8月のテーマは「波の絵本」【広松由希子の今月の絵本・86】
絵本作家で評論家の広松由希子さんの連載。毎月、テーマに沿った、おすすめ絵本をセレクトしていただきます!
8月のテーマは「波の絵本」
暑い夏でしたね。せっかくのお盆休みも台風と重なったりして、出かけられなくなった人もいることでしょう。ほぼ毎日机にへばりついていたわたしも、今日は夏休みの気分に浸ろうかと、「波の絵本」を棚から取り出してみました。海に出かけられた人はもちろん、出かけられなかった人にも、波は楽しい思い出や涼しい風を運んできてくれる気がします。
『うみ ざざざ』の男の子は、はじめての海に連れられてきたのでしょうか。お父さんの腰くらいまでの背丈で、きゅっとつながれた手、砂浜に半歩踏み出した足。空と砂浜と海原を目の前にした子どもの驚きやよろこびが、後ろ姿から伝わってきます。広い、まぶしい、青い、白い、熱い……そして、波って面白い。
「ざざーん ざざざざざざざ ざっぱーん なみが きらきら わらってる」
「あしを つけると しろい あわ ざわざわざわ つめたあい」
足の裏をくすぐられたり、いったりきたり戯れたり、浮き輪をつければ「ぷっかりこ」。「ゆうらりこ」と揺られたり。いろんな表情を見せる、波は生きもののようです。
歌人がつぶやく短い詩と音と、画家のおさえのきいた絵が、想像力を刺激し、五感の記憶を目覚めさせます。目にまぶしく、足の裏にこそばゆく、なめてしょっぱく、耳の奥にはなつかしく……。親子で季節を感じる「きせつのおでかけえほん」シリーズの夏の巻。ほかに『あめ ぽぽぽ』『ほわほわさくら』『ゆきふふふ』がありますよ。巡る季節にあわせて、小さい子からいっしょに楽しめます。
『うみ ざざざ』
ひがしなおこ/作 きうちたつろう/絵 くもん出版
本体800円+税 2012
『うみへいった ちいさなカニカニ』の小さなカニカニは、大きなカニカニと海のそばの岩のくぼみで暮らしていました。でも今日は、はじめて海へ行くことになって、大よろこび。「わーい、おでかけだー! うみだ うみだー!」横歩きで、チョコチョコ岩をこえ、チャポチャポ潮だまりをぬけ、ぬるぬるの海藻の上をこえて、「わーい、どんどん すすむぞー! ぼくは どこへだって いけるんだ」と、はしゃいでいたけれど……あまりに大きな海を目の前にして、すくんでしまいます。
「おもうに…ぼくたち、うみに はいらないほうが いいかもね」と、小さなカニカニ。大きなカニカニが「どうして? しんぱいするなって。だいじょうぶ、だいじょうぶ」と励ましていると、大きな波がやってきます。「しっかり いわに つかまってろよ! くるぞーーー!」
「ばっしゃーん!」
ますます引き返したい小さなカニカニと、なだめすかす大きなカニカニのやりとりの繰り返し。そして、前よりもっと大きな波が、
「どばしゃーん!」
「どっぱーーーん!」
それでも大きなカニカニに誘われて、一歩ずつ横歩きで近づいて、ついに衝撃の「海デビュー」を果たした小さなカニカニが見たものは? 未知のこわさに、ぐっとこらえて踏み出す一歩から、新しい世界が開けるんですね。小さくて大きなはじめの一歩には、大きなだれかがそばにいてくれると、心強いな。
『うみへいったちいさなカニカニ』
クリス・ホートン/作 木坂涼/訳 BL出版
本体1600円+税 2019
さて、波といったら、この絵本ははずせないでしょう。その名も『なみ』。波打ち際の女の子と波の関係を、絵本のかたちをみごとに生かして表現した、斬新な文字なし絵本。新作が出るたびに、世界的に注目される韓国の絵本作家、スージー・リーの出世作でした。
広い海の水平線をのぞむ、横長の判型。モノクロに空色一色だけですが、タイトル文字と羽ばたく海鳥、うねる波としぶきに、動きを感じる表紙です。砂浜をイメージする見返しを通り抜けて、女の子といっしょに波に向かって裸足で駆け出しましょう。でも扉ページを開くと、勢いよく駆け出した女の子は、ノド(見開きの真ん中、綴じられたページの境目)の手前で立ち止まり、ちょっと波の様子をうかがっています。右から打ち寄せる空色の波のほうも、ノドにぶつかって、引き返していきます。絵本の物語の世界では、通常無視されるような絵本の構造に目をつけて、物語と絵に取り込んでいるんですね。
こっちのページには来られないなと気づくと、女の子は強気になって、波をあおったりします。女の子と鳥たちがいるのは、左ページの砂浜でモノクロの世界、波が満ち引きするのは、右ページの青い世界。ところが、ふと手をかざしたら、ふたつの世界はつながって、女の子は波とバチャバチャ遊べるようになり、波もまた大きくうねって盛り上がったかと思うと……!
