6月のテーマは「会えない絵本」【広松由希子の今月の絵本・95】
絵本作家で評論家の広松由希子さんの連載。毎月、テーマに沿った、おすすめ絵本をセレクトしていただきます!
6月のテーマは「会えない絵本」
学校がやっと再開。でも、午前か午後の分散登校だから、まだクラスメートの半分は、顔も合わせていないんです……先日聞いた、小学校の話です。二重に授業をしなくちゃならない先生もたいへんだけど、生徒たちもせつないですね。せっかく同じクラスになれたのに、友達と会えないなんて。
大人も、そう。実家の家族や悪友ともLINEやメッセンジャーでおしゃべり。仕事仲間とはZOOMで打ち合わせ。行きつけのカフェのなじみの顔とも、もうずいぶん会えていません。いつも会っていたわけじゃなくても、「会えない」のは、ちがうんだな……と、あらためて。
そんなもやもやを抱えながら、今月は「会えない絵本」を読んでいたら、いろんな気持ちがふつふつ浮かんできました。
最初に取り出したのは、女の子とおばあちゃんの会えないお話。五味太郎さんの初期作品『はやく あいたいな』です。
開くと、横長の画面が広がります。よおちゃんの家は、画面の左端、丘の上の赤い屋根。おばあちゃんちは、右端の山の上のオレンジの屋根。ずいぶん離れていることが、第1画面で見てとれます。
ある日、よおちゃんは、おばあちゃんに会いたくなって、出かけます。同じ頃、おばあちゃんもよおちゃんに会いたくなって、出かけました。よおちゃんはバスで、おばあちゃんは電車で……あらら……みごとにすれちがい。お互いの家に着いて、「しまった!」「びっくり」。ふたりはあわてて帰ります。おばあちゃんはタクシーで、よおちゃんはトラックをヒッチハイクして……あらららら……家に帰ると、また「びっくり」「しまった!」。
ここで、がっかりあきらめないのが素敵。「うちで待ってなんかいられない」と、今度は、それぞれキックボードとバイクに乗り換えて……!
会いたくて、会えなくて、ますます会いたい思いがつのり、ついに画面の真ん中で実るとき、いっしょに思わず叫んじゃう。「ヤッホウ! おばあーちゃん!」
横長画面で行ったり来たり。めくるほどに、いや増すスピード感。急き立てられる思いが、一気にほどけるラスト。会えないふたりの引力がすごい。会いたい気持ちっていいな。会えるってうれしいな。
『はやく あいたいな』
五味太郎/作・画 絵本館
本体1300円+税 1979
もう1冊、懐かしい幼児絵本を。幼い女の子のやわらかな心情を描いたらピカイチの黄金ペア、筒井頼子さんと林明子さんの『とん ことり』です。
かなえは、お父さんとお母さんといっしょに、山の見える町に引っ越してきました。忙しく荷を解く両親のそばで、疲れて床に座り込んでいると、
「とん ことり」
と、かすかな音が。玄関に見に行くと、郵便受けの下にすみれの花束が落ちていました。
知らない土地、知らない人。親たちは忙しく、心もとないかなえの家に、姿の見えない「ゆうびんやさん」が、それから毎日そっとお届けものに来てくれるのです。3日目には、大きな文字で3行だけのお手紙が届き、これは自分宛だと確信します。
すみれも、たんぽぽも、お手紙も……だれが届けてくれたのかしら。会えない誰かが、ずっとかなえの心を占めています。買い物に行った町でも、見学に行った幼稚園でも、「とん ことり」の主を探しています。
その誰かは、実は最初の画面から、とてもさりげなく絵の中に潜んでいて、ページをめくるにつれ、ゆっくり近づいてきているんですね。その姿に気づかなくても、ひたひたとそばにいる気配は感じるはず。正体を知ってから、2度、3度と読み返しても、その姿をみつけるたびにうれしい気持ちになります。
会えない時間のもどかしさ。そして、ついに会えたふたりの間に流れる、おずおずと近づく気持ち。間があって、はじけるうれしさ。ほんと、あの3行のお手紙に書いてあった通り—「ともだちはいいですとてもうれしいですまっています」—会えない間にふくらんでいた気持ちを、ラストのはじける笑顔が受けとめます。
『とん ことり』
筒井頼子/作 林明子/絵 福音館書店
本体900円+税 1986
さて、ガラッと気分を変えて、奇妙で壮大な「会えない絵本」が読みたくなりました。精緻でトリッキーな絵本の巨匠、デイヴィッド・ウィーズナーの『漂流物』です。
舞台は、たぶんアメリカの海岸。少年は、浜辺でなにかを見つけて、観察するのが好きみたい。スコップやバケツ、虫眼鏡、双眼鏡、電子顕微鏡まで用意して、ヤドカリ、カニ、海藻、そして浜辺に流れ着く漂流物を拾い集めているみたい。……「みたい、みたい」と書いているのは、この絵本が、文字のない絵本だから。絵から、奇妙な物語と豊かなディテールを読み取っていくのが楽しい絵本です。
