2020年5月21日

5月のテーマは「におう絵本」【広松由希子の今月の絵本・94】

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絵本作家で評論家の広松由希子さんの連載。毎月、テーマに沿った、おすすめ絵本をセレクトしていただきます!

5月のテーマは「におう絵本」

ふだんとちがうペースで時間が流れる毎日。今まで見過ごしていたことに気づいたり、五感が妙に敏感になったり。そんな非日常な日常を受け入れてみようと思いました。

そこで、今回は「におい」に注目。絵本は、一般に嗅覚に訴えるメディアではないはずですが……ふんふん、くんくん、におうにおう。いま読みたい「におう絵本」を集めてみましたよ。

まずは、初夏の風に乗って、爽やかなシャボンのにおいが広がるような、この絵本を読みたいな。『せっけん つけて ぶくぶく ぷわー』です。

ことちゃんは、洗濯が大好き。お庭でたらいにお水をはって、「せっけんつけて もく もく もく ぶく ぶく ぷわー」せっせと手洗いしていると、ネコの「ねえこ」と「にいこ」も仲間入り。泥だらけのウサギとリスとクマも来て、みんなでいっしょにお洗濯。

よーく洗って「ごしょ ごしょ」「こしょ こしょ」
せっけんつけて「ぷく ぷく ぷわー」「もく もく ぷくん」
水でゆすいで「しゃぷ しゃぷ」「ぴしゃ ぴしゃ」「ざば ざば ざば」
洗う音、ゆすぐ音、絞る音も、ひとりひとりにぴったりのオノマトペがゆかい。洗い終わったら、ぴんと干します。でも洗濯物が風に飛ばされ、追いかけて……それからどうなるの? 

ひとつひとつの工程が豊かで遊びに満ちています。洗濯ってこんなに楽しかったっけ? 読み終わったら、きっと、せんたくごっこがしたくなる。ことちゃんたちみたいに、ハンカチとかエプロンなどの小物と固形せっけんで楽しめたらいいですね。

茶目っ気たっぷりの絵本のことばを書いたのは、岸田衿子さん。『ぐりとぐら』でおなじみの山脇さんの絵を思うと、いつも健やかで幸せな世界を書きたくなるんだって言われていたこと、この絵本を開くたび、せっけんのにおいといっしょに思い出すのでした。


『せっけん つけて ぶくぶく ぷわー』 
岸田衿子/文 山脇百合子/絵 福音館書店 
本体1000円+税 1999

 

『ふんふん なんだかいいにおい』は、おいしいにおいが鼻をくすぐる絵本。食欲を刺激されてしまうのは、読者だけではありません。

さっちゃんは、大急ぎで朝ごはんを食べ、家を飛び出し、野原へ向かいます。口のまわりは卵の黄身でカピカピ、手はいちごジャムでベタベタ、エプロンはチキンスープでしみだらけ。すると、キツネの子が「ふんふん なんだか いいにおいがするよ」と嗅ぎつけます。「めだまやきが こっちに むかって はしってくるぞ!」「とまれ! おまえは めだまやきだな」と、とおせんぼ。

おなかを空かせた動物たちにかじられそうになっても、さっちゃんは、強気です。急いでいるんだもの。「そんなに めだまやきが たべたいんなら あたしのうちへ いってごらん。おかあさんが いつだって つくってくれるよ」と、かわしちゃう。ジャムのにおいにつられるクマの子も、鶏のスープに寄ってくるオオカミの子も、さっちゃんのうちへまっしぐら。

おかげで、さっちゃんは誰にも邪魔されずにお花を摘みます。だって、今日はお母さんのお誕生日だから。めでたし、めでたし……? いやいや、おうちのお母さんは、どうなっているかしら?

親しみのある絵に引き込まれますが、二転三転、たっぷり44ページの物語絵本。おいしいにおいだけじゃなく、小さな獣たちと野の花のにおいも少し混じった絵。そして最後は、甘くてやさしいおかあさんのいいにおいに全身包まれる絵本なのです。


『ふんふん なんだかいいにおい』 
にしまきかやこ/絵と文 こぐま社 
本体1200円+税 1977

 

小さな獣たちと楽しく遊んだところで、さあ、今度は本気の獣道(けものみち)に足を踏み入れますよ……むんむん画面からにおいが立ち上る絵本『けもののにおいがしてきたぞ』です。

うっそうと草木が茂り、虫がうごめき、もわっと湿った空気のなか、「びるびるびるびる むるむるむるむる」怪しい手描き文字の音が響いてきます。「ペテペテペテペテ ザーゾーザーゾー」青い雨も降ってきて、鳥が飛び交い、「けもののにおいがしてきたぞ」。いるいる、なにか……「ぱぐん」

