2026年5月16日

「親の死が怖い」という気持ちの奥にあるものは?玉置妙憂さん×うつみさえさん対談【『父の逝きざま 末期ガンの父を自宅で看取るまで』発売記念】

漫画家・うつみさえさんが、末期ガンになった父親を自宅で看取った経験を描いた連載『父の逝きざま 末期ガンの父を自宅で看取るまで』が書籍化されました! 出版の記念に、うつみさんがずっと会いたかったという、僧侶で看護師の玉置妙憂さんとの対談が実現しました。

「死」についての評価は自分が決めていい

――うつみさんは、お父さんを看取った後、玉置妙憂さんの著作を読んで気持ちを整理したそうですね。

うつみ はい。父を看取ったあと、どこかやりきった感じがあって「理想的ないい看取り」ができたんじゃないか、と思ったんです。でも同時に、親の死について「いい看取り」なんて思ってる自分が、すごくひどいことを考えているように思えて落ち込んで。後悔することもたくさんありましたし、なんだか気持ちの整理がつかなくて不安定になってしまって……。そんな時期に、妙憂さんの著作に「すべての物事には陰と陽、マイナスとプラスがある」「どんな気持ちも否定しなくていい」といった言葉を見つけて、父の死に対して「よかったこと」という気持ちを持ってもいいんだと言われた気がして、救われました。

妙憂 そうですね。私たちは人の死に対して、立派な死だった、とか、こんな死なせ方をして申し訳なかった、とかジャッジしようとするんですけど、本来死ぬことって、意味を持っているわけではないと思うんです。生まれた以上、いつか死ぬ、というだけ。でも、それだとなんだかしんどいですよね。だから、〇〇するために生まれてきた、とか生まれたことに意味をつけたいし、その続きで死ぬことにも意味がほしい。ある意味人間のエゴですが、それでいいと思います。

焦点の当て方次第で見方は変わります。後悔ばかりだったかもしれないし、いい人生だったかもしれないし、どちらも本当です。見送る側のみなさんは、「もっとしてあげられることがあったのでは……」と、自分を攻撃する意味付けをしがちですが、そんなに自分に厳しくしなくても、と思います。答えはないから自由なんです。だから「死」に対しても、自分が生きていく上で楽になる意味付けをすればいいんだと思うんです。

「親の死が怖い」という気持ちの奥にあるもの

うつみ 連載中から、読者の方に「親が死ぬことが怖い」というコメントをたくさんいただきました。これはどうすれば怖くなくなるんでしょうか。 

妙憂 まず、「怖い」というのは漠然としたものですよね。だから、どういうことが怖いのか、細かく分解して考えるといいと思います。「死」そのものが怖いのか、親の死で悲しんだり苦しんでいる人を見て、自分にもいつか来ると思うと怖いのか、親という精神的なよりどころがなくなることが怖いのか。小分けにして考えると対策できることがありますね。

たとえば「親に二度と会えなくなることが悲しくて怖い」ということであれば、親が生きているうちに、すぐにでも会いに行くことはできるでしょう。でも、実は親が生きていても1年に数回しか会っていない、なんてことはありますよね。いつでも会えると思うと会いに行かないけれど、いなくなったら毎日でも会いたくなる。そういうものだと思います。自分の気持ち次第なんだ、と気づいたら、何か意識が変わるかもしれません。

考え方を変えれば、「死」によって肉体がなくなっても、お父さん、お母さんはここにいる、と思えばすぐそばにいるような気になれる。それまでの関係の蓄積があれば「こんな風に言ったらこんな風に返してくるだろうな」とわかるからいつでも相談できるように思える。時間はかかるかもしれませんが、そうやって親の死に折り合いをつけられるようになるのでは、という気がしますね。

うつみ たしかに、私も父とは一緒に住んでいなかったから、亡くなってからのほうが、父がすごくそばにいるような感じがしています。

妙憂 でも、そうやって「怖さ」を小分けにしてみても、最後まで対処できずに残るのが「死」そのものの怖さです。怖いからためしに1回死んでみる、ということもできないですし。「死」の怖さを怖さとしてしっかり味わう、ということが大切になってくると思います。

――うつみさん自身は「親の死が怖い」という思いがありましたか?

