9月のテーマは「風の絵本」【広松由希子の今月の絵本・87】
絵本作家で評論家の広松由希子さんの連載。毎月、テーマに沿った、おすすめ絵本をセレクトしていただきます!
9月のテーマは「風の絵本」
風は、時に激しい暴れんぼう。時にはゆかいな遊び好き。時にはやさしく心慰めてくれるもの。秋風の吹く季節になりました。さまざまな表情を見せる楽しい「風の絵本」を集めてみました。
まずは、赤ちゃんから楽しめるしかけ絵本、tupera tuperaの『かぜビューン』を読みましょう。
見開きに水色のしま模様が描かれています。そして右端には、フラップ(めくりのしかけ)があって、いろんな登場人物の横顔が描かれています。「はなみず たらーり」たらした男の子や、「わたげ とばそう」としている女の子。どのフラップも、めくると風が「ビューン」と吹いてくるから、たいへん。りっぱなタテガミのライオンは……どうなると思う?
ばっちり決めたリーゼントのお兄さんとか、かっこいい正義のヒーローとか、あらあら、あられもない姿に。横なぐりの向かい風、容赦ないなぁ。
筆の勢いが感じられる、横ストライプ。「ビューン」の書体や、めくるしかけの形など、ディテールのこだわりにも注目です。
ぱっとめくって変化が楽しい、基本は二拍子絵本だから、小さい人たちといっしょに楽しむのにぴったり。大きい人たちのストレス解消にもよさそう。
『かぜビューン』
tupera tupera/作 学研プラス
本体950円+税 2018
筆の勢いといえば、『とべバッタ』(偕成社)などが思い浮かぶ、田島征三さんですね。新作『かぜがふくふく』では、豪快な筆にのって、豊かな秋風が吹きまくり、自然の実りを運んできてくれますよ。
表紙を開くと、見返し一面に「ふくふくふくふくふく……」と手描きの絵の具文字が。風の吹く日曜の朝、ネノくんとキフちゃんの兄妹は「ハタケニ オイデ」と誰かの呼ぶ声を聞き、風に背中を押されながら出かけていきます。おいもほりをしていると、風が落ち葉を舞い上げて、落ち葉はふたりをのせて、空飛ぶじゅうたんのようになり……。
絵本のめくりにあわせ、左から右に吹く風にのり、ほかの生き物も、読者のわたしたちも、いっしょになって飛びはじめます。「まてまてー!」「ぴゅーん! ぴゅーん! びゅーん!!」くもの巣にひっかかったり、巨大な風の女神が現れたり。爽快なスピード感とスリルに満ちた風の冒険。
風がやむのと同時に、左から右の流れが、天から落ちる勢いにぴたりと変わる。自由奔放に見える、絵本達人の技。愛と食欲に満ちた収束。しあわせに満腹です。
『かぜがふくふく』
田島征三/作 フレーベル館
本体1400円+税 2019
秋がさらに深まって、読みたくなる風の絵本は、『かぜのひ』。表紙から猛烈に落ち葉が舞っている、イギリスの男の子とおじいちゃんのお話です。
朝、目が覚めたら、窓がガタガタいうほど風が吹いているので、男の子は「そとに あそびに いかなくちゃ」と、おじいちゃんを誘います。落ち葉をけっとばす? 風にのって空を飛ぶ? 向かい風とちからくらべ? いろいろやりたい男の子に対して、おじいちゃんは、「たこを あげるのに もってこいだな」。そこで、おじいちゃんといっしょに、ふたりで家のあちこち、たこを探してまわります。
ビュービューゴウゴウ風の吹き荒れる外と、家探ししながらふたりで遊ぶシーンが交互に描かれます。風の日は、外も内もドラマチック。そうして、ついにみつけたたこを持って、公園へ。たこが空高く上がると、ふたりもいっしょに空高く……? 「はなすんじゃないぞ!」と、おじいちゃん。
どこからどこまでが本当なの? 現実と空想の垣根がない、おじいちゃんと孫の風の日の冒険。絵の中に隠された、さまざまな小道具をヒントに、もやもやと想像を広げるのも楽しい。
『かぜのひ』
サム・アッシャー/作・絵 吉上恭太/訳 徳間書店
本体1600円+税 2018
最後は、古典でしめましょう。『ジルベルトとかぜ』は、『もりのなか』(福音館書店)などで知られるマリー・ホール・エッツの風絵本です。
「ぼくは ジルベルト そして これは ぼくと かぜの おはなし」と、扉ページに一人称で書かれているように、他には誰も出てきません。みごとに「ぼくとかぜ」だけの話。小さなジルベルトは、たっぷりと豊かなひとりだけの時間を、風と過ごして遊ぶのですね。
表紙は明るい黄色だけれど、本文は、サンドベージュみたいな地色に、黒い線と白で描かれた風のニュアンス。ジルベルトの肌色だけが褐色という、渋い静かな画面です。
それだけに、描かれてるものを感じとろうと、じっと目をこらす。風の呼ぶ声や気配、仕草や後ろ姿にも現れる子どもの表情、五感を目に集中して感じたくなるのです。
時々いたずらで、風船を取り上げたり、干してある洗濯物を着ようとしたり、傘をこわしてしまったりするけれど、風は、ともだち。大きい子みたいにたこあげはまだできない、でもしゃぼん玉やかざぐるまは、風といっしょにできるジルベルト。小さい子どもならではの、親密な、自然との交感。大きくなってしまった人の体にも、よみがえるかもれません。こうした地味な、でもじんわり体に染み渡る絵本も、ずっと読み継がれることを願います。
『ジルベルトとかぜ』
マリー・ホール・エッツ/作 たなべいすず/訳 冨山房
本体1400円+税 1975
おまけのもう一冊。
『かぜはどこへいくの』(シャーロット・ゾロトウ/作 ハワード・ノッツ/絵 まつおかきょうこ訳 偕成社 本体1200円+税)は、風に限った絵本ではありませんが、寝る前に男の子が自然の不思議に思いを巡らす絵本です。昼はどうしておしまいになるの? お日さまはどこへいっちゃうの? 風はどこへいくの? 1日の終わりに読んだら、やさしい眠りにつけそうな絵本。
台風被害に遭われた方たち、お見舞い申し上げます。一刻も早く落ち着いた暮らしに戻れますよう、心よりお祈りいたします。
いい風をいっぱい吸って、楽しい秋を過ごせますように。
広松由希子 ひろまつゆきこ/絵本の文、評論、展示、講座や絵本コンペ審査員などで活躍中。
2017年ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長。著作に絵本『おかえりたまご』(アリス館)、「いまむかしえほん」シリーズ(全11冊 岩崎書店)や 2001~2012年の絵本案内『きょうの絵本 あしたの絵本』、訳書に『ヒキガエルがいく』(岩波書店)『うるさく、しずかに、ひそひそと』(河出書房新社)など。2020年8月、絵本の読めるおそうざい屋「83gocco」をオープン。https://83gocco.tokyo
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