2018年4月23日

4月のテーマは「ドラゴンの絵本」【広松由希子の今月の絵本・71】

絵本作家で評論家の広松由希子さんの連載。毎月、テーマに沿った、おすすめ絵本をセレクトしていただきます!

4月のテーマは「ドラゴンの絵本」

3月は、ボローニャ出張とその前後に相次いだ事件(保険証捨てちゃった事件、飛行機ドタキャン事件、預け荷物盗難事件等々)のバタバタのため、ひと月お休みさせていただきました。ごめんなさいっ。

帰国後、ためてしまった新刊絵本や児童書をまとめ読みしていたら、ドラゴンや竜のお話が何冊も目にとまりました。架空の生き物と思われるドラゴン。なのに海外でも日本でも、こんなに絵本に登場するのはどういうわけ? みんな知らないはずなのに知っている、ドラゴンって、いったいなにもの? と、ドラゴンが頭から離れなくなりました。

そんなわけで、今月はドラゴン&竜の絵本で彼らの生態を研究してみることにしました。
心身調子を崩しがちな春、火を吹き空を昇るドラゴン絵本を読めば、なんとなく威勢よく気分が上がりそうな気がするけれど……果たして?
4月のテーマは「ドラゴンの絵本」【広松由希子の今月の絵本・71】の画像1

なにかと正体不明のドラゴンですが、最新の調査では、どうやら「本好き」率が高いです。(※2018年4月広松家の絵本棚調べ)
どんなに本が好きかって、寝る前の読み聞かせを何度でもしてもらいたくて、火を吹いて絵本に穴あけちゃうほどですね。>>連載その52『もっかい!』

新刊絵本『フランクリンの空とぶ本やさん』のドラゴンも、のっぴきならない本好きです。岩穴のおうちで本に囲まれて暮らしているフランクリンは、自分で読むのも、だれかに読んであげるのも大好き。ホタルやコウモリやネズミたちは、よろこんでフランクリンに本を読んでもらうのですが、人間だけは、みんな逃げてしまうのです。

ところがある日、フランクリンは本好きの女の子、ルナと出会います。好きなお話のことをかわるがわる話し、意気投合したふたりは、ある壮大な計画を立てました。なんと、フランクリンの背中に、小さな本屋さんをつくっちゃうんです!

黒い背景にオレンジをスパイシーに効かせた表紙。イギリスのトレンドが感じられる画面で、本好きの妄想がふくらむ、夢の本屋さんをお楽しみください。

4月のテーマは「ドラゴンの絵本」【広松由希子の今月の絵本・71】の画像2
『フランクリンの空とぶ本やさん』 
ジェン・キャンベル/文 ケイティ・ハーネット/絵 横山和江/訳 
本体1600円+税 BL出版 2018

 

ドラゴンといえば、騎士でしょ。武蔵と小次郎、ハブとマングースのように、大昔からの宿命のライバルのはず。ところが、絵本『騎士とドラゴン』に登場するのは、ドラゴンと戦ったことがない騎士と、騎士と戦ったことがないドラゴンなのです。腕に自信がない似たもの同士が、なにを頼りにするかというと……やっぱり、本。

騎士は、お城の図書室で、ドラゴンとの戦い方が書いてある本をかたっぱしから読み、よろいや武器作りにいそしみます。ドラゴンは、ほらあなにため込んだ本で、騎士との戦い方を読み、しっぽを振り回す練習や怖そうな表情の研究にはげみます。わら人形などの仮想敵を相手に戦いのトレーニングを積み、やっと準備が整って、いざ決闘! と、挑んだのですが!?

読書を愛するふたりに、戦いは向いてないのかもね。互いにひたすらオウンゴールみたいな不毛な戦場に、通りがかった救いの主は、お城の図書館の司書さんでした。本を積んだ馬車の移動図書館での登場が、小粋じゃありませんか。役立たずのドラゴンと騎士に、それぞれ役に立つ本を差し出します。さて、なんの本でしょう?