最初の出会いはおそるおそる、遊んでいるうちにどんどん親しくなって、夕方別れる頃にはすっかり互いに入り込んでいる。新しい友達のような波と子どもの関係が、グラフィックに、かつ詩情豊かに語られます。後ろ見返し、裏表紙まで、波との1日をたっぷり味わって。
『なみ』 スージー・リー/作 講談社
本体1400円+税 2009
見開きの左右のちがいを意識した海辺の絵本といえば、そうそう。1970年代に、こんなアバンギャルドな絵本も出ていたんでした。今年初めに亡くなったイギリスの絵本作家、ジョン・バーニンガムの『なみにきをつけて、シャーリー』です。
両親といっしょに、シャーリーは海へやってきますが、母さんたちは椅子を組み立て、波の届かない浜辺に残ります。各見開きの左ページには浜辺で過ごす両親が描かれ、文はひたすら現実的な母さんのお小言だけ。「どうして あのこたちの なかまに はいらないの?」「あたらしいくつを きたないタールで よごしちゃだめよ」「のみもの いるの、いらないの?」字面だけ見れば、シャーリーのことを気にかけているようですが、実際は口先で注意するだけで、父さんも母さんも、シャーリーをちゃんと見てもいない様子。右のページではシャーリーが無言のまま、自分の世界に入り込んで、とんでもない冒険をしているというのに……!
常識で考えたら、両親のいる左の浜辺が現実世界。シャーリーのいる海は空想の世界でしょう。沖で海賊船につかまったり、戦ったり、犬といっしょにボートで宝の島へ繰り出したりするんですからね。でもこの本では、左の絵のほうが実在感の希薄な描き方で、右の世界は存在感たっぷりに、立体的に描きこまれているのが面白い。親と子の世界の断絶という見方もできますが、そんなに意識せずにぼんやり読んでも、子どもの読者は文と絵のギャップから面白さを読み取るんじゃないかな。
「なみにきをつけて」とタイトルにありますが、泳がなくても、足も濡らさなくても、シャーリーは見ているだけで思い切り波に乗って遊んでいたんですね。絵本のヌーベルバーグ(=新しい波)をつくったバーニンガム。読むほどにもっと深読みしたくなる、ほんとに面白い絵本をたくさん残してくれました。
『なみにきをつけて、シャーリー』
ジョン・バーニンガム/作 へんみまさなお/訳 ほるぷ出版
本体1400円+税 1978
大波小波、いろんな波絵本を見てきましたが、『なつはひるね』で締めましょう。
「ザザーン ザザーン ザッザッザッザッ」「トプトプトプトプ ザバッ ザバッ」寄せては返す波をはじめ、夏をあらわす、生きのいいオノマトペ(擬音語・擬態語)が、いっぱい集められた絵本です。海の生き物は「ピチン ピチン」だったり、「トトーン」だったり。浜辺に寝転べば「サンサン サンサン」注ぐ太陽で、おなかも、背中も「ジンジン」「ジンジン」。「グングン モクモク」入道雲に、「ピカッ!」「ドカーン!」と、突然の夕立。
海に、空に、暑さに、どしゃぶりに、体をあずけて。毛穴を全開にして、夏を受けとめましょう。激しいスコールが去った後には、また「ザザーン サラサラサラ」「ザザーン サラサラサラ」と穏やかな波のリズムが。ゆるやかにディクレッシェンド、凪の画面にリラックスしてうとうと……ああ、心地いい余韻。やっぱり、わたしも「なつはひるね」に賛成。
『なつはひるね』
村上康成/作 フレーベル館
本体1200円+税 2015
ドパーンと打ち付ける激しい波、ひたひた寄せるさざなみ、ぐっと胸つかまれる引き波、心地よい繰り返しのリズムの波……絵本の楽しみにも豊かな波のバリエーションがあります。波とたわむれるように、絵本と遊べたらいいな。そして、遊び疲れて、お昼寝なんて、最高。
広松由希子 ひろまつゆきこ/絵本の文、評論、展示、講座や絵本コンペ審査員などで活躍中。
2017年ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長。著作に絵本『おかえりたまご』(アリス館)、「いまむかしえほん」シリーズ(全11冊 岩崎書店)や 2001~2012年の絵本案内『きょうの絵本 あしたの絵本』、訳書に『ヒキガエルがいく』(岩波書店)『うるさく、しずかに、ひそひそと』(河出書房新社)など。2020年8月、絵本の読めるおそうざい屋「83gocco」をオープン。https://83gocco.tokyo
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