弟子のためだと思っていたことが、実際は弟子の足を引っ張ることもあるんじゃないかと。これは自分の子どもに対しても当てはまるかもしれないけど。「大人の常識や経験があるが故に、子どもの成長のチャンスを摘んでしまうことがあるのでは」と思っています。そういう意味で、邪魔をしないことが大事だと思っているんですが、それがイコール育てるということなのかは、私にはわかりません。

——こちらがよりよい方法をわかっていても教えずに、本人に考えさせる、というようなことですか。

そうですね。将棋の場合だと勝ち負けがあるから、アドバイスのしがいがあるんですけど、それを言い始めちゃうと、本当に一から十まで全部言っちゃいそうになるんです。「正解を教える」ことを意識しすぎると、弟子の指し手を全部否定したくなっちゃう。それは禁物です。だから気長に若い人の出す答えを「待つ」ことを心がけています。

藤井二冠に関しては、同世代のプロを目指している他の奨励会員とも明らかに考え方が違うし、棋士の目から見ても、当時から突き抜けた才能があるというのはわかりましたから、普通のアドバイスは必要がないと感じました。そのまま素直に伸びてくれるのが一番いい。ですから、「否定しない」ことはやっぱりすごく大事なんじゃないかなと思います。

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