2019年3月7日

『生きるとか死ぬとか父親とか』著者ジェーン・スーさんインタビューweb版

父の事業の後始末
今が一番いい関係

 母の死後、恋人と暮らすために家を出た。最初のレコード会社から別のレコード会社に転職したのち、眼鏡メーカーに転身。35歳のときにそこを辞めて、株の失敗で4億の借金を抱え、会社が傾いた父の元に戻った。その頃から、ジェーン・スーの名でブログを書き始める。

――なぜ、敬遠していた父と一緒に仕事をやろう、父を助けようと思ったのですか。

 これが、商人の子の面白いところです。自営の子は、やっぱり自営なんですよね。父のプライドや尊厳が完全に商売と直結してることは、さすがに子どもの頃からわかっていました。商いの大きさに関係なく、自営の子はみんなそうだと思う。だから、父のそうしたものが加齢によって失われていくのはちょっと可哀想だなという思いが、私にはありました。
 そのときは、私が手伝わなければ会社を畳むというところだったんです。だから親孝行というところもありました。あとやっぱり、商売に関心があった。それはそれでズルいんですけど(笑)、顧客を0から1にするのが一番大変なのはわかっていたんで、顧客があるところからの商売だから、0から1の初期投資ほどはいらないだろうと考えたところもありました。

――商売人の子どもと勤め人の子どもと、どこが一番違うのでしょう。

 お金を稼ぐことに対する姿勢でしょうね。印象論ですが、サラリーマンは「お金の話をするのは恥ずかしいこと」とか「お金を稼ぐことに野心を見出すのはあんまりよろしくない」という気持ちが強くて、プライオリティは出世、あるいは安定だと思うんです。一方、商売人は「ちょっとしたヒントでちょっとでも稼げるんだったらいきましょう!」という感覚(笑)。私も常に金に換えることを考えてるんで、ああ、これはもう完全に商いの子の……それこそ、これは父の呪縛だと思います(笑)。

――自営の娘ですね(笑)。お父さんと仕事をすることは、経営者として、商売人としてのお父さんを評価することにもなります。

「私が飽きっぽいのはこの人譲りだ」というのがはっきりわかりました(笑)。だって私より忍耐力がないんですよ。母はそれをすごく心配してたんだと思います。「お父さんと同じような飽きっぽさになっちゃったら危ういな」と、子どもの頃から落ち着きがないところや忍耐力のなさをなんとか鍛えようとしてくれた。母の教えはちゃんと私には糧になっていて、大人になって「もうちょっと頑張りたい」と諦めないようになりました。でも父は、「もういいや、これ。ダメだこりゃ」と、すぐ手を放してしまう。ただ、商売を大きくしていく上でどっちの方が才覚として必要かは、わかりません。すぐ諦めてパッと手を離した方が、被害を少なくできたりもするんで。
 商売人のセンスとしては、私より父の方が断然あると思います。アイディアは私が思いつくほうが圧倒的にセンスがいいと思うんですけど、商売人の感覚は言語化、文章化できないものがあります。傍から見たら、もしくは社会や会社という枠組みから見たら、まったくもって使い物にならないセンスだったりとかクセだったりなんですが、そういうものが商売を大きくしてきたんだということは、社会人になってからはっきりわかりました。なんでしょうね、これはやっぱり言語化しないとなって思っているところです。

――商売の本を書いてください。

 商売っていうのは奥が深いですね。「二代目はうまくいかない」とか、たまに聞くけれど、父と働いてみて、それはそうだよなって思います。父と私とでは、育ってきた環境や受けた教育も全然違う。嗅覚だったりとか、いけると思ったときのフットワークの軽さだったりとか、かなり危なっかしい船でも乗る勇気だったりとか。あとは、相手に好かれるために時間や労力を厭わないとか。そういうのは、やっぱり父の方が上です。

