『母がしんどい』著者の田房永子さんロングインタビュー。「自分はどう生きたいか」をはっきりさせると子どもともいい距離を置けるはず
親との関係に悩む人たちから、圧倒的な共感を得たエッセイ漫画『母がしんどい』の著者、田房永子さん。kodomoe 2019年12月号では、過干渉な親に育てられた苦悩をはじめ、この社会で母親でいることの窮屈さや、夫にキレてしまうことに悩んでいた過去について語ってもらいました。webではその一部をご紹介します。家族との向き合い方、一緒に考えてみませんか。
たぶさえいこ/1978年、東京下町生まれ。2001年、アックスマンガ新人賞佳作受賞。2012年、母からの過干渉に悩み、その確執と葛藤を描いたコミックエッセイ『母がしんどい』(KADOKAWA)を発行し、大きな反響を呼ぶ。タブーなしの出産育児コミック『ママだって、人間』(河出書房新社)など著書多数。7歳女の子、2歳男の子の母。
しっかり恨みきる期間があってよかった
いつも勝手に決められた習いごと、私立中学受験、職場にまでかかってくる電話など、幼少期から母親にされ続けてきた過干渉。そんな毒親との長い戦いと、決別までを描いた『母がしんどい』。
普段は温厚なつもりなのに、ふとしたことでキレて夫に手をあげてしまう、そんな自分が怒りを手放すまでをつづった『キレる私をやめたい』。
自分を見つめ直し、何度も問い直し、自身を改革していく田房永子さんの実録コミックエッセイは多くの読者が共感し、話題を呼んでいる。
――「毒親」を世に広く知らしめた『母がしんどい』は、すごい反響ですね。母親とのこういう関係に悩んでいた人が実は世の中に大勢いる、何歳になっても母親の呪縛から逃れられない人が本当に多いことに気づかされました。
そうですね。これはお母さんの嫌な思い出をよりすぐったような本ですけど、私はその「お母さんが嫌だ」って思いを、ずっとかき消してたんですよ。嫌いになりたくなかったから。でも29歳のときに、それをかき消せないぐらい、疑念がもううわ~っと爆発して。で、そこから「なんでこんなに嫌なんだろう?」って考えざるを得なくなって、そこを掘り下げていったのがこの本なんです。
29歳でそういうビッグバンが起きてからは、「とにかく両親を恨みまくる」みたいな時期で。東日本大震災の時だけ安否を確認した以外は6年ほど連絡を取りませんでした。上の子が生まれて2年後くらいから、年に1回ぐらい実家に行くようになったんですけど、2時間もいられなくて。マスクしてないといられないんですよ、苦しくて。何のために行ってるのかわからないけど、心が開けないし、動けなくなる。「両親がいまだにすごいエネルギーとパワーを持って私を支配してくる」という認識が私の心の中にあって、何十年間の蓄積から、もうそれが癖になっていて。
でも、恨み続けているとだんだんと飽きてくるんですよね、恨むことに。実はもう彼らも高齢になっていて、こっちは当時38歳くらい。子育て世代で、一番働き盛り。そんな私がエネルギーとかパワーとかの面でも、経済力とか生活力でも、もう勝っちゃってるんですよね、親に。全然怖くないはずなんですよ、実は。
ふたり目を妊娠していた頃、それに気づいてからは「あれ?私、もう全然親のこと怖くないじゃん」と、結構平気になってきて。もちろん嫌な思い出はあるんだけど。ありありと昨日のことのように思い出していた生傷が、セピア色の昔の記憶になった。すごく湿った親との思い出が、カラッと乾いてきて扱いやすくなったっていうか。それが自分にとってすごい転機というか、10年間にわたってしっかり恨みきったから、ちゃんと干物ができあがった、みたいな感じでした。そこに迷いがあると、恨みきれないじゃないですか。生の魚を干物にするみたいな行為を、やっぱり目標を持ってやりきることが、私には必要だったんだと思います。
親に対して苦しい思いがあれば伝えていい
――『母がしんどい』を一冊描き上げる作業は、かなり大変だったのではないでしょうか。
