中野信子さんロングインタビュー。柔軟に対応できる脳を作ってあげることが、一番の教育なのかなと思います【後編】
子どもにとって愛情は
実体を持った栄養
――先ほど、子どもとの対話は大人との言語コミュニケーションとは違うという言葉がありましたが、子育てのスタートがまさにそこからで。まったく言葉が通じない赤ちゃんがある日目の前に現れて、でもその責任が全部自分にかかるような、大変なミッションだと思うんですが。
これは著作には何度か書いているんですが、言語を教えない子がどう育つかという命題の下に実験をした、フリードリッヒ二世という人がいます。
300年くらい前の話で、今では考えられない実験なのですが、赤ちゃんを抱きしめてはいけない、目を合わせてもいけない。もちろん言葉をかけるのもスキンシップも駄目、という条件下で、ミルクだけは与える。そうすると、子どもたちは栄養をちゃんと与えられているのに、感染症にかかったり発育不全になったりして次々死んでしまったんです。
どうも、スキンシップや言語によるコミュニケーション、目を合わせて話す、というようなことが、人間の体の発育を促すホルモンの分泌に重要な役割を果たしているんだ、ということが明らかにされたわけです。
つまり、私たちが「愛情」と呼んでいるものは実体がないようですけれど、子どもにとっては実体を持った栄養になっているわけです、体を育てるための。これは「子どもからは言語の情報としての返事は返ってはこないけれども、子どもの体が育ったり、健康で発育してることはその返事のようなものだ」というふうに、ぜひお母さんには受け止めてほしいと思います。
愛情ホルモンと呼ばれるオキシトシンが十分に出ないと、免疫グロブリンの量も左右されるということがわかっていて、感染症にかかりやすかったりとか。もちろんこれは受け取る側の個体差もあるので、感染症にかかりやすいお子さんが愛情不足ということではないですし、お母さんだけを養育者として想定しているわけでもありません。お父さんでも、養母でも、お祖父ちゃん、お祖母ちゃんでもいいわけです。
――「子どもが育っていることが返事のようなもの」って、すごく励まされますね。お母さんって、子どもに対してあれこれやってるつもりでも、なかなか結果が形になって見えてこないので。
「これでいいのかな?」って思っちゃう。大変な環境ですけれどね、本当に。
――あと、先ほど、「脳は30歳ぐらいにならないと成熟しない」という言葉がありましたが、赤ちゃんのときから考えると、4、5歳で結構大きくなったという感覚を持つ方も多いと思うんです。でも、何回同じことを言ってもわからない。そこで怒ってしまうことも多いと思うんですけれど、それはまだしょうがないと……。
しょうがないです(笑)。でも、怒るのも仕事ですからね。「こういうことはやっちゃいけないよ」って適切に怒ってあげないとだめなこともある、と私は思います。
最近は「ほめて育てる」という考えもよく聞きますが、「努力」でなく「能力」をほめられた子どもというのは、のちのち長じて能力をほめられるために嘘をつく、という文献もあります。自分の能力が高いとほめられる、という状態を維持するために簡単な課題にしかトライしないとか。無理にほめて育てようとするより、自然に接した方がいいと思います。
オキシトシンの
表と裏
――先ほどオキシトシンという言葉も出てきましたけど、著作の中で、「オキシトシンは愛情や絆を高める一方、ねたみや排除の感情も高める」と書かれていたことに驚きました。オキシトシンといえば母乳の分泌を促したり、よいイメージしかなかったので。
そうですね。裏表かなぁと思うんですよね。オキシトシンが本当にそんなにいいものであれば、もっと分泌されていないとおかしい。けれども、実際はこの範囲内での分泌量におさまっているということは、このバランスの中で調整ができている、と捉えるべきだと思うんですよね。出過ぎないことに意味があるはずで。
例えば災害対応などはすごく象徴的だと思うんですけれど、みんなで災害の復旧に当たっているときに、ひとりだけそれに乗っかっているフリーライダー(コストや労働を負担せず利益にただ乗りする人)がいたとしたら、やっぱり、その人にはふるまいを改めてもらわないと災害の復旧は進まない。
なぜなら「ただ乗りしていても復旧が進むなら、自分は手伝いません」っていう人が増えてきますよね。真面目にやる人ほど損をするという構造ができて、その共同体は崩壊してしまう。共同体を崩壊させないための機能を促進する脳内物質がオキシトシンなので、やっぱりフリーライダーのような人がいれば、どうしても排除しようとする攻撃行動が起きてしまうのは仕方がないところですね。
これが、お子さんがいるお母さん方の場合には、子どもがフリーライダーに見えちゃう場合というのがおそらくあると思うんです。そういうときに子どもを過剰に叱ってしまったり、怒りが止められないんじゃないかって気持ちになったりするお母さんがいるかもしれないんですが、オキシトシンが出過ぎっていうこともあるわけですよね。
自分の注意が向いている子どもであればあるほど、そのふるまいが気になってしょうがない、ということがあり得る。もしもそれが高じて手をあげそうなときは、そばにいることよりも、子どもと距離を取ることが愛情かもしれないということを、ちょっと考えてみてほしいです。
世の中と自分、
どちらが悪いわけではなく
――やはり著作の中で、「AIやロボットが人に取って代わるこれからの時代、一番必要なのはコミュニケーション能力」という言葉も印象的でしたが、どうしたらコミュニケーション能力は磨けると思われますか?
適切な量のコミュニケーションって、実はなかなか定義できないですよね。自由にふるまうことが推奨されるコミュニティももちろんあるし、逆に上意下達のコミュニティもある。どこでやっていきたいのか、というところがまず問われるのと、またそれを親が決めることもなかなか難しいというところが悩ましいでしょうね。
ただ、幸い、私たちは自分のふるまいを完全に遺伝子に規定されているわけではなくて、性格そのものを変えることは難しいけれども、行動の様式を変えることは比較的簡単にできる。これは人間が大きな脳を持っているおかげでできることです。自分がここに合わせたいなというコミュニティが見つかれば、それに合ったコミュニケーションの様式を学習するということが、比較的年齢が高齢になってもできる。
高齢になればなるほど適応は早いはず、なんですね、本来は。成功体験が邪魔をしさえしなければ(笑)。なので、あんまり心配することはないのかなと思いますけれども……、柔軟に対応できる脳を作ってあげることが、一番の教育なのかなと思います。
――さまざまなコミュニティと、コミュニケーション。中野さんがまた別の場所で「もっといろんな違いを認める世の中になってほしい」とおっしゃっていたことを思い出しました。
一朝一夕に変わるものではないというのが、現実にはあるでしょうね。でもまあ、世の中が悪いのか自分が悪いのか、どっちも悪いわけではなくて……。うまく妥協点を探して、一番居心地のいいところを見つけられるといいなぁと思います。もしかしたらお母さんは、お子さんに対してそれの手助けはできるかもしれないですね。子どもより何十年か先に生まれて、世の中を見ている分だけ。
BOOK INFORMATION
『超 勉強力』
プレジデント社 本体1000円+税
頭のよさは後天的に伸ばせる! 試験、仕事、そして人生で確実に結果を出す。今の自分を超えていく! 脳科学×経験知から導き出した、学びを最大化するメソッド(「BOOK」より)
研究者であり法学博士、ニューヨーク州弁護士でもある山口真由さんとの共著。
最新情報はInstagramをCHECK!
Instagram @nobuko.n.nakano
インタビュー/原陽子 撮影/中垣美沙(kodomoe2018年10月号掲載)※本誌の内容から一部変更になっている箇所があります