――商売人としての父から吸収するものは多かったんですね。でも、父親と仕事で一緒、家の中でも一緒となるのはきつかったのでは。

 再び同居するようになってからは折り合いが悪くて、家の居心地は悪かったですね。父親として1対1でちゃんと向き合ってくれないことに対する怒りがありましたが、それは父が外にも別の顔を持っていたことが大きな理由だと思います。まあ、外がなくて家だけだったら、それはそれで煮詰まって、ぶつかっていたとは思うんですけど。
 一度、私が体調を崩して気力もなくなったときに、父をこらしめてやろうと思って、まるで演劇のように、思ってる以上に「私は傷ついていたんだー!」みたいなことをオーバーに言ったことがあるんです。父は突然責められて驚いていましたが、私は「ここまで言わなきゃわからないのか」と呆れてしまって。父としては「いや、ずっと前からのことでしょ、お母さんがいたときは大丈夫だったんじゃない? なんでこの子はいまさら動揺してんの?」という感じだったと思います。

――お父さんは、女の人によほどモテるんですね。ジェーンさんが書いたお父さんは、破天荒でも魅力的で憎めない人です。

 人たらしなんですよね。

――結局、お父さんの事業の後始末のために自分の貯金を注ぎ込み、家を売り、そしてお父さんと離れることになります。

 父と離れて住んだのは大正解だったと思う。もうちょっと私に経済力があったらそのまま家を維持できたかもしれませんが、そもそもあの家にふたりしか住んでいないのは非効率。父と一緒に住んでいたら絶対またケンカになるのはわかっているので、別れたのは正解でした。

――それでも、どんなにお父さんと険悪なときでも、月に1度、ふたりで行くお母さんのお墓参りを欠かしたことはない。

 どんなに仲が悪いときもお墓参りだけは絶対に行ってました。それは、仲がいいんじゃなくて、母に対する忠誠心です。本にも書きましたけど、「母」は父と私だけが信仰する宗教のようなものなんです。どんなにケンカしていても日曜日には教会のミサに行くように、宗教の儀式なので、私たちはお墓参りには行くんです。

 父の事業の後始末を買って出た娘は、ブログをきっかけにコラムニスト、ラジオパーソナリティへと活動の場を広げていく。2013年に『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』で作家デビューし、ブレイク。今やジェーン・スーの名前は、女たちに「この人の話を聞きたい」と思わせる代名詞である。

――娘がジェーン・スーであることを、お父さんはどんなふうに思っているのでしょう。

 なんとも思ってないと思います。ラジオをやってることも何もかも全部、3年ぐらい黙ってましたから。言いそうな親戚には全部口止めしておいたんですが、まったく予想外のところから話が父の耳に入り、「お前外国の人と一緒になんかやってんの?」って言われました(笑)。逃亡生活3年で終了―!でした。

――お父さんへのお金を惜しまない。欲しいもの、住みたいところ、食べたいもの。お父さんが電話をかけてくるたびに、ちゃんと要求に応えてあげています。

 そうですね。子どもの頃に私がお金のことで一度も苦労をしないで済んだので、今返せる状態だから返しておこうかなと。投資に対するお返しです。

――甘やかしてますよね。

 親を甘やかすのは、責任を取らなくていいからすごく楽ですね。この後、成長していく人、社会に出て行く人だったら、さすがに責任も感じるけど、社会から出て行く人だからもういいやと思ってます(笑)。

――お父さんとの関係は変わりましたか。

 この本を書いたことによって、今が多分一番いいと思いますね。お互いへの期待がほとんどなくなっているのが、いいんです。
 父は、本は読んでないんですよ。「読んだ」と言ってますけど、読んでないのはすぐにわかりました。私、その前に4冊の本を出してるんですけれど、父は1冊も持ってないし、1冊も読んでいない。ところが、自分のことが書かれてる本となったら、ガンガン買ってガンガン配ってる(笑)。「あなたに不利なことや恥ずかしいこと書いてあるから、配るにしても読んでからにした方がいいよ」と言ったのに、「知らな~い」って撒いてるんですよ。だから「娘が本を書いたってことは嬉しい、自分のことを書いたっていうのが嬉しい。以上終わり!」で、父はあくまで自分なんです。

 現在、未婚。7年の付き合いになるパートナーがいる。

――お父さんが、「結婚しなさい」と言うことは?

