1月のテーマは「穴あき絵本」【広松由希子の今月の絵本・90】
絵本作家で評論家の広松由希子さんの連載。毎月、テーマに沿った、おすすめ絵本をセレクトしていただきます!
1月のテーマは「穴あき絵本」
暮れにいろんなことが重なり、ふがいないことに(また!)原稿お休みしてしまいました。ごめんなさい。一年の締めくくりに、ああ、穴があったら入りたい……でも、もし穴があったら、恥ずかしいことは全部まとめて埋めちゃえばいいかも? 妄想が脇にそれて反省が続かない、おめでたい性格です。そして、そうだ、これをネタに年明け1月のテーマは「穴絵本」にしたら一石二鳥じゃない? なんて、ほくほく虫のいいこと考えて選書していたら、どすんと落とし穴に落ちました。あいたたた。
kodomoeのバックナンバーを見たら、2014年2月連載その27「あなが好き!」というテーマで取り上げていたんでした。とびきり上等な「穴絵本」を5冊。うーん、なんで忘れていたんだか……再び自己嫌悪。しょんぼり6年前に書いた記事を眺めていたら……キラリ。最後にこんな文を発見。
「穴ほり絵本じゃなくて、
穴あき絵本も、いいのがたくさんあるんですけどねえ。
よろしかったら、またの機会に。」
その手があったか。6年前のわたし、えらい。今のわたしよりずっとえらい! というわけで、6年前に予告した「またの機会」がやってきました。とびきりの「穴あき絵本」、満を持して紹介させていただきます(長い前置き、失礼しました)。
穴あき絵本、昨今はあまり珍しくなくなりましたが、1952年にこの絵本『それからどうなるの?』が出版されたときは、かなりセンセーショナルだったのでは。表紙にどかんと大きな丸い穴、裏表紙にもちっちゃな穴があり、中のページがのぞけます。そして、中では背景のあちこちが複雑な形の穴になって重なり、ページどうしをつなぎ、物語を紡いでいるんです。画期的。
ムーミンでおなじみトーベ・ヤンソンの大胆なデビュー絵本。1991年に邦訳出版されたときは、穴あき加工や特色印刷まで原書通りにすることは叶いませんでしたが、日フィンランド修交100年にあたる2019年、原書に忠実に再現して復刊されました。ブラボー!
姿を消したちびのミイを、ミムラねえさんとムーミントロールがいっしょに探していきます。穴の向こうに、次のページや、その先のページ、振り返る前のページがのぞいています。見開きごとの色数は限られているのに、穴のおかげで、なんとも不思議な美しい景色が見られますよ。穴がかきたてる、不安や期待、いろんな予感。「さてさて それから どうなるの?」と、読み進めるのが楽しい。
『それからどうなるの?』
トーベ・ヤンソン/作 渡部翠/訳 講談社
本体2200円+税 2019
老いも若きも大好きな穴あき翻訳絵本といえば? そう、『はらぺこあおむし』。昨年生誕50周年を迎え、世界で4800万部のロングヒット。日本だけでも400万部。ボードブック、ビッグブックにミニブック、ぬりえ絵本、ぬいぐるみ付き、とびだす絵本など、今や10種以上の『はらぺこあおむし』が販売されているんですね。魅力満載の絵本ですが、今回は「穴」にフォーカスします。
イントロから、主役となる穴の暗示が。見返しには、作者お得意の絵の素材=色とりどりの薄紙が穴だらけになって、ランダムにコラージュされています。めくると、扉ページには、穴の「中身」、切り抜かれた丸がいっぱい並んでいるんですね。おしゃれー。
本編では、ちっぽけなあおむしが、ページに穴をあけながら食べ進んでいきます。月曜にりんごをひとつ。火曜に洋梨ふたつ。毎日ひとつずつ増えていく果物に、ひとつずつ穴をあけていく。食べても食べても、まだはらぺこ。6日目の土曜には、チョコレートケーキからすいかまで、ずらり並んだ10個の食べ物に、ぽこぽこ穴ぼこも10個! そりゃあ、おなか痛くなって泣きますとも。
エリック・カールさんの絵本作りは、子どもをよろこばせるアイディア=しかけから始まります。『はらぺこあおむし』の穴は、お話がまだわからない幼い子も、つい指を入れたくなるサイズ。「さわれる本、読めるおもちゃ」を作りたいという作者の絵本観が凝縮された、文句なしのベストセラーです。
この穴ぼこ誕生の陰には、こんな逸話も。半世紀前、本国アメリカで穴あきデザインと製作コストの折り合いがつかずに困っていたところ、日本の偕成社が名乗りを上げ、原書の印刷・製本を請け負ったそうです。邦訳が出版される7年も前のこと。この世界で愛でられる穴たちが、日本生まれと思うと、ちょっとうれしい。
『はらぺこあおむし』
エリック=カール/作 もりひさし/訳 偕成社
本体1200円+税 1976
