3月のテーマは「見えない絵本」【広松由希子の今月の絵本・92】
絵本作家で評論家の広松由希子さんの連載。毎月、テーマに沿った、おすすめ絵本をセレクトしていただきます!
3月のテーマは「見えない絵本」
見えないウイルスに世界中がおののいている昨今。この状態がいつまで続くのか、出口がなかなか見えないのも不安になりますね……。
でも、星の王子様は言いました。「いちばんたいせつなものは、目に見えない」と。気分転換して、たいせつな見えないものへ目を向けられたら。こんなときこそ、絵本に潜む、ゆかいでふしぎでたいせつな、見えないものを見てみようと思いました。
主人公の姿は見えず、雪の上に足跡だけが点々と。なぞめいた表紙の『みえないさんぽ』を開きましょう。探偵気分をくすぐられます。
見返しには、小さな男の子と子犬のいろんな情景が、小さいモノクロカットでちりばめられています。扉ページには、ベッドの中に埋もれている誰かの頭のてっぺんだけが見えています。さあ、これらがヒントですよ。本文ページには、ただ1行、「あしあとを おいかけよう……」と書かれているだけで、主人公の姿は見えません。
ベッドから出てパジャマを脱いだらしい裸足の足跡は、どうやら室内ばきを履いて、洗面所に向かった様子。その後、昨晩脱いだまま椅子にかけていたらしい洋服を着て食卓へ……それから、長靴に履き替えたのかな? 玄関を開けっぱなしで、小さな動物の足跡といっしょに、雪の中へ出て行ったみたい。
絵のなかの足跡を追いながら、通り過ぎた場所の変化を見て(食卓のパンが減っているとか、ナプキンが床に落ちているとか)、主人公たちがどこでなにをしたのか推理してみて。小鳥やうさぎの足跡や、大きな足跡と合流するのを見つけたり。ことばもなければ、姿も見えないけれど、足跡とまわりの絵がたくさんのことを語ってくれます。ひとりで読んでも楽しいし、親子で読んでも会話が尽きない絵本です。
『みえないさんぽ—このあしあとだれの?』
ゲルダ・ミューラー/作 評論社
本体1200円+税 2002
子どもには、だれにも見えないけれど、自分にだけは見えている友達がいたりします。『くろいの』は、女の子が帰り道で出会った、不思議ないきものとの交わりを描いた絵本です。
ある日、ふと目があって、何度も見かけるようになり、思いきって声をかけてみたら、「くろいの」は、なんにも言わずに歩き出し、女の子を塀の向こうの古い家に案内してくれました。
ひとりとひとり。花のにおいをかいだり、縁側でお茶を飲んだり、静かに過ごすふたりの時間。それから、押し入れにいっしょに入り、屋根裏へ上っていくと、そこには幻想的な遊び場が広がっていたのです……!
ぽつんぽつんと短い、女の子の独り言のような言葉。繊細な銅版画で描かれた、色のない画面。深い墨色とクリームがかった紙の白がじんわり目から心に染みてきます。暗がりとほんのり灯る光、やわらかい静けさが絵本を満たしています。
嗅覚にうったえる絵本だなと感じました。庭の土や草、古い日本家屋、押し入れと屋根裏、ふかふかの毛の温もりから、おかあさんの夢へ。においに導かれ、遠い記憶が体によみがえるようです。
見えなくても、そこにいる。視覚が全部を覚えていなくても、確かに、いた誰か。懐かしくて温かい、ふたりの時間をたっぷり味わってください。
『くろいの』
田中清代/作 偕成社
本体1400円+税 2018
黒つながりで思い出した絵本が、これ。メキシコからやってきた『くろはおうさま』です。ボローニャで、初めてこの原書を見たときの衝撃は、忘れられません。原題はスペイン語で“El libro negro de los colores”……色についての黒い本? そう、この絵本は色の本。なのに、黒い紙地に黒く盛り上がったUVインキで絵が印刷されていて、ほぼ真っ黒けの、目を凝らさないと見えない絵本なんです。
見開き右ページには黒い絵が、左ページには、やはり黒い点字による文があり、その下のほうに印刷された文だけが銀色の文字で、普通に読むことができます。たとえば
「あかは イチゴみたいに すっぱくて、スイカみたいに あまい。
だけど すりむいた ひざこぞうから のぞいたときは いたい。」
赤という色が、味覚や触覚で表現されているんですね。あるいは、聴覚や嗅覚にうったえる色もあります。
「このはが ちったとき、ちゃいろは ふむと カサコソ いう。
