【ロングインタビュー】作家・文化昆虫学者 篠原かをりさん「子どもが教えてくれたんです。見方を変えれば私の世界はもっと広がっていくことを」 後編
メディアで見せる博識でほがらかな人柄が魅力的な篠原かをりさん。持ち前の好奇心で育児や仕事と並行して大学院での研究に取り組むなど、順調にキャリアを積んできたように見える篠原さんですが、学校や勉強は大の苦手だったそう。それでもめげずに前に進む原動力となったのは、ご両親の存在と「生き物が好き」という気持ちでした。
kodomoe webでは、本誌の貴重なインタビューを全編公開。ご自身の中学時代や、子育てと仕事の両立についてなどをおうかがいした後編をお届けします。
期待されすぎなかったから
「好き」を守ることができた
――中学ではクイズ研究会を立ち上げたそうですね。
友達に誘われてつくったんです。もともとクイズは好きだったし、ここでも「やればできる!」という自信があったのだと思います。結局、高校生になってからも活動を続けて「全国高校生クイズ」の全国大会に出場するくらい熱心にやっていました。
――その頃は、生き物とどのように付き合っていたのでしょう。
生き物好きは変わらなくて、昆虫採集に行ったり、こっそりと生き物を家に持ち込んで飼ったりしていましたね。外から見えないように、机周りにハムスターの家をつくって飼っていたんです。3か月くらいはバレずに済みました。
――当時、将来はどんな仕事に就きたいと思っていましたか?
研究者と、子どもの頃から作家になりたいという気持ちも強かったんです。小学校の低学年の頃はうまく話せなかったのですが、自分が書いた作文でクラスメイトが笑ってくれたことがあったんです。そのときに「自分は話すことよりも、書くことのほうが得意なのかもしれない」という手ごたえを感じて。そこから文章を書くことが私の希望になったんです。
――大人になって、両方の夢を叶えたのですね。
生き物に携わっていきたいし、本も書いていきたい。それはどんな仕事なのかまでは想像できなかったけれど、今の仕事を当時の私が知ったら、きっとすごく嬉しいだろうなって思うんです。
――中高時代は、学業のほうは?
生物は得意でしたが、ほかの科目の成績は良くなかったんです。「授業って、ちゃんと聞くといいものなんだな」って気づいたのが大学に入ってからで。
でも、本はすごく好きで読んでいましたね。父も生物は得意だったから聞けば教えてくれるし、私も考えたことを話したりしていて。いわゆるテストのための勉強はしていなかったけれど、学びと呼べることはしていたのかなと思います。両親にも「勉強しなさい」と言われたことはないんです。
――篠原さんは好きなことを追求して、博士号も取得されて。子育て中のママパパは、篠原さんのように「勉強ができて、好きなことに夢中になれる子に育ってほしい」と感じる方が多いと思います。ご両親の接し方で「これはよかった」と感じることはありますか?