穴は、国境を越える? そうかもしれません。日本の若手絵本作家で穴あき絵本の名人、よねづゆうすけさんが思い浮かびます。ボローニャ展で入選、海外の出版社から絵本デビューし、後に日本に紹介された「逆輸入絵本」の作家です。次々繰り出されてきたボードブックは、穴のしかけがみごとに計算されていて、赤ちゃんのハートをつかみます。『のりものつみき』(講談社 2011)とどっちにするか迷いましたが、今回は『ぴたっ!』をピックアップ。
赤い「とりさんと とりさんが……」「ぴたっ!」とハートに。青い「ねずみさんと ねずみさんが……」「ぴたっ!」と二等辺三角形に。緑の「かめさんと かめさんが……」「ぴたっ!」と円に。2匹の生きものが、穴のあいたページをめくると、「ぴたっ!」とくっついて、ひとつの図形になる、2見開きが1ユニットの二拍子絵本です。
太い輪郭に、くっきり色ベタ。白抜きの図形と、穴の窓。表情のパターンと、ゆるやかに盛り上がる展開。うーん、うまいなあ。すっきりデザインとふんわり素朴のさじ加減も絶妙。説明がもどかしい「ぴたっ!」の快感は、幼い子どもたちと、めくって味わってみて。
『ぴたっ!』
よねづゆうすけ/作 講談社
本体950円+税 2013
世界を股にかける日本人絵本作家といえば、この方。駒形克己さん。一年のほとんどを旅されている雲のような人であり、究極の穴絵本の作者でもあります。
『ごぶごぶごぼごぼ』(福音館書店 1999)という、押しも押されもせぬ名作穴あき赤ちゃん絵本もありますが、今回はさらに遡って、デビュー絵本に注目。お子さん(その名もアイちゃん)が生まれて、絵本を作り始めたという駒形さんの「LITTLE EYES(リトル・アイ)」という、0歳からの乳幼児のためのカード絵本、全10巻のシリーズです。特にその1巻目の『FIRST LOOK はじめてのかたち』は、絵本の原点のような、絵本の前の絵本といえましょう。
13×13cmの小さな12枚の三つ折りカードが、函に入っています。描かれているのは、墨ベタの幾何学形だけ。そのうち8枚が穴あきです。1枚とって、開いてみましょう。大きな丸を開くと、中くらいの丸になり、さらに開くと、小さな丸になる。おしまい。文字で書くとこれだけですが、ほんとに潔くシンプルななかに、小さな驚きや、ゆかいな対話が潜んでいるんです。ほかにも、小さな三角が移動しながら大きい三角に変化したり。四角が丸になり三角になったり。
この世に生まれて数カ月の赤ちゃんの目が、シンプルこの上ない黒い図形の3段階の変化に吸い寄せられるのを感じて、わくわくします。開くと、変わる。めくると、動く。なんだこれは。見るって楽しい。絵本って面白い。そんな赤ちゃんの気持ちに共振して、大人のほうも、赤ちゃんと絵本の時間を共有するよろこびに開眼できそう。
赤ちゃんの成長にあわせて、色と形がさまざまに変化しながら続くシリーズ。ぜひ手にとって、開いて、世界中の赤ちゃんと初々しい驚きを共有してください。
『FIRST LOOK はじめてのかたち』
駒形克己/作 偕成社
本体1800円+税 1990
ほかにも、穴あき絵本のパイオニア、ブルーノ・ムナーリの『きりのなかのサーカス』(好学社/フレーベル館)や『トックトック』(フレーベル館 いずれも品切れ/絶版)、五味太郎さんの傑作しかけ絵本『きいろいのはちょうちょ』や『まどからおくりもの』(いずれも偕成社)など、穴あき絵本でなければできない、極上の絵本表現を味わってみてください。
墓穴を掘っては自分で埋めるような、相変わらずの私ですが、今年は重い腰を上げて、新しいことにも挑戦しようと思っています。2020年もどうぞよろしくお願いします!
【小さなデザイン 駒形克己展】巡回予定
板橋区立美術館(東京) 開催中〜2020年1月13日
三菱地所アルティアム(福岡) 2020年3月14日~5月10日
岩手県立美術館 2020年9月5日~11月3日
足利市立美術館(栃木) 2020年11月14日~2021年1月10日
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広松由希子 ひろまつゆきこ/絵本の文、評論、展示、講座や絵本コンペ審査員などで活躍中。
2017年ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長。著作に絵本『おかえりたまご』(アリス館)、「いまむかしえほん」シリーズ(全11冊 岩崎書店)や 2001~2012年の絵本案内『きょうの絵本 あしたの絵本』、訳書に『ヒキガエルがいく』(岩波書店)『うるさく、しずかに、ひそひそと』(河出書房新社)など。2020年8月、絵本の読めるおそうざい屋「83gocco」をオープン。https://83gocco.tokyo
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