ときには チョコレートの においがして、ときには くさーいことも ある。」
目の見えない子どもの色の感じ方を通じて、普段あたりまえのように目で見ている色を、別の感覚でとらえ直す。見えない色に色を感じる、「共感覚」で読むような絵本だと思いました。見えない人たちの世界の新鮮な豊かさを体感してみて。
『くろは おうさま』
メネナ・コテイン/文 ロサナ・ファリア/絵 宇野和美/訳 サウザンブックス社
本体3500円+税 2019
見る、見えるって、どんなこと? 目はどんなつくりや働きをしていて、人の視覚はどんな風に発達してきたのか。色、鏡、サインやピクトグラム、見る力を支えてくれるメガネやカメラや望遠鏡のこと……見ることのあれこれを、あらゆる角度から描いた絵本が『目で見てかんじて』。
じゃあ、見えないってどんなこと? 目には見えない、なぞに包まれたままのものについても、しっかり書かれています。たとえば、空気、原子、ブラックホール、人の考えや魂など……。錯視のように、見えるからだまされてしまうこともあるし、人間とはちがう見え方をする動物たちもいます。そして、視覚に頼らない見方についても。目で見るだけではわからない、もっとたくさんのものを、わたしたちは全身で「みて」いるのだということも。
見えることも見えないことも、鮮やかな特色4色(部分的には8色印刷!)でグラフィックに表現した絵本。科学と哲学とアートと詩がとけあい、作者の好奇心と創作意欲が一冊に満ち満ちています。読み聞かせをするなら、大きいフォントの本文だけを中心に読んでみて。小さい子どもには、気になるところだけ拾い読みもいいと思います。時間のたっぷりある大きな子どもたちは、各ページにちりばめられた小さい文字の解説が、知識欲も満たしてくれるでしょう。
目を閉じて、ふくらむ夢もあります。明日起きて目を開けたら、また新しい世界が見えますように。
『目で見てかんじて』
ロマナ・ロマニーシン、アンドリー・レシヴ/作 広松由希子/訳 河出書房新社
本体2000円+税 2019
長い春休みにおすすめしたい「見えない絵本」は、ほかにもたくさん。
わたしの子どもの頃の大のお気に入りは、姿のない犬を主人公にした“Nothing at All”という絵本でした。邦題は、『なんにもないない』(ワンダ・ガァグ作/絵 村中李衣/訳 ブック・グローブ社 1994)です。残念ながら絶版ですが、図書館などで探せるといいな。
『ほうさんちゅう ちいさな ふしぎな 生きものの かたち』(松岡篤/監修 かんちくたかこ/文 アリス館 2019)は、小さすぎて肉眼ではほとんど見えないものを、顕微鏡で大きく見せてくれる写真絵本。びっくりするほど美しい自然のかたちのバリエーション。生命の神秘に目を見張ります。
昨年亡くなったジョン・バーニンガムは、「見えない絵本」の名手でした。ちょっとシリアスなものだと、いじめにあったり、ひとりきりでいる子どもの切なくもたいせつな世界を描いた絵本に、『アルド・わたしだけのひみつのともだち』(ジョン・バーニンガム/作 谷川俊太郎/訳 ほるぷ出版 1991)があります。
見えることと見えないことを考える、ヨシタケ流バリアフリー哲学絵本決定版『みえるとか みえないとか』(ヨシタケシンスケ/作 伊藤亜紗/そうだん アリス館 2018)も、未読の方はぜひ親子でどうぞ。
体は家から出られなくても、見えない国を旅できたり、見えない人の気持ちを思えたり。見えないものを見る力は、絵本の本領ですね。この春も、親子でいい絵本の時間を過ごせますように。
広松由希子 ひろまつゆきこ/絵本の文、評論、展示、講座や絵本コンペ審査員などで活躍中。
2017年ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長。著作に絵本『おかえりたまご』(アリス館)、「いまむかしえほん」シリーズ(全11冊 岩崎書店)や 2001~2012年の絵本案内『きょうの絵本 あしたの絵本』、訳書に『ヒキガエルがいく』(岩波書店)『うるさく、しずかに、ひそひそと』(河出書房新社)など。2020年8月、絵本の読めるおそうざい屋「83gocco」をオープン。https://83gocco.tokyo
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