生物で一点突破させようとしなかったこと。「生物を突き詰めたら、この子は医者や獣医になれるんじゃないか」みたいな、過剰な期待をしないでいてくれたことです。弟は洋楽とデニムが好きなんですが、デニムに詳しくても大学受験に有利になるわけではない。だけど生物は、どこか大人が夢を見やすい分野というか、「これは将来につながるかもしれない」と期待したくなると思うんです。
それなのに、両親は進路に結びつけたりせずに、ただ好きなものとして見てくれていて。当時の成績が悪い私にそれをしなかったことは本当にすごいな、と。私は自分の子どもに同じことができるのだろうかと思ってしまいます。
――大人の理想像を子どもの「好き」に重ねなかったのですね。
あらためて振り返ると、過剰に応援しない距離感はありがたかったですね。あまのじゃくかもしれないんですけれど、あのとき、親にすごく応援されたり、将来のルートまで先回りされていたら、私の生き物好きはそこで冷めていたかもしれないと思うんです。
――当時のご両親には、どのような考えがあったのでしょうか。
聞いたことはないんですけれど、「良い大学に行けなくても、お金がたくさん稼げる仕事に就けなくても、この子はなんとかなる」って、心の底から信じてくれていたんだと思います。世間一般で「良い」とされているものよりも、私に対する信頼が厚かったというか。
――「この子は絶対に大丈夫」と信じていたのですね。どうしても口を出したくなるし、なかなかできることではないと思います。
私も、子どもって、本当に信じて大丈夫な存在だと思っているんです。うちの子は私と違うタイプなので、将来どうなるのかはまったく想像がつかないんですけれど、不安はないんです。
自分の子どもだから信じられるということではなくて、人間ってそもそも、おのずと育っていく力がある。もっと言えば、それは人間に限らず、すべての生き物が本来持っている力なのだと思います。

「こんな道も選べるよ」と
若い女性に伝えたくて
――『地図はない、目的地もない、でも迷子ではない』では改姓について書かれています。結婚するときに篠原姓を選ばれていますね。
自分が絶対に名前を変えたくなかったかといえば、そうではなかったんです。ただ、今はまだ結婚すると女性が男性側の名字になることのほうが圧倒的に多いですよね。夫婦別姓の議論もなかなか進まないけれど、自分は表に出る仕事をしている以上、どのように振る舞うかを考えるべきだと思っていました。というのも、私のことを応援してくれる方には若い女の子もたくさんいるんです。その子たちが大人になる頃には、今よりも良い社会になっていてほしいという気持ちがありました。
――結婚して、どちらの姓を名乗るか。女性は気になるテーマです。
私は子どもの頃、漠然と「テレビに出る女性は美人、何かを教えたり語ったりする立場にいるのは男性」だと思っていたんです。でも、自分はそれに当てはまっていないし、レアなケースとして表に出ることができているなと思っていて。名字をめぐる状況に対しても、女性側が改姓をしないというひとつの例になれるかもしれないなと感じたんです。
――ご両親からは、どのような反応がありましたか?
夫のご両親には最初から受け入れていただいたんですが、うちの親は心配していましたね。男性が女性の姓を名乗るという、夫のほうがめずらしい選択をすることになるので「せっかく娘が結婚したい人と出会えたのに、これが原因で良くない結果になるくらいなら、社会の流れに沿ったほうがいい」という親心だったんだと思いますけれど。とはいえ、強く反対されたわけでもなかったので、理解してもらえてありがたかったです。
夫婦の役割分担は
強い気持ちでようやく平等
――お子さんが生まれて保育園に入るまでは、河村さんが育休を取られていたそうですね。
はい。私は働き方がフリーランスで育休制度というものがなかったのですが、夫は会社に所属していて、本人は最初から育休を取るつもりだったみたいです。答えのわからない、初めてのことに取り組むときに一緒に悩める人がいるのは心強かったですね。
――育児について、河村さんとの役割分担は決まっていますか?
うちは「ふたりともなんでも同じようにできるようになろう」と決めたんです。どちらもできる状態は、きっと子どもにとっても安心感があるのかなと思っていて。
夫は手続き関連、私は子どもの歯みがきとか、それぞれの得意なことを任せ合うことはありますが、トータルで平等になるようにしています。たとえば、たまたま私が寝かしつけすることが続くと、子どもは「ママのほうがいい」みたいになっちゃうことがあるんですけれど、夫の時間が空いていれば思い切ってバトンタッチしたり。
夫はとても善良な人なんですが、ものすごく気が利くタイプというわけでもなくて(笑)。ここで私が遠慮して、あれこれ動いてしまうと、夫は「今は休んでもいいんだなあ」って享受して、それを見て私がイラついたりしてしまう。それはただの悪循環になってしまうので、平等になるように気合いを入れて采配して、お互いに納得できるようにしています。
――「気合いを入れて平等」。いい言葉ですね。
平等って、自然とできるものではないなって実感しています。「自分が頑張ればいい」ってなりやすいけれど、長い目で見ると、そればかりではくたびれてしまうと思うんです。

仕事も子どもも研究も
強欲であることを恥じずに
――結婚、出産してからも、執筆や大学院での研究など、精力的に活動されています。育児との両立に不安を感じたことは?
