2019年10月21日

10月のテーマは「着る絵本」【広松由希子の今月の絵本・88】

絵本作家で評論家の広松由希子さんの連載。毎月、テーマに沿った、おすすめ絵本をセレクトしていただきます!

10月のテーマは「着る絵本」

急に肌寒くなりました。うっかり薄着でいたら、しっかり風邪をひいてしまいました。気温の
変化の激しい季節。じょうずに重ね着して、体温調節しないとね。
というわけで、今月は「着る絵本」です。

連載その88 10月のテーマ「着る絵本」の画像1

着る絵本、はじめの一歩は、おむつ一丁から。『おててがでたよ』を開きましょう。

手足の動きもおぼつかない赤ちゃんが、おすわりしたまま、すっぽり筒状の布の洋服をかぶっ
て着ようとしています。
「あれ あれ あれ なんにも みえない おてては どこかな」
出口が見えずに、もがいた後、
「ぱっ おててが でたよ あたまは どこかな」

「どこかな」と問う声にあわせて、布の中から、手、頭、顔……ひとつずつ「ぬうー」
「ばあー」と現れます。読者の赤ちゃんも、絵本の中の赤ちゃんと気持ちをひとつにしなが
ら、体の部位を確認していくでしょう。絵本の中の赤ちゃんといっしょに、顔を明るくした
り、曇らせたり、「もうひとつのあんよ」が出てくるまでの奮闘シーンでは、きっとりきんだ
りする、読者の赤ちゃんたちの表情を見るのも楽しいですね。

林明子さんの傑作赤ちゃん絵本シリーズ「くつくつあるけのほん」の2巻目。このシリーズ、1冊ずつが本当にみごとに作り込まれています。肌色に健康的なオレンジ、モスグリーンとこげ茶、落ち着いたあたたかい配色の描き分け版。布の下の赤ちゃんの体つきが、ふっくら触れるようにわかります。ひとつずつ、ゆっくりなにかができると、うれしい。赤ちゃんのいる暮らしがふくよかに彩られる絵本です。

連載その88 10月のテーマ「着る絵本」の画像2
『おててがでたよ』 
林明子/作 福音館書店
本体800円+税 1986

 

つぎは『だれのスボン?』を読みましょう。スウェーデンからやってきた「やんちゃっ子の絵本」の1巻目。こちらも、幼い子どもたちに贈りたい、愛すべきシリーズです。

遊びに出かけようとする、個性派の3人。ぶたくまさん、うさぎさん、とりさん。外は寒そうだから、洋服を着なくちゃね。
「まずは ズボンを はかないと。」
「あれれ……。へんですね。なんだか ちがうみたいですよ!」
ぶたくまさんのデカパンでは、うさぎかさんが溺れてしまうし。足の長いとりさんには、うさぎさんの半ズボンは短すぎるし。

洋服なら、なんでもいいわけじゃありません。ひとりずつにあった服で、あった着方でなくっちゃ。スボンも、くつも、帽子も、へんてこな組み合わせでとりちがえて着た後で、ぴたっとおさまるのが心地いい。妙ちきりんな3人組ですが、ポップな北欧のテキスタイルセンスで、ちょっとはずした感じが、なんともおしゃれ。

いざ、お出かけと思ったら、あっ! みんなして肝心なものを忘れていますよー。さっそうと出かけた後に開け放たれたドア、3着の忘れもの。ラストシーンと締めの文に、のどかなユーモアセンスと、おおらかな子育て感がただよって、ほっとします。

連載その88 10月のテーマ「着る絵本」の画像3
『だれのズボン?』 
スティーナ・ヴィルセン/作 ヘレンハルメ美穂/訳 クレヨンハウス 
本体1000円+税 2011

 

そうそう、今年はもう1冊、ゆかいな絵本がスウェーデンから届きました。これもお出かけ前の「着る絵本」のなかまといってよいでしょう。
でもね、主人公は子どもじゃなくて、ぐぐっと大人。ちょっと気難しそうな初老の紳士? 『うっかりおじさん』の表紙の「可愛くなさ」は、たまらなく魅力的です。