気配たっぷりのページを、息を潜めて、耳を澄まし、においを感じながら、めくっていきます。嗅覚に導かれて歩くって……忘れていた野生の感覚かも。自分もどこぞの獣な気持ちになって、五感を澄まして進みます。ドキドキ脈打ち、ビリビリ震え、唸り、生あたたかいにおいが混じり合う、ここは獣道。そう、絵本全体が獣道。

ミロコマチコさんの絵本は、一冊ずついろんなやり方で私たちの感覚を目覚めさせ、解放してくれるのですよね。におい=気配を受け止めながら、この獣道をめくっていくうちに、自分の中に埋れていたなにかが、剥き出しにされるような。怯えつつも「ああ、自由」って思いました。世界の人たちがそのにおいを嗅ぎつけた、ブラチスラバ世界絵本原画展(BIB)の金牌受賞作です。


『けもののにおいがしてきたぞ』 
ミロコマチコ/作 岩崎書店 
本体1600円+税 2016

 

におう絵本といえば、最後にこの人、飯野和好さん。とびきりの色香が匂い立つ絵本がある一方、もわっと土くさい絵本がまた、すばらしい。『ふようどのふよこちゃん』(理論社)とか『おならうた』(谷川俊太郎・原詩 絵本館)とか『はやくちことばでおでんもおんせん』(川北亮司・文 くもん出版)とか、いずれもくんくん嗅覚にうったえる絵本ですが、今月は季節柄、『みずくみに』の清々しいにおいをかぎたいと思いました。

ちよちゃんは、里山暮らしの女の子。野良仕事に励むお父さんやお母さん、おじいさんたちのために、「さわのみず くんでくるね」と、竹の筒の水筒を持って、ひとり駆け出します。「ちーい ちーい」と鳴くめじろ。「かんこん かんこん」鳴る水筒。「すうーっ すうーっ」鼻から大きく吸い込むにおいは、山のにおい。うーん、いいにおいに満たされます。

タイトルにあるように、女の子が水を汲みにいき、帰ってくるだけのシンプルなストーリー。特別な事件は起きません。夏山の爽やかな空気、緑のにおい、沢の水の冷たい喉越し、自然と共存する家族の暮らしを、変化に富んだ構図の展開と、ごく短い台詞と擬音だけで描いて見せます。

服装や暮らしぶりから、ひと昔前の質素な里山暮らしとわかりますが、なんて豊かな暮らしだろうと思わずにはいられません。においは記憶と深く結びつくもの。知らなくても懐かしい、絵本を通じて感じるこのにおいは、日本人の記憶のどこか、DNAに刻まれているものではないかしら。


『みずくみに』 
飯野和好/作 小峰書店 
本体1400円+税 2014

 


目に見えないけれど、においについての絵本は、実はけっこうたくさんあるんですね。

『くんくん、いいにおい』(たしろちさと/作 グランまま社 2006)は、2歳くらいから楽しめる小型の絵本。焼き立てのいいにおい、甘いにおい、酸っぱいにおい……を親しみやすい絵から感じて。

『このにおい なんのにおい』(柳原良平/作 こぐま社 1993)は、暮らしのいろんなにおいを色帯で可視化。素朴な切り紙だけど、心地よくグラフィックに構成されています。こちらも幼児から楽しめます。

『かぐかぐ』(カムカムズ/文 ささめやゆき/絵 PHP研究所 2004 品切れ重版未定)は、においを嗅ぐ行為について、いろんな角度から見つめる科学絵本。「かぐかぐやひめ」といっしょにくんくん、楽しく遊んで考えて。

本当ににおう絵本の代表は、インドのタラブックスの手製本たち。シルクスクリーン印刷のインクのにおいがくせになります。いつも、くんくん嗅いでしまう。大人におすすめの『夜の木』(バッジュ・シャーム、ドゥルガー・バーイー、ラーム・シン・ウルヴェーティ/作 青木恵都/訳 タムラ堂)をはじめ、近年日本でも翻訳多数。

タラブックスほど顕著でなくても、好きな絵本のにおいを嗅いでみると、紙や印刷でちょっとずつにおいがちがったりします。絵本のにおいも嗅ぎ分けられたら面白いな……と思って練習しかけたことはあるけれど、わたしはすぐに挫折しました。でも、嗅ぐ力は鍛えるほどに強くなるらしいから、気力のある人は、挑戦してみて。

広松由希子 ひろまつゆきこ/絵本の文、評論、展示、講座や絵本コンペ審査員などで活躍中。
2017年ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長。著作に絵本『おかえりたまご』(アリス館)、「いまむかしえほん」シリーズ(全11冊 岩崎書店)や 2001~2012年の絵本案内『きょうの絵本 あしたの絵本』、訳書に『ローラとつくる あなたのせかい』(BL出版)、『ヒキガエルがいく』(岩波書店)など。「MOE」でも、世界の絵本を紹介中。

web連載「広松由希子の今月の絵本」

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