自分だけの時間が取れなかったり、家にいなきゃいけなかったりということは増えますが、思っていたよりも不自由さは感じなかったんです。そこでしか知ることができなかったことがたくさんあったので。出産してできることや行動範囲が狭まったとしても、ものの捉え方には、むしろ奥行きが出たように感じているんです。
――それは興味深いですね。
うちの子どもはテントウムシとチョウチョウがお気に入りなんですが、王道すぎる気がして、私はあまり深入りしてこなかった虫なんです。でも、子どもをきっかけにテントウムシ柄の洋服や雑貨を買うようになって「こんなにいろいろなもののモチーフになっているなら、テントウムシを次の論文のテーマにするのも面白いかも」って思ったりもするんです。
――身近なところから研究の種を見つけてしまうのですね。
単純に、私はなんでも気になるだけなんです。修士課程の専門は分子生物学で「何を、どのように食べると健康に過ごせるのか」という研究の一環で昆虫食を扱っていたんです。そこから博士課程で芸術学に切り替えて「人は昆虫をどのように捉えてきたのか」という研究をしていました。まったく違う分野に来たように思っていたんですけれど、そこでも自然と昆虫食の話が出てくるんです。そんなふうに考えると、学問って、全く異なる分野でもどこかで何かがつながっているので、興味が尽きることがないんです。
――篠原さんが学びを楽しんでいることが伝わってきます。
生きていること自体がフィールドワークみたいなものなのかも。研究はこれからも続けていきたいんです。次に知りたいことが出てきたので、最近、そのための下地づくりとして通信制大学で関連科目を履修し始めたところです。
――「やってみたがりで、知りたがり」は、幼少時から変わっていないのですね。
本当にそうなんです。何かを始めるときに「うまくいかなかったら恥ずかしい」と考えたりもしなくて。それを思うと気が重くなるはずなんですが、私の今までの人生は不器用で失敗することばかりだったので、つまずくことがあったとしても、もはやなんとも思わない。それもあってやりたいことにストッパーがかからないんです。
――たしかに、考えすぎて結局何もできなくなってしまうこともありますね。
私、大学院時代の先生に「仕事もして、子どももいて、博士課程で論文も出してとは、かなり強欲な生き方ですねえ」と言われたことがあったんです。でも、強欲にならないとできないこともあると思っていて。強欲の何がダメなのかなと思っちゃう。「これからも強欲であることを恥じないように生きてやるぞ!」って、なんだか逆に勇気づけられました。
――よくばりでいることが、篠原さんなりのマイペースなのですね。
私にとって育児は、人生で絶対にやってみたいことのひとつだったんです。それに、子どものおかげで思わぬ発見もあったんですよ。家の中で過ごす時間が長くなっても、それだけで世界は狭くなるわけじゃなかった。いい意味で予想外でしたね。
そもそも世界って、自分が見方を変えればどこまでも広がっていくものだったんです。子どもがいなかったら気づけずにいたはずですし、これから自分が何を見つけていくのか、楽しみなんです。
篠原かをり
しのはらかをり/1995年神奈川県生まれ。慶應義塾大学大学院修了後、同大学SFC研究所上席所員。2026年日本大学大学院芸術学研究科博士後期課程修了。学生時代にはTBS「世界ふしぎ発見!」のミステリーハンターとして活躍。著書に『かわいいが見つかる! 推しいきもの図鑑』(永岡書店)、『歩くサナギ、うんちの繭』(大和書房)など。
INFORMATION

『地図はない、目的地もない、でも迷子ではない』
篠原かをり/著 NHK出版 1870円
不器用でも、好きを追求し続けたら、作家・文化昆虫学者になれた。過去や日常を独自の視点で綴った言葉が、生きづらさを抱える人の背中をそっと押してくれる著者初のエッセイ集。
インタビュー/菅原淳子 撮影/山田薫 (kodomoe2026年8月号掲載)





