うつみ  中学生のときに、どんな人でも事故や病気で突然亡くなることがある、ということに気づいて。人は若くても亡くなる可能性があるんだから、年を取っていく父を見られるだけでもありがたいことだという気持ちはありました。父自身も「俺は酒が飲めなくなったら死ぬ」って言って毎日浴びるほど飲んでいたから、早死にするんじゃないかって。子どもの頃から、親の死をずっと怖いと思って過ごしていました。

妙憂 そうでしたか。うつみさんは子どものころから親の死に向き合うための助走をしていたのかもしれませんね。親の死が現実に見えたとき、「晴天の霹靂(へきれき)」だと突然のことで怖くなってしまうけれど、うつみさんは死生観の土壌ができていたから受け入れることができたんでしょうね。

うつみ そうですね。そして実際に看取ったことで、ああ、自分もこうやって死んでいくのかなって想像できたことで少し気持ちが楽になりました。お葬式のときも大号泣っていう感じでもなく、晴れやかな気持ちで見送れたので、その様子を見ていた娘に「なんか私、親が死んでも大丈夫かなって思えた」って言われて。それはよかったと思いました。

理想は「ながら看取り」

妙憂 うつみさんの本を読んで、お父様が粛々と状況を受け入れていらっしゃるのがすごいなと拝見しました。

うつみ そうですね、父は本当に病院が嫌いだったから、何でもないって言って思い続けて、でも絶対に自覚症状はあったと思うんです。だから末期ガンと診断されたときに、やっぱりなって思ったと思います。自暴自棄になるようなこともなかったですし、かかった先生も、期待を持たせるようなことを言わない方だったので、みんながもうどうしようもない、あきらめるしかなかった、みたいな感じでした。抗ガン剤は私も家族も怖かったのですが、夫に「本人がやるって言ってるんだから」と言われてそうだなと思い直して。結局ワンクールで終わりましたが、家族が同じ方向を向けたのはすごくよかったと思っています。

妙憂 それは拝読していて思いました。看取りとなったときに、家族の意見が合わないことも多いですが、うつみさんのご家族の場合は、上手にお父さんを真ん中に置いていましたね。

うつみ 家に居たいという父の希望を叶えられたのはよかったです。でもそれは、私が仕事や家庭の都合がつきやすい状況だったからということが大きくて。子どもが小さかったら無理だし、漫画家ではなく会社員だったら無理でした。世の中の流れとしては、これから自宅の看取りが増えていく、という話がありますが、実際には在宅看取りなんて難しいという方も当然いらっしゃると思います。妙憂さんは看取りの現場を見られることも多いと思いますが、この状況をどう見ていますか?

妙憂 そうですね。訪問介護で看取りを経験する人も増えてきたし、自宅での看取りができる体制は整ってきていると思いますが、訪問介護の現場では、対応する人が足りないのが現状かもしれません。病院も、病床を増やせないので、医療を受けない方はいられなくなる。いろいろと問題はありますね。

看取りというのは太古の昔から続いているもので、人が人を看取るのに専門的な技術や知識はいらないんですが、マンパワーは必要です。身の回りのことで、ちょっとした手助けがほしい。それを自宅でするのが難しいとしたら、地域の中に「看取りの家」といった場所を作ることが理想だと思っています。食事の時間も寝る時間も自由で、好きに過ごしていい。スタッフが24時間体制でいて、家族も泊まることができるような場所。自宅と病院の間のような場所が必要だな、作りたいなと思っています。

うつみさんの本の表紙の絵が、在宅看取りならではの景色という感じがして印象的でした。わざわざ介護をする、というのではなく、視界に入るところで過ごしてもらって、ごはんを食べながら、洗濯しながら、仕事をしながらちょこちょこと様子をみる。生活の中で看取る「ながら看取り」が、理想の姿だと思っています。

