8月のテーマは「とぶ絵本」【広松由希子の今月の絵本・65】
絵本作家で評論家の広松由希子さんの連載。毎月、テーマに沿った、おすすめ絵本をセレクトしていただきます!
8月のテーマは「とぶ絵本」
先月「もぐる絵本」で力を蓄えたので……今月は、飛んじゃいましょう。
え、いきなり?
子どもの頃に聞いた話によると、南の島には、翼に対して体重が重すぎるのに、
「自分はとべる」と思い込んでいるおかげで飛べちゃう鳥がいるんだそうです。
「とべるわけないじゃん」をくつがえす、勇者たちの「とぶ絵本」です。
まずは、今年の新刊より『かえるぴょん』を。
池の中からのぞいているのは、だーれ?
そう、かえる!
池からぴょん。
お庭にぴょん。
かえるがとぶのは、あたりまえでしょ。
でも、お屋根にぴょーん。
雲の上にぴょーん。
高みを目指し、努力も怠らないかえるなのです。
準備体操して、ヨーイかまえて、
「とぶよ とぶよお」
どんどん高く昇っていく、ワクワク高揚感と解放感。
とぼけたかえるの表情と、力の抜け加減が絶妙。
2歳くらいから楽しめそうな「とぶ絵本」です。
『かえるぴょん』
ささめやゆき/作 講談社
本体1200円+税 2017
カエルの後は、もっと小さなバッタになって、『とべバッタ』を読みましょう。
小さな茂みの中に隠れ住んでいた1匹のバッタ。
カマキリやクモやカエルなど、そこいらじゅうバッタの天敵だらけ。
でも、毎日びくびく暮らすのがいやになったバッタは、ある日一大決心し、大きな石の上で、悠々とひなたぼっこを始めます。
ああ、やっぱり。ただちにヘビに見つかり、同時にカマキリも襲いかかってきて、絶体絶命!
……と思ったその瞬間、バッタは死にものぐるいでとぶのです。
ヘビをかわし、カマキリをこっぱみじんにして。
勢いよく雲まで上りつめたバッタは、力尽き、今度は下へ下へと落ちていきます。
今度こそもうだめ?
大胆な筆の勢い。
大きな横型の画面を突っ切って、命の限りとぶバッタ。
この生命感は、日本の絵本史、いえ世界の絵本史の中でも特筆すべきものでしょう。
「もう、だめか」と思ったとき、夢中で絞り出てくる力。
「じぶんの はねで、じぶんの ゆきたいほうへ」
はるかにとんでゆくバッタの雄姿に、心が晴れ晴れしてきます。
小さい子どもは小さいなりに、大きい大人は大きいなりに、幾重にも永く楽しめる絵本です。
『とべバッタ』
田島征三/作 偕成社
本体1400円+税 1988
次は、飛ぶことに焦がれ続け、歴史に名を刻んだ冒険家を紹介しましょう。
はじめて大西洋横断飛行を実現した「リンドバーグ」と、最初に月に降り立った「アームストロング」です。
いわずと知れた20世紀の偉大な空の冒険家……と同名の小さなネズミなんでした。
しかも、人類の歴史より何年も早く偉業を成し遂げていたらしいんですよ。
『リンドバーグ』の舞台は、1912年のハンブルク。知りたがり屋で本好きのねずみが、新天地を目指す話です。
港は危険だ、空を飛ぼう! という前向きな発想の飛躍から、本を読み、材料を集め、飛行機をつくり、工夫と失敗を重ね、夢を現実にしていく様子。
人間の翼への憧れと飛行の歴史が、1匹のネズミの生きざまに凝縮されています。
もとは大学の卒業制作だったという、才気あふれるデビュー絵本。
数年で27言語に翻訳され、世界的ベストセラーとなりました。
イラストレーションの技術と、立体的なイマジネーションと構成力、ディテールへのこだわり。SF小説や冒険物語、飛行の歴史をこよなく愛する作者の資質が、全部注ぎ込まれたような1冊でした。
さらに「高み」を目指す第2弾として発射されたのが『アームストロング』。
ニューヨークの屋根裏部屋に住む主人公は、天体観測が好きな賢い小ネズミ。
月の正体について説明するけれど、「月はチーズ」と信じるネズミ仲間には信じてもらえません。
そんなある日、スミソニアン博物館から手紙が届きますが、その差出人とは?
空を飛んだネズミの先達を知り、小ネズミは期待に胸をふくらませます。
「よし、ぼくが、だれよりも先に、月にいってやる!」
前作同様、歴史的書物を思わせる装丁や117ページの隅々まで、絵本の世界を作り込む作者。
1955年の月ネズミの目標達成から14年後の、人間によるアポロ11号のエピローグや、巻末の「宇宙飛行のかんたんな歴史」も面白く読ませます。
「最初の宇宙飛行者たち」は、実は虫だったり、アカゲザルだったりするのですね。
「ときとして、最も小さきものが、壮大なことをやってのける」
パパたちのロマンも刺激します。
『リンドバーグ 空飛ぶネズミの大冒険』
トーベン・クールマン/作 金原瑞人/訳 ブロンズ新社 本体2200円 2015
『アームストロング 宙飛ぶネズミの大冒険』
同上 本体2200円 2017
最後に、人間も飛びますよ。
文明の力を借りずに、身ひとつで空へいく『雲へ』を開いて。
日暮れどき「くもまで いきたい」と願った少年の体が、ふわりと浮き上がります。
だんだん高く、家を小さく見下ろして、シャツに風をはらんで、地平線を見はるかし、やがて雲の中へ。
やわらかなパステルで描く雲、空の上のすがすがしい空気。
「ぼくが まだ小さかったころ 空を飛んだことがあります」
という作者のことばにも説得力があります。
たった一度だけの、でも確かに「飛んだ」記憶。
見ていると、記憶の底を揺さぶられるような気がします。
できることなら、もう一度。
重たくなった体を抱え、雲を見上げます。
・・・・・
淡々と、なんとはなしに「とぶ絵本」も気持ちいいですね。
ごろごろにゃーんとネコたちがひたすら飛行するナンセンス絵本の金字塔『ごろごろにゃーん』(長新太/作 福音館書店 1984)とか、ブタもウシも玉ねぎもなんもかもにぎやかに空を飛び交う『ぶたがとぶ』(佐々木マキ/作 絵本館 2013)とか、夜中に突如無重力になった彼奴らが大胆不敵にに宙とぶ『かようびのよる』(デヴィッド・ウィーズナー/作・絵 当麻ゆか/訳 徳間書店 2000)とかとか。
はいつくばってるような毎日でも(字のごとく……先月足を怪我したもので)、心は空へ。
その気になれば、雲の上でも、月の裏でも、自由に飛ぶことができると信じています。
広松由希子 ひろまつゆきこ/絵本の文、評論、展示、講座や絵本コンペ審査員などで活躍中。
2017年ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長。著作に絵本『おかえりたまご』(アリス館)、「いまむかしえほん」シリーズ(全11冊 岩崎書店)や 2001~2012年の絵本案内『きょうの絵本 あしたの絵本』、訳書に『ヒキガエルがいく』(岩波書店)『うるさく、しずかに、ひそひそと』(河出書房新社)など。2020年8月、絵本の読めるおそうざい屋「83gocco」をオープン。https://83gocco.tokyo
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