2020年10月20日

10月のテーマは「いる絵本」【広松由希子の今月の絵本・98】

絵本作家で評論家の広松由希子さんの連載。毎月、テーマに沿った、おすすめ絵本をセレクトしていただきます!

10月のテーマは「いる絵本」

物思う秋。我思うゆえに我あり。
「いる」絵本を読みながら、存在について、つらつら考えてみます。

 ……なんて、ちょっとかっこつけてみたいのが秋?
高くなる空に向かって叫びたくなるのも、秋かも?
「わたしはここよー。ここにいるよー」

10月のテーマは「いる絵本」【広松由希子の今月の絵本・98】の画像1

まずは、五味太郎さんの『いました』を。「います」じゃなくて「いました」。過去形。いたのは、誰? 目玉にしっぽが生えたような、おたまじゃくし形のなにかです。「ありました」じゃくて「いました」だから、生物ではあるらしい。

めくると、見開きにこの「主人公」と、同種の生物たち(色ちがい・サイズちがいの)が登場します。背景は白地とピンク地だけ。文は、主語もなく、動詞の過去形だけがぽつんと一言。
「きました」
「いきました」
「きました」
「ぶつかりました」
……という具合。「ました」ですから、既成事実。疑う余地がありません。

これだけで、実にシンプルに展開していくのですが、赤ちゃんは、きっと図形や色に反応し、引き付けられるでしょう。そして物心ついた子どもや大人が読めば、いろんな意味をそれぞれに読み取るでしょう。いや、ひょっとしたら幼い子らのほうがゆるやかな物語を感じ取り、感情移入するかもしれません。

確かな存在。この世に生まれてきたということ。冒険と成長、そして安心の物語など……自由に感じてください。押しつけの一切ない、読者への信頼度が心地よいのです。

10月のテーマは「いる絵本」【広松由希子の今月の絵本・98】の画像2
『いました』 
五味太郎/作 ブロンズ新社 
本体900円+税 2013

 

次は現在形の『ここにいる』です。でも、絵本はまずぐっと過去に遡り、三人姉妹の真ん中だった作者の生まれ育った家から始まります。一人称であたたかく綴られる、自伝的な絵本です。

見返しには、懐かしい昭和の日用品がずらり。万年筆、分厚い日記、カメラ、鉛筆と小刀、コンパスと分度器、ハンチングと麦わら帽、トランジスタラジオ……どれも働き者だった父さんが使っていた物ですね。

日曜日、胸ポケットにラジオを入れ、畑仕事をするお父さん。わたしたちを膝に乗せ、原稿用紙に万年筆で絵を描いてくれました。絵描きになりたいと言ったら、翌日仕事帰りにクレヨンを買ってきてくれました。叱られて隠れていたとき、デッサン教室の帰りが遅いとき、家を離れるとき、結婚相手を連れていったとき……お父さんはいつも、言葉少なに、心配したり、背中を押したりしてくれました。

歳を重ね、孫たちのおじいちゃんになったおとうさん。やがて入院して散歩もできなくなったおとうさんに物語を読んであげる場面、そして旅立ちを庭の花がいっせいに見送るシーンは、この絵本の中でもとびきりまぶしい美しさです。「この人生を まっとうした おとうさん」への祝福が胸に響きます。

いつも「そこにいた」お父さんが、いなくなった今、わかったことがタイトルへとつながります。現在形。「いる」ってこういうことかと共感できます。

 10月のテーマは「いる絵本」【広松由希子の今月の絵本・98】の画像3
『ここにいる』 
あおきひろえ/作 廣済堂あかつき 
本体1500円+税 2020

 

同じタイトル、もう一冊の『ここにいる』を思い出しました。本当に多くの人たちが喪失を体験した、東日本大震災のあった年の秋に出版され、強く印象に残った絵本でした。こちらは、少し大きな子どもや大人たちに。

「目を上げると あなたはいつも そこにいる」から始まります。「あなた」がいるということと「私」がいるということを、何度も深く感じさせてくれる詩と絵です。

「よるべない時」も「淋しい夜」も、「あなたが 私の中にいる証」と、他者のことばではなく主人公の少女の一人称現在形で、きっぱりと語られます。
「そんな時 自分を抱きしめてみると 私はこよなくあたたかい」
ひたひたと静かに力強いモノクロームの絵と、断定の言葉が胸に迫ります。