うつみ ありがとうございます。わが家では父のベッドをリビングに置いて私もその横でマンガの仕事をしていましたし、食事もベッドのすぐ横でみんなでしていた。それは自宅ならではの良さだったと思います。

今回の本の表紙のためにうつみさんが描き下ろしたイラスト。ベッドの上に乗ったり、横でお菓子を食べたり、仕事をしたり。「『ながら看取り』は理想の姿です」と妙憂さん。

 後悔しないためにできること

うつみ 看取りについて、後悔する方はやはり多いでしょうか。

妙憂 どんなにやっても「あの時こうすればよかった」「もっとこうしてあげたかった」という後悔は出てくるものです。人間は後悔する生き物ですから、もっとこうすれば、と改善することで命を繋げてきたし、パワーアップしている。だから後悔することは当然だと思っていいんです。

うつみ 父は亡くなる前に、葬式はしないでほしい、できれば喪中はがきで知らせてほしい、と言っていましたが、私と母で「そんな、あかんあかん」って父の希望をまったく無視して葬儀を行ったんです。その申し訳なさはあるんですけど、葬儀は残された側のものかなって気持ちもあってやってしまいました。

妙憂 そうね、申し訳ない気持ちはあるかもしれないけれど、人は亡くなられると「成仏」といって、仏になるじゃないですか。もう私たちとは次元の違う崇高なところに行っていますから、そんなせせこましいことでは怒りません(笑)。墓参りに行かないから怒ってるとか、こんなことしたから怒ってる、なんて心配しているかたもいるけれど、もう逝かれた方は怒ったりしないんです。人間とは次元が違いますからね。

うつみ それを聞くと安心します。

妙憂 「死」は絶対にウェルカムなものではないけれど、どこかで受け止めなければいけないもの。亡くなるまでの過程でしっかり味わった方は、グリーフ、つまり喪失の悲しみをそこまで引きずらないけれど、突然亡くなったりすると、そこからのグリーフが長い方もいらっしゃいます。でも、死に方は誰も選べない。そして親が亡くなる経験も、自分の親だとすると2回程度、パートナーがいた場合でも合計で4回程度。失敗したからやり直す、というわけにもいかないので、経験値を補充するためにできることは、経験した人の話を聞くことなんです。こういうことが起きるんだ、という模擬経験の引き出しを作っておくといいと思います。うつみさんの本のようなかたちで、ほかの方の看取りのケースを見ておくこともよいと思います。

うつみ ありがとうございます。私もこの本が、ひとつのお別れの形として誰かの役に立つことができたらと思っています。

玉置妙憂
たまおきみょうゆう/僧侶・看護師。非営利一般社団法人「大慈学苑」「日本スピリチュアルケア実践協会」の代表。夫の看取りをきっかけに、高野山真言宗にて修行を積み、僧侶になる。医療と宗教の知識を融合させて「人生をしっかり太く生きる」ためのケアや講演活動を行っている。著書に『まずは、あなたのコップを満たしましょう』(飛鳥新社)、『困ったら、やめる。迷ったら、離れる。』(大和出版)、『死にゆく人の心に寄りそう 医療と宗教の間のケア 』(光文社新書)ほか多数。

コドモエCOMICS
『父の逝きざま 末期ガンの父を自宅で看取るまで』 

うつみさえ/作 白泉社 1430円
詳しくはこちら

撮影/成田由香利

うつみさえ
1982年兵庫県生まれ。「第1回 kodomoe マママンガ賞」期待賞を受賞し、漫画家に。連載作品に「大きくなってく娘と私」、「マンガでわかる! おっかなびっくり飼育」、「40代ママのキレイをアップデート」、「令和JKをわかりたい!」。著作に『メイクもファッションも迷子になってない?40代からのキレイのつくりかた(コドモエCOMICS)。
Instagram: @th.e.96135
X:@sae96135

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