やがて少年が見つけたのは、波に打ち上げられた、旧式のカメラらしき箱でした。中のフィルムを現像に出して見たところ……なんだ、これは? 世にも不思議な海中の光景が広がります。機械仕掛けで泳ぐ魚? タコやチョウチンアンコウの集う海底応接間? 海上を飛ぶフグ気球? 目を疑う、奇天烈な写真の後に、東洋の浜辺で撮ったらしい写真が1枚現れました。黒髪の少女が1枚の写真を手にしていて、またその写真にも、北欧らしい少年が写っていて写真を手にしています。その写真にはさらに写真を手にした金髪の少女が写っていて……これは、きりなし絵? 少年が顕微鏡を持ち出し、目を凝らして見てみると……すごい。ぜひ絵本で見てみてください。
奇妙な「漂流物」が、地球上のあちこちの海辺の子どもたちをつないでいく物語。時間も距離も超えて、会えない子ども同士が秘密を共有する……その秘密の瞬間に絵本のこちら側から、こっそり立ち会っているようで、ドキドキします。
そして、会えない海の向こうの友人とだって、私たちは絵本を通じてつながっていることを思い出しました。
『漂流物』
デイヴィッド・ウィーズナー/作 BL出版
本体1800円+税 2007
ずっと会えないさだめといえば、この季節、織姫と彦星を思い出したりしますが、『はるとあき』の会えなさってば、それ以上ですね。
わたしは、はる。目を覚ましたら、ふゆのところに行って、「そろそろ こうたいね」と告げるはるです。それから何カ月かしたら、なつがやってきて「やあ そろそろ こうたいだね」と声をかけられます。ふゆとなつには、毎年一度交代の時期に再会するわけ。ずっとあたりまえだった繰り返し。でもその年、「ようし あきが くるまで がんばるぞ」というなつの言葉を耳にして、はるは、初めて会えないあきのことが気になり出しました。あきって、いったいどんな子なのかな? はるは、あきに手紙を書くことにします。
なつからあきへと渡してもらった手紙は、ふゆを通して返事をもらいます。はるとあき、絶対会えない同士の年1回の往復書簡が続きます。桜のことを書いたお返しに、秋桜(コスモス)のことを教えてもらったり、生きものやおいしいもののことを知らせあったり、互いの世界が広がります。
どちらの手紙も、最後は必ず「いつか おあいできる ことを」と結ばれていました。会えないとわかっているけれど、会えない相手を想像するのは、楽しい。でも、会えないから想像しすぎて、さみしくなったり、自信がなくなったり、揺らぎます。
擬人化された季節に感情移入してしまう。夏みたいに「すかっと」していたり、冬みたいに「きりっと」したりしていない、ふたつのやさしい季節の、ほどよく抽象化されたビジュアル化、さすがです。
「あえないけど そこに いるって しっている」
ふたりのきずなは、会えないからこそ強いのかもしれません。
『はるとあき』
斉藤倫・うきまる/作 吉田尚令/絵 小学館
本体1300円+税 2019
会えない絵本、考えていたら次々浮かんでくるけれど、とっておきのを、もう2冊。
『ローザからキスをいっぱい』(ペトラ・マザーズ/作 えんどういくえ/訳 BL出版 2000 品切れ/絶版)は、時々むしょうに読み返したくなる一冊。病気のお母さんに、親戚の家に預けられたローザが、毎週日曜日にお母さんに手紙を書き、最後にキスを送るのです。ちょうちょのキス、鳥のキス、魚のキス……。会えないけれど、会えないぶん、大好きな気持ちを送る。作者の自伝的な絵本。
『アイタイ』(長谷川集平/作 解放出版社 2014)は、何度読んだか、わからないけれど、何度読んでも読み切れないで、また読みたくなる。会いたくて、会えなくて、会えているかもしれないのに、永遠にすれちがう……一生ものの「会えない絵本」です。もっと読みたい大人に、ぜひ。
彼岸に行ってしまった人とは、会えないけれど、以前より密な関係になっている気もするな……と気づかされる、この頃。会えない時間も、会いたい時間も、そして、会えたときの時間も、今はしっかり味わいたいものです。
広松由希子 ひろまつゆきこ/絵本の文、評論、展示、講座や絵本コンペ審査員などで活躍中。
2017年ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長。著作に絵本『おかえりたまご』(アリス館)、「いまむかしえほん」シリーズ(全11冊 岩崎書店)や 2001~2012年の絵本案内『きょうの絵本 あしたの絵本』、訳書に『ヒキガエルがいく』(岩波書店)『うるさく、しずかに、ひそひそと』(河出書房新社)など。2020年8月、絵本の読めるおそうざい屋「83gocco」をオープン。https://83gocco.tokyo
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