今ふと、最初に取り上げた五味さんの絵本『いました』との共通点に気づきました。最後のページに書かれた1行にだけ、句点「。」がついているのです。
「明日になっても。」と。
そう。日本語の場合、「いる」は、現在形だけでなく、未来をふくんでいるんですね。

10月のテーマは「いる絵本」【広松由希子の今月の絵本・98】の画像4
『ここにいる』 
舟崎克彦/詩 味戸ケイコ/画 ポプラ社 
本体1400円+税 2011 

 

『ここは』は、これからもきっと何度も読み返す、2020年注目の一冊です。開く前は、読むのがもったいないような気持ちでしたが、そんな心配、杞憂です。読むたびに、あっちこっち、いろんなふうに読めて、何度だって、どんなに深掘りして読んだってだいじょうぶな、野太さと繊細さを併せ持つ絵本という気がします。

今、自分がいる「ここ」を描いた絵本です。ここは、おかあさんの膝の上。ふと目をずらせば、街のまんなか。公園の近く。椅子の上でもありますね。

「今」と書いたけれど、時間が絵の中には流れているのです。ページをめくり、絵本を読むくらいのゆるやかな時間が。「ここ」以外では、人が動き、歩き、遊んでいます。窓辺を過ぎていった青い風船が、子どもの手を離れ、飛んでいきます。おばあさんを乗せたタクシーが、道に迷っているようです。

空の下でもあり、大地の上でもある「ここ」。雲の上でも、土の下でも、テレビの向こうでも、いろいろ起きています。視線は、上へ下へ遠くへ近くへ、いろんな角度から豊かに「ここ」を見つめます。文も絵も、ゆらゆらぐわんぐわん三半規管を揺さぶります。

「あめのおとの はしっこ」とか、「あたたかいからだの はしっこ」とか、聴覚も触覚もどきどきざわざわ刺激されます。そうして、最後に「ここは」?

3歳、5歳、8歳、12歳、20代とか30代とか、40代とか50代とか……80代で読み返すのも、楽しみな絵本です。自分の「ここ」はどんなふうに変わるのでしょう。果たしてそのとき、ここに「いる」のでしょうか?

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『ここは』 
最果タヒ/文 及川賢治/絵 河出書房新社 
本体1300円+税 2020

 

最後にちらっとブラックな余韻も。夏でなくても怖い絵本が好きな子たち、大人たちには、こちらをどうぞ。近頃めっきり「猫画伯」な町田尚子さんですが、怖い気配を描かせたら天下一品ですよねぇ。世間をにぎわした「怪談絵本」シリーズの傑作。何度も読んでラストがわかっていても、寝る前には、禁物。「いる」からね。

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『いるの いないの』 
京極夏彦/作 町田尚子/絵 東雅夫/編 岩崎書店 
本体1500円+税 2012


「いる絵本」、書き始めたら面白くて、あれもこれもとつい欲張ってしまいました。
そういえば、日本一のベストセラー絵本『いないいないばあ』(松谷みよ子/文 瀬川康男/画 童心社 1967)からして、存在を問う絵本といえるかもしれませんね。

あれこれ考えずとも、どうぞ開いて、めくって、こんなに面白い「いる絵本」を楽しんでください。

広松由希子 ひろまつゆきこ/絵本の文、評論、展示、講座や絵本コンペ審査員などで活躍中。
2017年ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長。著作に絵本『おかえりたまご』(アリス館)、「いまむかしえほん」シリーズ(全11冊 岩崎書店)や 2001~2012年の絵本案内『きょうの絵本 あしたの絵本』、訳書に『ヒキガエルがいく』(岩波書店)『うるさく、しずかに、ひそひそと』(河出書房新社)など。2020年8月、絵本の読めるおそうざい屋「83gocco」をオープン。https://83gocco.tokyo

web連載「広松由希子の今月の絵本」

Twitter https://twitter.com/yukisse
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