9月のテーマは「描く絵本」【広松由希子の今月の絵本・97】
絵本作家で評論家の広松由希子さんの連載。毎月、テーマに沿った、おすすめ絵本をセレクトしていただきます!
9月のテーマは「描く絵本」
芸術の秋?
いやいや、夏でも冬でもその気になれば、いつだって子どもたちはアーティスト。
バーッと思い切り、ちまちま細かく、時には沈思黙考……いろんなアーティストがいていいんです。
2020年の子どものためのアートブック、バリエーションに富んでいます。
「描くって、たのしいよー」って、絵本の向こうから作家たちの声が聞こえてくるようです。
ズバッと表紙を横切る、大胆なストローク。元気なタイトルと一体感の表紙絵。
筆の勢いに引き込まれ、『こんにちは! わたしのえ』の表紙を開くと、カバーソデにあしらわれた絵の具と、見返しに走るグリグリ描きの線に創作意欲を刺激され、もう、うずうずしてきます。
ひとりの女の子が登場し、白い紙(床?)の真ん中に、太い筆にたっぷり絵の具をつけて、「ぐっちょん!」
「ずうぃぃぃぃぃぃ」と勢いよく引っ張って、線がのびて、うねって、踊って。
色がはねて、転がって。
もっともっと、どんどん、体と心のおもむくままに!
ぐるぐる、ぽたぽた、ぱらぱら……どっぷん! じゃばー
手で、足で、走り回って、はいつくばって、全身で絵を描きます。
(うちでやったら破滅でしょ)なんて思う気持ちを抑えて、親子で最後まで読んでいったら、すごい解放感を味わえそう。
子どもたちといっしょに絵を描く豪快なワークショップに定評のある、はたこうしろうさん。
そんなワークショップの臨場感をおうちで味わえる喜びもありますね。
でも、この絵本の意外かつ素晴らしいところは、最初から最後まで、登場人物が「わたし」ひとりというところ。
誰の目を気にするでもなく、思うぞんぶん動いた先の出会いが「こんにちは! わたしのえ」なんですね。
読み終わったら、さあ。自分の絵に出会ってください。
『こんにちは! わたしのえ』
はたこうしろう/作 ほるぷ出版
本体1400円+税 2020
元気いっぱいに描くのがうれしい子もいれば、ちまちま小さな部分によろこびを見出す子もいて、どっちもすてきな個性ですね。
『けしごむぽん いぬがわん』は、はんこで描く物語絵本。
市販のスタンプや、カッターで彫る消しゴムはんこではなくて、ただ身の回りのものに色つけて「ぽん」と押すところから始めます。
消しゴムは、角の取れた長四角のまんま、ぽん。これ、なーんだ?
ちょいちょい鉛筆で描き足せば……あれあれ? わんわん犬になって歩き出します。
ペンのキャップもそのまま、ぽんぽんぽんといっぱい押したら……あらら。めえめえ羊になって、野原に行きたいって。
それなら、フォークでぺたぺたぺた。ほーら、野原ができたよ。
子どもとしゃべりながら即興で物語がふくらんでいくような、おおらかで自由なはんこ遊び。
長四角が犬に、丸が羊になるなんて、一見脈絡なさそうに思えるけれど、三角つみきのはんこが狼になったり、かなづちはんこががっちり敵を防いだり、物の形や性質のイメージが、ゆるやかに結ばれていく快感があります。
子どもの頃、はんこを押す行為ってすごく好きでした(今も事務的な書類以外なら、実は毎度ときめいています)。
ぽんと押すと現れる、気ままな偶然性と発見。行き当たりばったり風に展開する物語との相性がとってもいいですね。
まだ思うように絵が描けない小さい子でも、ぽんぽんぺたぺたは、大得意。
3-4歳くらいの子どもって、見立てと即興話の天才だなーと気づかされます。
装丁も、のんびり暮らしの中の遊びにふさわしい。
色数は抑え、紙はテカらせず、素朴な質感。汚していいよという装いです。
それでいて、カバーと本体のちがいとか、花布のようにチラ見せした背と綴じ糸の赤とか、細部のこだわりにぐっときます。
普段づかいの、いい日用品のような。
こういう絵本をそばに置いて、いっしょにぽんぽん、わんわん遊びたいな。
『けしごむぽん いぬがわん』
ほりかわりまこ/作 ひさかたチャイルド
本体1400円+税 2020
次もまた、こだわりの一冊。
『ジャングルジムをつくろう!』を開いてみましょう。
あ、横ではなく上に開くのです。そう、ジャングルジムに登る気持ちでね。
ページにうっすらグリッド線(格子)が印刷されています。
その線に沿って、子どもが四角い枠(一辺2.2cmくらい)を運んで積み上げていきます。
まず男の子が作ったのは、小さな3段のジャングルジム。
「おーい いっしょに つくろう」
ん? 登ろうでも、遊ぼうでもなく、ジャングルジムを「つくろう」なのね。
女の子がひとりやってきて、ふたりで作ったのは……すいかジャングルジム!