これは、描き始めてから出版するまでに4年ぐらいかかったんです。「こういうのを出していいのかな」「うちの親が傷つくだけなのでは?」と、そういう迷いがずうっとあって。でも、上の子を妊娠してたとき、「自分が親になっちゃったら、子ども側からの親への怒りみたいな本は出せないなあ」と思ったので、「えいや!」みたいな勢いで出したんです。やっぱり描いていて辛いから、もう途中で「やめようかな」と思ったときもあって、時間がかかっちゃったんだけど。
――それでもやっぱり「形にしなければ」という気持ちの方が強かったんですか。
そうですね。「ここで出さなかったら、またお母さんに気を遣う人生だなあ」って。ここはもう、私のやりたいようにやることが自分の人生にとっていいはずだと。
私がこの本を出してから「自分もこういう体験を書きたいけど、親がどういう行動に出るか心配で」と聞いてくる人もいるんです。みんなそうやってすごい気にしてるんですよ、親の反応を。「お母さんがとんでもないことになる」とか、「自分にすごい危害を加えてくる」みたいな。でもぶっちゃけ、こういう体験を漫画で描いてる私にそういうことを尋ねるのは、登山家に「自分も山に登ってみたいんですけど死にませんか?」とかプロボクサーに「ボクシングやったら家族が悲しみませんか?」とか、聞いているようなもの。想定できるリスクと差し引いても、やりたいかどうか、やらないと自分の心が死んじゃうかどうか、に注目するといいと思います。
それとは別に「こんな嫌なことをされた」と子どもに書かれたり言われたりしたことで逆上して攻撃してくる親だったら、それこそ全力で逃げるべきだと思うし、気に病む親だったらもっと前に謝ってくるんじゃないかなって思います。
お母さんが娘から昔のことを責められるのって、きっと傷ついたりショックを受けたりすることだと思います。だけど、60、70歳になっているお母さんが、20~30歳離れている下の世代である娘から数十年前のことを言われたとき、どんな気持ちになるのかっていうのは、私たちには想像がつかないですよね。もしかしたら、意外と「死ぬ前に教えてくれてありがとう」って思うかもしれないし、それはお母さん本人にも分からないことだと思う。それを先回りして「お母さんが傷つくだろう」という前提で、お母さんの気持ちを汲み続けてしまうこと自体が、過干渉な関係に浸かっている証しだと思います。自分の「苦しい」ってことをお母さんに直接言う必要はなくて、自分が「苦しいよね、あんなの苦しいに決まってるよ、当たり前だよ」って自分に対して思ってあげるとすごく楽になります。苦しいときって、「わかってくれないお母さん」の味方を自分自身がしちゃってるときだから。お母さんがわかってくれないなら、自分がわかってあげればいい。それは虚しいことでもなんでもなくて、とても豊かなことなんですよね。「お母さんにわかってほしい」っていう気持ちを捨てることが一番大変だけど、そこが克服できると毎日を軽やかに過ごせます。
――お母さんを「嫌いになりたくなかった」という言葉がありましたが、お母さんとのいい思い出も、ご自分の中では輝いていますか?
いい思い出というか、まあ、普通の親としての義務みたいな。学費を払ってくれたとか、かわいがってくれた思い出はあるよ、とクールに思ってました。そういうのも覚えてる自分はフェアに親を恨めているな、みたいな。恨みきったことで母との関係や母からの対応もかなり変わったので、それによって最近は、いい思い出たちがほんのり輝き始めています。
※本誌の内容から一部変更になっている箇所があります。
BOOK INFORMATION
『「男の子の育て方」を真剣に考えてたら夫とのセックスが週3回になりました』
大和書房 本体1400円+税
幼少期から母の過干渉に苦しみ、10代から痴漢被害に遭い、20代でセクハラを受けてきた田房さん。そんな田房さんが男の子を妊娠。「男を憎んだまま、男の子を育ててはいけない」と奮起し、自らの男性観と向き合い、矯正していく1年間の記録。タイトルのイメージに驚かず、ぜひ読んでもらいたい一冊です。
最新情報はツイッターをチェック!
@tabusa
インタビュー/原 陽子 撮影/相馬ミナ
田房さんが思う“家庭と社会”とは? 子育てや夫婦関係など、さらにお話は続きます。
田房永子さんロングインタビューのつづきは、2019年12月号でお楽しみください♪