2026年10月30日

M-1常連・真空ジェシカのガクさんインタビュー「父親にも敬語。怖くはないけど、どう接していいかわからない」

友達づくりも、運動も、家族との会話も、どこかうまくいかない。そんな日々の戸惑いや怖さを、ユーモアを交えて綴った初のエッセイ集『饅頭以外ぜんぶこわい』。お笑いコンビ・真空ジェシカのガクさんが、子どもの頃の遊びや思春期の思い出を語ってくれました。怖がりながらも、一歩を踏み出してきたガクさん。その歩みをたどると、意外な素顔が見えてきます。

明るい子どもが、モテを優先してコミュニケーションが苦手に

――小さい頃はどんな遊びをしていましたか?

家のこたつにもぐりこんで、テーブルの板の裏に落書きしていたのを覚えてます。幼稚園のアスレチックで足を踏み外して落ちてから、外で遊ぶのが嫌いになっちゃって。こたつの中は誰にも見られない自分だけの秘密基地みたいな感覚があって、マンガやオリジナルの「デジモン」を描いてましたね。

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――絵を描くのが好きだったんですね。絵本もお好きでしたか?

この取材を受けるにあたって母親に聞いてみたら、絵本は家にたくさんあって、『ねないこだれだ』(せなけいこ/作 福音館書店)をよく読んでいたらしいです。僕自身は絵本に関する記憶がほとんどなくて、「『ぐりとぐら』(中川李枝子/作 山脇百合子/絵 福音館書店)は読んでいたな」ぐらいしか思い出せないんですけど……。

今改めて見てみると『ねないこだれだ』はちょっと怖くてかわいくて、いいですね。小さい頃からおばけや妖怪などが好きだったので、それと同じ感覚で好きだったんだと思います。

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――習い事はされていましたか?

幼稚園から中学校までピアノを習ってました。僕から「やりたい」って言い出したみたいです。当時はピアノを習っている男子は少なかったので、小学校ぐらいになると、人と違うことをしている事実にかっこよさを見出してました(笑)。みんなの前で弾いて「すごい!」と言われるのもうれしかったです。

ただ、ピアノ自体にはそこまで前のめりじゃなかったかも。だから楽譜を読めるようにならなくて、毎回音符の位置を「ド、レ、ミ……」って指を使って数えてました。今となってはちゃんとやっておけばよかったな、と少し後悔しています。

――著書『饅頭以外ぜんぶこわい』には中学受験の経験も綴られています。塾にはいつ頃から通い始めたのでしょう。

小3〜4年生ぐらいです。兄も受験をしていたので、「そういうものだ」と自然に思っていました。通っていた塾では勉強を頑張ったらスタンプがもらえて、貯めるとオリジナル文房具やオリジナルのトレーディングカードと交換できたんです。カードなんて、小学生男子はみんな欲しいじゃないですか。そのためには結構な数のスタンプが必要だったんで、それ目当てで頑張ってました。

親には「ちゃんとやってるの?」と注意されたこともありますが、そこまで厳しくはなかったです。「テストで◯点以上取ったら、欲しいものを買ってあげる」と言われて、ご褒美をもらっていた思い出もあります。

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――今は芸人仲間との交流が多い印象ですが、中学では友達づくりに苦労されたそうですね。

はい。小学校では友達が多くて、お笑いクラブを作ってお昼休みにみんなの前でボケたりふざけたりしてたんです。でも、中学ではモテたかったのでこれまでと違ってクールなキャラでいこうと思って、話しかけられてもそっけない返事をしていたら、本当にどんどんコミュニケーションが取れなくなってしまって。周りから「こいつは暗いやつだ」ってレッテルを貼られて、そういうやつとして生活するしかなくなってしまいました。それでもなぜか「学校に行きたくない」とはならなかったんですよね。だからそこまでつらくはなかったのかなぁ。「これを読んでいたら、誰か話しかけてくれるかな」と思って猫や恐竜のでっかい図鑑を持っていくとか、会話のきっかけを作ろうといろんなチャレンジをしてました。高校は内部進学したんですが、このままではダメだと思って、外部生になりきってキャラを変えて自分から話しかけるようにしました。

「M-1」出演後、母親からのダメ出しが怖い

――インターネットが居場所になっていたことも書かれています。どんなやりとりをしていたのでしょうか?

学校が終わると急いで帰って、ずっとパソコンでインターネットをしてました。いろんなゲームができるサイトにチャットルームがあって、中学生が集まっていたんです。流行りの音楽について話したり「荒らし」をみんなで追い払って絆を深めたり、いつも夜中までやりとりしていました。

――ご両親から「いつまでやってるの!」と叱られることはなかったですか?

あまりネットやゲームに関しては制限はなかったかもしれません。「好きにやって」という感じでした。両親はやりたいことをやらせてくれるタイプで、芸人になるときも強くは反対されませんでした。本当のところはどう思っていたか、わからないですけどね。

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――ガクさんはかねてから「思春期を抜け出すタイミングを見失って、家族と距離が空いたままになっている」とおっしゃっています。ですが今回絵本についてお母様に聞いてくださったように、仕事の関係で親御さんと連絡を取る機会は増えたのではないですか?

増えはしましたけど、いまだに照れ臭くて業務的な話しかしてないですね……。仕事の用事で父親と連絡を取ったとき、僕がずっと敬語で話していたら「お前は俺が怖いのか?」って言われました(笑)。怖くはないんですけど、どう接していいかわからないんです。

母親は僕が出場している「M-1グランプリ」の放送後にはLINEをくれます。でも「◯◯さんが『ここはこうしたほうがいいと思う』って言ってた」って、母の友人からのダメ出しを送ってくるんですよ。これはめっちゃ嫌ですね。今回の本では親のことも色々書いちゃってるのでどんなリアクションがあるか、怖いです。

――中学時代やご家族のことなど、半生を振り返るようなエッセイの執筆を通して気づいた、ご自身の新たな一面はありますか?

意外とたくさん挑戦をしていたんだな、と思いました。友達を作ろうとか、運動が苦手なのを克服しようとか、すごい抗おうとしてるんですよね。そういう経験を経て「向いてないな」と諦めてしまったことも多いけど、気づいていないうちは全部一回やってみるところがあるのかもしれないです。

――ちなみに、今「怖いけど、挑戦してみよう」と思っていることは?

車の免許ですね。20代後半で原付の免許を取ったんです。試験は筆記だけだから普通に合格したんですけど、その後、実際に乗って練習する時間があって。一緒に受けた高校生ぐらいの子たちはスイスイ乗れるようになっていく中で、大人の僕一人だけ全然まっすぐ走れなかったんですよ。怖すぎて。最終的に教官から「まぁ、身分証としてですよね? 大丈夫ですよ」と見放されて終わりました。その経験があるので車も怖いんですけど、あったほうが便利だろうから頑張りたいです。

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ガク
1990年神奈川県生まれ。青山学院大学在学中の2011年に川北茂澄とお笑いコンビ「真空ジェシカ」を結成。2021年から2025年にかけて5年連続で「M-1グランプリ」の決勝に進出。複数の媒体で連載コラムを担当するなど、文筆業でも活躍中。『饅頭以外ぜんぶこわい』は初めての著作になる。

INFORMATION

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『饅頭以外ぜんぶこわい』
真空ジェシカ ガク/著
新潮社 1760円

取材/斎藤岬 撮影/馬場わかな

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