2026年8月19日

「もう会えないけれど、今も一緒に生きているような気がするんです」枇杷かな子さん×うつみさえさん対談【わたしたちの「看取り」・1】

大切な人の介護や看取りは、これから向き合う人にとっても、すでに経験した人にとっても、さまざまな思いを呼び起こすもの。その道のりや受け止め方には、それぞれのかたちがあります。そこで、『父の逝きざま 末期ガンの父を自宅で看取るまで』で自身の看取りの体験を描いたうつみさえさんが、「看取り」をテーマにした作品を発表している漫画家の方を迎えて語り合う短期連載がスタート。

初回のゲストはSNSでも多くの共感を集めている『今日もまだお母さんに会いたい』(KADOKAWA)の作者・枇杷かな子さんです。ご両親がほぼ同じ時期にガンとわかり、ダブル介護を経験した枇杷さん。二人を支える中で感じたことや看取りを経た今の思いとは。

介護の始まりは、すべてが戸惑うことばかり

枇杷 うつみさんの作品を読んで感じたのは「うつみさんのお父さまは、本当に幸せだったんだろうな」ということ。「家族にこんな最期を迎えさせてあげたい」「自分も自宅で逝きたい」と思う方は多いだろうなと思いました。自宅で看取りたい、看取られたいと思っても、なかなか難しいところもありますよね。

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お父さまが歌を歌っていた場面がありましたね。亡くなる間際でも鼻歌を歌えるほど機嫌がよいということは、希望だと思います。「こんな人生を送れてよかったね」と感じました。人は亡くなる寸前でも、このような気持ちになれるのだという希望を持てました。(枇杷) ©うつみさえ/白泉社

うつみ うちは子どもが大きかったり、私も姉も時間をつくることができたりと、いろんなことがうまく重なって実現できたところが大きかったんです。でも、いざ自宅でお世話しようとすると、介護のことも、お金のことも、考えなくちゃいけないことがたくさんありました。わからないことばかりだけど、父の状態は待ったなしで。

 ただ、実際に動き出してみると、在宅介護の医療体制や介護サービスがきちんと整っていることを知って安心しました。病院の先生や看護師さんはもちろんですが、家に戻ってからはケアマネジャーさんや訪問看護師さんにたくさんお世話になりました。

枇杷 私も訪問看護師さんに来てもらえるようになってから、ようやく道が開けたように感じました。病院では自宅でのこまかな状況をうまく説明できなかったり、親も見栄を張って、できないことを「できる」と答えてしまったりと、本当のことを十分に伝えきれない感じもあったんです。

うつみ 枇杷さんは、お父さまとお母さまの介護を同時期にしていたんですよね。

枇杷 はい。母のガンが発覚して間もなく父にもガンが見つかったんです。両親が暮らしている家に私が通って介護していました。両親が身の回りのことを自分でできるうちはよかったのですが、病状が進んで、だんだん自分たちだけで生活を維持するのが難しくなってしまって。ほぼ同じ時期に、それぞれの訪問看護師さんに来てもらえるようになりました。

うつみ そうだったのですね。

枇杷 母は本当にやさしい人だったんですが、我の強いところもあって。身体がつらくなり、私が何かをしてあげなければならない状況になってくると、その頑なさに私のほうがしんどく感じることが増えていました。父とはもともと折り合いが良くなくて、介護が始まってからも衝突してばかり。そうした親子関係の難しさを抱えたまま介護をするつらさもありました。

 あとになって、ケアマネジャーさんや訪問看護師さんには父との関係がうまくいっていなかったことも話しておけばよかったと思いました。普段の暮らしや介護に必要な情報だけでなく、これまでの親子関係も伝えておけば、父がいら立ったときにも、その背景を踏まえながら、より良い関わり方を一緒に考えられたのかもしれません。

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お母さまがガンだと知らされたときの描写。無理にあんパンを飲み込んでも味がしない、という場面が本当に同じだと思いました。(うつみ)©枇杷かな子/KADOKAWA

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100円ショップで父のガンを知ったシーン。「病気が発覚した直後は、すごくショックなはずなのに、心が一度止まる、思考が停止してしまうことがありますよね。(枇杷)」©うつみさえ/白泉社

父へのわだかまりは最期まで消えなかったけれど

うつみ お父さまとのあいだで感じていたつらさは、作品にも描かれていましたね。親との関係に複雑な思いを抱えている人にとって、介護や看取りは、いろいろな感情がめぐることもあると思います。

枇杷 付き添いで病院に行くと、自分と同じように親に付き添い、やさしく声をかけている人を見かけることがあって。「私はあんなふうにはできない」「あんなにやさしく接してあげられない」と、やるせない気持ちになっていたんです。父には振り回されることが多かったし、正直、疲れ果てて「この状況が早く終わればいいのに」と思ってしまうこともありました。でも、父が亡くなったときには、「もう仲直りできないんだ」「もっとやさしくしてあげたかった」という思いが、一気に押し寄せてきました。 