「結婚しなくていいから子どもだけ産んどいたら?」と、何回か言われたことはあります。でも、「結婚しろ」は1回もないです。

――結婚しないのは選択ですか。

 結果そうなっちゃいましたね。家族に対しては、自分の体が大きいことで萎縮することは特にありませんでした。でも、外に出ると自分の異形感に苛まれてしまった。それと同じように、親からは何も言われてなくても、周りがどんどん結婚していく中で、「誰かに選ばれたという形跡がない人間は不完全でしょ」「結婚をしなければ人にあらず」と思っていた時期もありました。
 でも、突き詰めれば突き詰めるほど、「私はもしかして結婚したくないのでは⁉︎」という疑問しか出て来なくて(笑)、「これは恐怖!」と思ったんですよ。それでも、35歳のときに、「絶対、何がなんでもしてやる!」と、奮起して結婚しようと思ったんですけど、やっぱりうまくいかなかった。式場の仮押さえまでしたんですけれど。そこからはもう……。結婚しない理由も、はっきり説明できないまま今に至っています。

――子どもについては。

 出産の欲望がないんです。子どもは好きですし、育ててみたいとも思うんですけど、なんで自分で産まなきゃいけないのかがわからなくて。「いつか結婚して妊娠して出産して、子どもを持つものなんだろう、周りがそうだから」と漠然と考えていた時期もあったけれど、自分で産むっていうことに対して欲望が全然湧かないまま今に至ります。

――お母さんがジェーンさんを産んだ年を超えました。ご存命だったら、それこそお父さん以上に甘やかせてあげたいでしょう。

 母のことはできるだけ正確に話したつもりですけど、やっぱり亡くなったことによって美化されている部分は多分にあります。私の中では母は完全に最高の人間としてフィックスされているけれど、生きてたらどうだったかはわからない。父との関係もどうなったかわからない。生きてたら、今、私と母の関係がどうなっていたのかはわかりませんね。もう口もきかない間柄になっていたかもしれない。

――お母さんを完璧だと言える娘は幸せだと思います。

 母は私が知る限りではほぼ完璧に近い人ですよね。しっかり欠点があるところも含めてほぼ完璧に近い。どうにもならない意地悪さとかもあったりして、「本当に意地悪だね」と父親とふたりで言うこともいまだにあるんですけど(笑)。だから、ちゃんとした欠点があるところも含めて、素晴らしいです。

――ジェーンさんは愛情深いです。母への愛もですが、この本には父への愛情にも溢れている。

 それは、父も母も、ありがたいことに「お前がよければそれでいいや」っていうのが口癖だった人だから。

――それは、親に言われて最高の言葉です。

 父はよく、「20歳過ぎてお前が社会的に間違ったことをしたとしても、それは、20歳まで育てた俺たちの教育方法が悪かったってことで、しょーがないねー」と言っていました。だから結婚についても、結婚しないことを嘆くことはなくて、「育て方がこうだったからしてないのはしょうがないね、俺たちがそこは足りなかったんでしょ」という風に思ってるいと思います。こういう両親に育てられたことは、本当にありがたいと思っています。

BOOK INFORMATION

『生きるとか死ぬとか父親とか』
新潮社 本体1400円+税
母親が他界してから20年、一時は絶縁寸前までいった父親も気づけば80歳に。母との出会い、他の女性の影、全財産の喪失、そして母の死まで……。父親の人生と家族の肖像を娘の目線で書き上げた傑作エッセイ。

『女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。』
文藝春秋 本体600円+税
心身ともにさまざまな「甲冑」を着たり脱いだりしながら、日々戦い続ける女性たち。その甲冑は身を守るためなのか、世間に認めてもらうためなのか、それとも自らの欲望なのか!? 人気エッセイ集が文庫本になって登場。

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