もうひとりやってきて、3人で作ったのは……くるまジャングルジム!
ひとり子どもが増えるたびに、四角の数が増えて、ジャングルジムは大きく、高くなっていきます。
線をなぞって描いて、いろんな色の四角を組み合わせて、なにかの形に見立てていく遊び。
そして、ここに登場する子どもたちも、幾何学的なパーツの組み合わせでできているのです。
最後のページに頭や手足、小物などのパーツがついているから、コピーして切って貼って遊んでください。いろんなポーズを考えたり、物語をふくらませたり、描いてみて。
グリッド線だけの後見返しが台紙として使えますよ。
自由にのびのび好きなように……もいいけれど、線やパーツを土台に、ユニークなルールに刺激されてふくらむ創造力もあります。
『ジャングルジムをつくろう』
三浦太郎/作 ほるぷ出版
本体1400円+税 2020
最後にもうひとつニュースです。
世界中の子どもたちが楽しんでいる、参加型らくがき絵本のパイオニア『らくがき絵本 五味太郎50%』ですが、シリーズ刊行30周年を記念して、本体に鉛筆がついた特別版が出ました!
子どもの頃にこの絵本でらくがきデビューしたパパやママもいるのでは?
五味さんがらくがきの世界に誘う、アイディアたっぷりの368ページ。
2B、4B、6Bとマルチカラーの特製鉛筆が4本ついた特別版は、子どものらくがきデビュー、鉛筆デビューにうれしい贈り物。
『特別版 らくがき絵本 えんぴつ付セット』
五味太郎/作 ブロンズ新社
本体2400円+税 2020
*同梱の『らくがき絵本 五味太郎50%』は1990年刊の通常版と同じものです。
上手でなくていい。元気なくてもいい。はみ出しても汚してもいい。のびのびしなくてもいい。
「らくがきこそが絵のはじまり」(by 五味太郎)
はたこうしろうさん、ほりかわりまこさん、三浦太郎さん、世代の近い絵本作家たちも、子ども時代の絵や工作など、きっとすごくちがっていたんじゃないかなあ……とか、勝手な想像するのも楽しいですね。
芸術の秋だろうが、読書の秋だろうが、ともあれ楽しみましょう。絵も絵本も。
広松由希子 ひろまつゆきこ/絵本の文、評論、展示、講座や絵本コンペ審査員などで活躍中。
2017年ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長。著作に絵本『おかえりたまご』(アリス館)、「いまむかしえほん」シリーズ(全11冊 岩崎書店)や 2001~2012年の絵本案内『きょうの絵本 あしたの絵本』、訳書に『ヒキガエルがいく』(岩波書店)『うるさく、しずかに、ひそひそと』(河出書房新社)など。2020年8月、絵本の読めるおそうざい屋「83gocco」をオープン。https://83gocco.tokyo
web連載「広松由希子の今月の絵本」
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