絵本に描かれている登場人物は、このおじさんただひとり……に見えますが、実はもうひとり、なくてはならない重要な人物がいるのです。それは「きみ」とおじさんが呼びかける読者であり、描かれた「きみの手」です。

「きみ、ちょうど いいところに きてくれた! めがねが みつからないんだ。みなかったかい?」と言われて、ページをめくると、読者目線の線画の「手」がめがねを差し出します。
「そう! これ、これ!」と、おじさんを一瞬よろこばせておいて、ページをめくると、視界がぼやけたようなピンボケのページになります。
「おいおい! わたしの めがねだぞ! かえしてくれないかい?」と、おじさんに叱られます。なるほど、どうやら「きみ」は、おじさんに素直に探しものを渡したりしない、いたずらっこのようですね。

着せ替え人形ならぬ、着せ替えおじさんと、ちゃめっけたっぷりなかけひきを楽しんだ後、つけひげまでバッチリ決めたうっかりおじさんは、
「よし、したくが できた。ほら、このとおり!」と言うのですが……ここからさらなる二転三転。いたずらな読者もびっくりの結末。表紙、前と後ろの見返し……裏表紙まで油断がなりませんよ。見返すたびに、気づきがいっぱい。噛めば噛むほど味の出る絵本、味の出るおじさんです。

連載その88 10月のテーマ「着る絵本」の画像4
『うっかりおじさん』 
エマ・ヴィルケ/作 きただいえりこ/訳 朔北社
本体1500円+税 2019

 

最後は、日本の女の子たち(子りすと子うさぎ)の秋の装いを楽しみましょう。「石井睦美と布川愛子のおようふく絵本」第2弾、『はるのワンピースをつくりに』(連載その81 3月の絵本)に続く『あきのセーターをつくりに』です。

秋の朝、ひんやりした風で目を覚ましたりすのすりちゃん。「そうだ!」と張り切って起きると、たんすから、春にしまっていたピンクのセーターを取り出しました。ところが……「おやおや つんつるてん」。ちょっときつくなっても、愛着のあるセーター。どんぐりを入れるポケットもついている、お気に入り。そのまま遊びに出かけましたが、「ねえ、ミコさんに すりちゃんのセーターを おおきくしてもらおうか?」うさぎのさきちゃんの提案で、ふたりは仕立屋さんのミコさんのお店に行くことに決めました。

秋の楽しみ、秋の音、秋の味、秋の色。秋のきもちでふくらんだ、たっぷりあったかいセーターになるように。毛糸をほどいて、湯気をあてて編み直す、懐かしい時間が流れていきます。ミコさんの心のこもったあたたかさが、すりちゃんも、さきちゃんも、すりちゃんのママも、絵本を読んでいる親子も、くるんでくれそうです。

連載その88 10月のテーマ「着る絵本」の画像5
『あきのセーターをつくりに』 
石井睦美/文 布川愛子/絵 ブロンズ新社
本体1300円+税 2019

 


さて、風邪ひきで延期した旅の仕切り直し。楽しくも悩ましいパッキング。うーん、旅先の気温の変化が読めないこの季節、荷物はなるべく軽くしつつ、いざとなったら全部重ね着できるような組み合わせはないかなあ。

ともあれ着る楽しみがふくらむ秋。満喫したいですね。

広松由希子 ひろまつゆきこ/絵本の文、評論、展示、講座や絵本コンペ審査員などで活躍中。
2017年ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長。著作に絵本『おかえりたまご』(アリス館)、「いまむかしえほん」シリーズ(全11冊 岩崎書店)や 2001~2012年の絵本案内『きょうの絵本 あしたの絵本』、訳書に『ヒキガエルがいく』(岩波書店)『うるさく、しずかに、ひそひそと』(河出書房新社)など。2020年8月、絵本の読めるおそうざい屋「83gocco」をオープン。https://83gocco.tokyo

web連載「広松由希子の今月の絵本」

Twitter https://twitter.com/yukisse
facebook https://www.facebook.com/yukiko.hiromatsu

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