シュタイナー教育でも使う「羊毛フェルト」。石鹸で、もしもしして、もみもみして、ナデナデ…【教えて!世界の子育て~ドイツ~】
海外ではどんな子育てをしているの? 日本から離れて子育てをするママたちに、海外でのようすを教えてもらう「教えて! 世界の子育て」。場所や文化が違うと、子育ては違うのでしょうか。日本での子育てや生活と同じこと、違うこと。各国からリアルな声を届けてもらう今回は、ドイツ在住の中原さんから。
前回、突然やってきた重くて臭い箱。そこに入っていたのは、うんこまみれの羊の毛でした! 紆余曲折を経て、フワフワの金色に生まれ変わった羊毛の使い道を、今回はみんなで探ります。
保育園でいつもやるやつ
「おいもさんFilzen知ってるよ、保育園でやるもん」
頼りになる娘おいもさん6歳。ノートを持ってきて何やら描き始めました。
「どうやってやるか教えてあげる。こうやってホワホワして、セッケンで もしもしして……」
「……よし。よくわかった。じゃあ道具あつめてこれる?」
「うん!」
おいもさんは頷くと勢いよく跳ねるボール、いやジャガイモ団子のように家の中の使えそうなものを集めに行きました。
Filzenとは羊毛をフェルト化させる物づくりのこと。
フェルト作りに自信満々のおいもさんはWaldorfkindergarten(ワルドルフ保育園)というシュタイナー教育の保育園に通っています。
保育園の方針として、様々な自然素材を触り、物の性質を指先で学ぶ活動が遊びとして豊富に組み込まれていて、羊毛フェルトは素材学習のうちの一つです。
実はフェルト工作、私は友達の家でやらせてもらった事があります。しかしそれも15年くらい前のことで、おぼろげに覚えているのは熱湯を使って手が熱いなこりゃ! と思ったことくらい。ワルドルフ保育園で子どもたちが日常的にフェルト工作をやっているのは聞いていましたから、保育園児にお湯を使わせるわけはないだろうし、どうやってフェルト化させているんだろう、と不思議に思ってはいたのです。
一体何をあつめてくるのやらと見ていると、ザルにボウルに洗面器、石鹸、お水。
「羊毛をフワフワほぐして重ねます」
「はい」
「ここでそっとぬらします」
「はい」
「セッケンでもしもしします」(おいもさんは自作の擬音語やオノマトペを作るのがじょうず)
「はい」
「もみもみナデナデします」
「はい」
「しっかり固まってきたらできあがり」
「わかりました!」
袖まくりした腕に跳ねる水の冷たさが心地よい、外で過ごすのに最高の気候です。石鹸の良い香りに包まれて作業を進めていると、木の上の巣箱の中からチチチチチ! とヒナの小さな声が聞こえてきて、親鳥が餌を運びに出入りする。最初に羊毛を洗った春先などはちょうど小鳥が巣作りを始める時期で、シジュウカラやアオガラが巣の材料にするために広げて干してある羊毛をつついて持っていく姿が観察できました。
私が洗った羊毛でヒナを育てるだなんて、その小鳥のヒナ、実質わたしの孫じゃん。いいよいいよ、羊毛もっと持っていきな。これは庭の小鳥がさらに愛しくなってしまうな。
よそ見したり、ぼけっとしながら手をアワアワさせていくと少し手応えが出てきました。
「おいもさん先生、このくらいでいいですか?」
「いいですね。でも、もっともしもししてください」
もういいかな? と思ったらまだだった。家族の中でいちばん小さいおいもさんが今日は先生です。
「おかあさん、いま紫の羊毛がほしい」作業を進めていたら欲しいが飛んできました。
「まあお母さんも黒い色がほしいけど……」
「あそこに生えてるお花の汁に漬けたらどうなるかな?」
「絵の具で青くできるかな」
「絵の具は洗ったら取れちゃうかもよ」
もしかしたら昔の人もこういうふうに物を作りながら、あの色があったらいいな、こんな色が欲しいなと話しながら煮たり漬けたり染色を試みていったのかもしれないなと想像が膨らみます。
そうしているうちに手の中の羊毛は少しばかり縮んで塊になります。 「はい、いいですね。じゃあ洗って干してください」 まだ何者にもなっていないコロコロを並べて干します。 そしてその横に、お母さんはうんこを洗い流したばかりの羊毛をどんどん干していきます。
ああ、まだまだある。1まい、2まい、3まい……気持ちの良い季節を楽しむ私の手元には、まだまだたくさんの洗ってない羊毛があるのです。着るものに困っているわけでは無いのだけれど、冬が来る前に洗わないと! という焦りが湧いてくる不思議。美しいドイツの夏はあっという間に過ぎ去ってしまうのです。
石鹸の香りと交互で、うんこの臭いを手にしていると
「懐かしいことをしているね。藁の灰を入れて洗いな。私のお婆さんがそうしてた」
せっせせっせと洗い干す私の様子に気づいたお隣さんから、生垣越しにアドバイスが飛んできました。
灰。まじか。……どこに売っているんだ藁の灰。
お隣さん曰く、昔の暮らしでは毎日使っていたかまどや薪のオーブン、魔女の宅急便でキキがニシンのパイを焼くので有名なあの薪オーブン、ああいう所から掻き出した灰で羊毛を洗っていたそうなのです。
灰があれば汚れが簡単に落ちるのか? 灰の効果とは? 灰は毛の中に残らないの? お隣さんは疑問の種だけ残して去って行きました。
こういうことをしていると、手仕事が好きな人や懐かしがった人が気軽に声を掛けてくれて、思わぬ昔話や知識をくれるので、心がほくほくします。
数日後、子どもたちが「もしもし」した羊毛は乾いて軽やかな蝶々になり、子ども達のお友達の誕生日プレゼントになりました。
お母さんのフェルトはというと、ちょっとフェルト針を使って堅めに形をつくって小さな羊に。もちろん汚れた羊毛を持ってきた彼にあげるためです。
「ほらあんたの羊うんこまみれだったから洗っといたよ」と言って渡してやりたいと思って。
今回の海外ママは
中原さん
結婚を機に夫の故郷ドイツに移住。滞在年数10年を超えてもドイツ語に苦しむ。趣味はレストラン巡り、庭いじり、手芸などなど。掃除と片付けも趣味になったらいいのになあ……といつも思っています。2人の娘がいます。#中原ドイツ子育て Instagram @s_vn