 うつみさんとお父さまは仲が良くて、私と父とはまったく違う親子関係です。でも、作品に描かれていた介護の大変さや迷いは、私自身も同じように経験してきたことでした。だからこそ、うつみさんがお父さまを看取るまでの過程に、どこか自分を重ねることができて。読んでいるうちに、うつみさんがお父さまにしていたことを、私も父にしているような感覚を持てたんです。

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「お父さんも幸せ」のところで号泣しました。(枇杷)©うつみさえ/白泉社

うつみ 私が父を看取る姿を通して、お父さまとの時間を、心の中でもう一度過ごすような気持ちになったということですね。

枇杷 そうなんです。実際にはできなかったことをやり直せたようで、気持ちがやわらぎました。

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お父さんが犬になって夢に出てくる場面がすごく印象的でした。(うつみ) ©枇杷かな子/KADOKAWA

お金の話は、どんなふうに切り出すべき?

うつみ 介護では気持ちのことだけでなく、現実的なお金の問題も避けて通れませんよね。うちは病気が発覚してから、父が「銀行はこことここ、暗証番号はこれだから」と、全部教えてくれたんです。母も知らなかったそうなのですが、口座を確認したら、思っていたよりは余裕があって。「これなら介護生活が続いても、当面は費用の心配をしなくてもよさそう」とわかって、気が楽になりました。

枇杷 うちは、まったく知らされなかったんです。というのも、両親はまだまだ生きる気があったし、特に母は回復する可能性を信じていたんですね。お金のことを尋ねたら、死を意識させてしまうのではないかと思って、私からも言い出せませんでした。
 なんとか母の口座の暗証番号だけは聞きましたが、父は教えてくれなくて。母の少ない預金から、必要なぶんだけを少しずつ引き出して使っていました。

うつみ お金のことを確認しておくのは、亡くなった後の口座管理や解約のためだけではないんですよね。生きている間の生活を支えるためにも、絶対に必要なんです。とはいえ、介護がいつまで続くかわからない中で「ここでお金を使ってしまってもよいのか」と迷うこともありますよね。

枇杷 本当にそうでした。たとえば介護タクシーは、もっと利用したかったんです。でも、往復で数万円かかるので、親は「そんなに高いなら使いたくない」って言うんですよね。車いすに乗ったまま利用できて、親の身体への負担も、付き添う私の負担も減らせるので、私は使ってもらいたかったんですが……。

 振り返ると「お父さんやお母さんの生活を守るために、私にお金を預けてほしい」と伝えればよかったな、と。そうしていれば、介護に充てられるお金をきちんと把握して、必要なところで迷わず使えたのかもしれないって思います。

時間が経ったからこそ気づけた、あのときにできていたこと

うつみ 枇杷さんの作品に〈あの時 いっぱいいっぱいだった自分のことは責めない〉と振り返る場面が出てきますよね。介護をしていた当時から、自分を責めすぎないように意識していたのでしょうか?

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自分のことを責めないのは、ものすごく大事なことだと思います(うつみ)©枇杷かな子/KADOKAWA

枇杷 気持ちを奮い立たせるために、自分に言い聞かせることはあったと思います。でも、心から「自分を責めなくてもいいんだ」と思えるようになったのは、両親が亡くなってから1年以上経ってからなんです。「もっとこうすればよかった」と思うことは、本当にたくさんあります。それでも、あのときはどうしようもなかったとも思えるようになりました。

うつみ 時間がかかっても「自分にできることは精いっぱいやった」と納得できたときに、当時の自分の頑張りをはじめて認めてあげられるようになるのかもしれませんね。

枇杷 そうですね。介護中、親戚に「今やってあげないと、あとで後悔するよ」と言われることもありました。心配してくれているのはわかるのですが、当時は本当に余裕がなかったし、さらに追い詰められているような気持ちにもなってしまって。

うつみ 「後悔しないように」と考え始めたら、きりがありませんよね。

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できないことを数えたらきりがない。「今、私たちは一緒にいて笑っている」ということの幸せを噛み締める気持ちにとても共感しました(うつみ)©枇杷かな子/KADOKAWA

枇杷 やらなくてはいけないことは山ほどあるし、どれほど手厚く介護しても、「完璧にできた」と思えることはないのかもしれません。それに、親に喜んでもらえるのは、案外ささやかなことだったりもします。うちの母だったら、マニキュアを塗ってあげたり、好きな食べものを用意してあげたり。できなかったことを思い出しては悔やんでばかりいましたが、今は自分なりにできていたこともあったんだって感じています。

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薬の影響で詰めの色が変わってしまった母に、ネイルを塗るシーン。©枇杷かな子/KADOKAWA

  「これだけは」ということをひとつ挙げるなら、もっと抱きしめたり、手をつないだりすればよかったなと思っているんです。私は親に死を意識させてしまうような気がして、なかなかできなかったんですよ。うつみさんはお父さまに触れたり、一緒に写真を撮ったりしていましたね。