後半は文章はひとつもなくて、まぬけな決戦とその後の顛末を、絵だけで読んでいくのが面白いです。無言の中に笑いがこみあげてきます。本好きのとぼけたふたりに、トミー・デ・パオラの描く平和でめでたい決着がぴったり。

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『騎士とドラゴン』 
トミー・デ・パオラ/作 岡田淳/訳 
本体1300円+税 ほるぷ出版 2005

 

人間だっていろいろいるように、ドラゴンだって本好きばかりとは限りませんね。日本の竜はどうでしょう? 広い空の開放感が好きなのもいれば、狭いところに閉じこもるほうが落ち着くのもいる。大きいのもいれば、小さいのもいる。でも、これより小さいやつはいたかなあ……ちょっと思い出せません。『ふでばこのなかのキルル』です。

キルルは、引き出しの奥、おじいちゃんにもらった古い筆箱の中に住んでいて、「キルル キルル」ってかぼそく鳴くのです。黄緑の体に赤い目玉。ワニの赤ちゃん? それともトカゲ?
「おおきな あくびのあとで」「ちいさな火をふいた」「もしかして」「りゅう?」

正体がつかめないまま、元気のないキルルをだいじに育てていたぼくの部屋に、ある朝、おじいちゃんが飛び込んできました。「たいせつなやくそくをおもいだした」って、いったいなんのこと?

あったかい人情の機微や、しっとりした日本の自然と暮らしをファンタジックに描く、松成真理子さんの絵本のなかでも、ちょっと異色の絵本かもしれません。まさか、おじいちゃんの半世紀昔に、竜にまつわるこんな秘密があったとは。

意外な展開の後、最後の文、ふたつのフレーズが胸に響きます。読むたびに「ずん」ときます。別れを経験した大人の胸には、特にこだまするでしょう。(もったいなくて、書けません)

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『ふでばこのなかのキルル』 
松成真理子/作 
本体1400円+税 白泉社 2010

 

最後に、最近復刊されたばかりの沖縄の昔話絵本に注目してみましょう。壮大でドラマチックな『黄金りゅうと天女』です。

昔々、那覇の町で、身分ちがいの結婚を反対されて悩んでいた若い男女の夢に、天女が現れます。お告げを聞いたふたりは、舟で慶良の島に渡って暮らします。やがて授かったのは、玉のような女の子。不思議に賢く、ずんずん成長し、村の衆からも「可愛(かなー)」と呼ばれ、かわいがられて育ちました。ところが可愛が7歳になると、「わたしは 天にいかねばなりませぬ」と言い残し、山のてっぺんから黄金色の竜を呼び、その背に乗って姿を消してしまいます。

時が経ち、のどかな島を突然、海賊船が襲います。おののくばかりでなすすべのない島民を救ったのは……黄金竜でした。うなりをたてて舞い上がり、一天にわかにかき曇り、天と地を揺るがし、竜巻と嵐を巻き起こします。
これぞ竜の本領発揮。イェイ!

赤羽末吉さんの竜といえば、中国民話『ほしになったりゅうのきば』(君島久子/再話 福音館書店)が印象的ですが、この絵本では、軽やかなタッチで細かい描写を控えつつ、緩急のある画面展開を見せてくれます。竜が大暴れするスペクタクルの向こうにも、美しい沖縄の自然と、悲しい歴史がしみじみと感じられる絵本です。

代田昇さんは、『ももたろう』など昔話の再話のほか、子どもの読書運動に尽力された活動家として有名ですが、太平洋戦争中に沖縄で島民に命を救われたご経験があったんですね。少年兵だった著者たちが自決しようと思い詰めたとき、村のおばあが「ぬちどう たからじゃけん(命は宝だ)」と必死で止めてくれたそう。
1972年の沖縄の本土復帰直後に手がけた昔話絵本には、おばあへの感謝、沖縄への思い、平和への願いが、強くこもっているようです。

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『黄金りゅうと天女』 
代田昇/文 赤羽末吉/絵 
本体1400円+税 BL出版 2018(初版は銀河社より1974年刊)

・・・・・

ドラゴンたちの本、ロングセラーもたくさんありますね。
『りゅうのめのなみだ』(浜田広介/文 いわさきちひろ/絵 偕成社)や『たつのこたろう』(松谷みよ子/作 講談社)をなつかしく思い出す人も多いでしょう。
わたしの子どもの頃の家出の友は、『エルマーのぼうけん』(ルース・スタイルス・ガネット/作 ルース・クリスマン・ガネット/絵 渡辺茂男/訳)でした。

昔話から新種まで、ざくざく出てくるドラゴン絵本、奥が深そうです。

広松由希子 ひろまつゆきこ/絵本の文、評論、展示、講座や絵本コンペ審査員などで活躍中。
2017年ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長。著作に絵本『おかえりたまご』(アリス館)、「いまむかしえほん」シリーズ(全11冊 岩崎書店)や 2001~2012年の絵本案内『きょうの絵本 あしたの絵本』、訳書に『ヒキガエルがいく』(岩波書店)『うるさく、しずかに、ひそひそと』(河出書房新社)など。2020年8月、絵本の読めるおそうざい屋「83gocco」をオープン。https://83gocco.tokyo

web連載「広松由希子の今月の絵本」

Twitter https://twitter.com/yukisse
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