うつみ うちは最初から回復の見込みがないとわかっていたので、「これが最後かもしれない」と考えて行動しやすかったんです。家族が「もう長くない」とわかっていても、本人があきらめていない場合は、行動に移すのが難しいかもしれませんね。でも、触れることは本当に大切。ためらったり、照れたりしているうちに、あっという間に時が過ぎてしまうから。

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ぎゅっとハグをしたり、手に触れたり。父親に触れるシーンは何度も登場する。©うつみさえ/白泉社

枇杷 たとえば、ケアの中で顔を拭いてあげるときに、さりげなく触れるのもよさそうですよね。その感触とともに、その人がそばにいた時間がよみがえると思うんです。

親の死が、人としての経験値を大きく上げてくれた

枇杷 うつみさんはお父さまの好きな音楽をまとめたプレイリストを聴けずにいるというエピソードを描かれていましたが、今もまだ聴けていないのでしょうか。

うつみ それが、ちょうど先日、聴けるようになりました。娘とYouTubeを見ていたとき、父が好きだった1950年代や60年代の洋楽を、歌詞を見ながら歌える動画を見つけたんです。何曲か口ずさんでいるうちに「こんなに楽しいなら、お父さんも呼んでこよう」と思い、父の遺影を手元に置いて、娘と私と父の3人で歌いました。ちっとも悲しくなくて、きっと父も喜んでいるだろうなって思いました。そのとき、「今も一緒に生きているんだ」という感じがしたんです。

枇杷 その感覚、わかる気がします。私も何かあるたびに「こんなとき、お母さんだったらなんて言うかな」って考えたりするんですよ。今も当たり前のように、私の日常にいるんです。亡くなった人を思い出すのは、悲しいことばかりではないんですよね。楽しかった時間がよみがえって、ほっとしたり、あたたかい気持ちになったりすることもあります。

 そんなふうに感じられるようになるまでには、時間がかかるかもしれません。これから大切な人を看取る方は、不安でいっぱいだと思うんです。でも、亡くなったあとに残るのは、悲しみだけではないということも知ってほしいんです。

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娘さんと枇杷さんが「おばあちゃんなら、こう言うね」と話す場面。ああいうことってありますよね、「一緒に生きている」と感じがして。生きていたらこう言うだろう、これを喜ぶだろう、と考える。娘である自分と孫がそうやって思い出すことで、次の世代へつないでいく感じがあります。(うつみ) ©枇杷かな子/KADOKAWA

うつみ そうですね。死はタブー視されがちですが、見方を変えれば、一生懸命に生きた先にあるゴールとも言えます。ゴールテープを切れたということは、その人が最後まで生ききったということでもあると思うんです。

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お父さまの横でお菓子を食べる。悲しい場面の間にちょっと笑えるシーンが入るのもいいですね。ページの間に入っていたこちらの小さなイラストが好きです。(枇杷)©うつみさえ/白泉社

枇杷 私も両親を看取って、死は生きているあいだの暮らしと切り離されたものではないと感じるようになりました。会えなくなったことはさみしいけれど、看取りを通して知ったことも、初めて抱いた感情もたくさんありました。人としての経験値を大きく上げてもらったような気がしていて。

うつみ それも、亡くなったご両親から受け取ったものの一つなのかもしれませんね。

編集協力/菅原淳子

枇杷かな子
「もう会えないけれど、今も一緒に生きているような気がするんです」枇杷かな子さん×うつみさえさん対談【わたしたちの「看取り」・1】の画像12びわかなこ/マンガ家・イラストレーター。繊細で温かい作風で人気を集める。既刊に『今日もまだお母さんに会いたい』『余命300日の毒親』『アゴが出ている私が彼氏に救われるまで』(以上、KADOKAWA)、『ただいま。おばあちゃん』(新書館)など。
Instagram:@kanakobiwa
X:@BiwaAmazake

「もう会えないけれど、今も一緒に生きているような気がするんです」枇杷かな子さん×うつみさえさん対談【わたしたちの「看取り」・1】の画像13『今日もまだお母さんに会いたい』
枇杷かな子/作 
KADOKAWA
1595円

「もう会えないけれど、今も一緒に生きているような気がするんです」枇杷かな子さん×うつみさえさん対談【わたしたちの「看取り」・1】の画像14コドモエCOMICS
『父の逝きざま 末期ガンの父を自宅で看取るまで』 
うつみさえ/作 
白泉社 
1430円

うつみさえ
1982年兵庫県生まれ。「第1回 kodomoe マママンガ賞」期待賞を受賞し、漫画家に。連載作品に「大きくなってく娘と私」、「マンガでわかる! おっかなびっくり飼育」、「40代ママのキレイをアップデート」、「令和JKをわかりたい!」。著作に『メイクもファッションも迷子になってない?40代からのキレイのつくりかた(コドモエCOMICS)。
Instagram: @th.e.96135
X:@sae96135

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