奥山佳恵さんロングインタビュー。子育ての大変に健常者も障がい者もなかった。【後編】
ブログで公表
「よくぞ言ってくれた」
5回の手術を乗り越えて、美良生くんの心臓は元気になった。奥山さんは、日々の生活をつづるブログの中で次男がダウン症であることをカミングアウトする。
――心臓は根治したんですね。よかったです。
あとは健常の子と同じようにごはんを食べて、自分のことは自分でできるようにこちらが促して育てていくだけなんですね。子育てはみんな大変なもので、ダウン症の子を育てているのも同じ子育てです。同じ大変さです。子育ての大変に健常者も障がい者もなかったなぁと、私は思いました。
最初にすごく不安だったのは、見えない生活だったから。いざ生活が始まってみたら、案外普通で、「あ、なんだ」と思いましたね。そのときから「なんだ」をもっと伝えたいなと思ったんです。私がそうだったように、多くの方が「ダウン症ってなんだろう」と漠然と不安を感じてらっしゃるんであれば、私が経験したことを伝えたら少しは皆さんの不安が軽減されるんじゃないか。だから伝えたい、という側になったんですよね。
――美良生くんがダウン症であることを公表されたのは、生後1年くらいのころでした。
1歳までは健常の子もダウン症の子もそんなに差はないんです。立って歩き出す1歳ぐらいからだんだん開きが出てくる。公表したのはその時期でした。ちょうど、NHKスペシャルで出生前診断についての番組を見たんですね。お腹の中の子に障がいがあることが分かると8割が中絶を選ぶという内容だったんですが、長男に聞かれたのでかみ砕いて説明したら、「ママはテレビに出ている人なんだから、ダウン症の子はかわいいってことをもっと伝えなきゃダメだよ」と言うんです。「いろんな事情があって、いろんな家庭があるんだから“これがいい”とは言えないんだよ」と説明したんですけれど、「でも、うちを見てもらったら分かるんじゃないか」と言われて、そうだなって。
ブログでは次男の誕生は報告していましたけど、美良生くんが成長が遅いと、私も書きづらくなってしまうんです。書くと「なんでまだハイハイもしないの」とか、疑問に思われるから書けない。書かないと、美良生くんを仲間外れにしている気持ちになってジレンマになったので、私は公表したかった。ただ、空良のことがやっぱり心配だったので、空良に決めてもらうことにしました。そしたら、「公表したい」って。「あなたが、からかわれることになるかもしれないんだよ」と言っても、空良は「いいよ」と。「僕の弟はかわいい時期も長いからいいだろうって自慢してやるから」と言ってくれた。息子に力をもらって公表したんですね。
――ますますいいお兄ちゃんです。
美良生くんの情報を勝手に私が伝えてしまうことの責任も感じたんですけど、公表することで、美良生くんがのちのち暮らしやすい世の中になればいいな、そうしなきゃいけないとの思いもありました。ダウン症や、少数派の子どもたちが堂々とお日様の下を歩いていける世の中にしていかなければいけない。障がいを持った子たちは、みんなとは少し違うかもしれないけれども、みんなと同じような気持ちで生きていますよっていうことを伝えることで、暮らしやすくしていきたい。いろんな思いを込めて、ブログを書きました。
――ブログの反響は?
怖くてキーボードが押せなくて、美良生くんと一緒にポチッと押したんです。でも、すごく温かいお言葉をたくさんいただけた。いろんな病気や葛藤を抱えている方々って、こんなに世の中にいらっしゃったんだって。嬉しかったのは、同じダウン症の子を抱えるお母さんから「よくぞ言ってくれた」と言ってもらえたこと。その日のコメントは、そのときから2年(当時)たった今でもまだ増え続けています。
――公表したあと、平穏な日々がやってきましたか。
楽になりましたね。ストレスがあるとすれば、電車に乗っているときに見知らぬ方から「いくつ?」って子どもの年齢を聞かれることくらいかな。やっぱり成長がゆっくりなんで小さくて驚かれるから、“もう年齢詐称しちゃおうかな(笑)”ぐらいの大変さはありましたけど。もうそれぐらい。なんの気負いもなく楽しい毎日がずっと続きました。
――昨年秋にはテレビでも公表された。
そのときも、ありがたいことに、温かい心ばかりが返ってきました。どこにいっても「美良生くん、かわいいねえ」って声かけていただいて。みなさんに、こんなにかわいい子がいるんだよとお知らせできて、嬉しいです。
焦らず、比べず
期待せずにあきらめない
障がいがあっても、ただ彼は生まれてきて彼のペースでにこやかに生きているだけ。 美良生くんは全然不幸じゃない。
――日々が楽しそうですね。
健常の子であったら、3歳何か月になるのにまだおむつがとれないとか、どうしても情報に振り回されて苦しむと思うんです。空良のときは、のんびりした私でもそうだったんです。テレビを見ていても雑誌を読んでいても、よその子と比べるというのはずっとついて回ると思うんですよ。今だったら小学校6年生の空良に「あの子は学校から帰ってきたらすぐ勉強するんですってよ」って、ついつい比較して言ってしまう。ところが、美良生は比較の対象でもないぐらい、健常の子たちと差が離れているんです。そうすると私も本人も楽なんですね。そこで初めて、「比べることってなんて人を幸せにしないんだろう、比べると誰も幸せにならないんだなぁ」と気がつきました。
――それは、美良生くんが教えてくれた。
美良生くんが教えてくれたことです。この子だけの幸せを見て、この目の前にいる子どもたちの今日一日の笑顔を、どれだけ私が作ってあげられるか、しか見てないんですね。最初の子育てで笑顔を忘れていた私がしたかった、望んでた楽しい子育てだなって、今は思えています。やっとここまでたどり着きました。ふたり目が生まれて、障がいが分かったときに、本当にどん底のような気持ちになったんですけど、でも、どん底になっているのは私が勝手にそこに行っているだけで、美良生くんはずっと笑顔なんですよ。美良生くんはどん底でもなんでもないんです。ただ彼は生まれてきて、彼のペースでにこやかに生きているだけで、美良生くんは全然不幸じゃない。
――それが分かるわけですね。
彼は毎日笑っているんです。「おはよう」から「おやすみ」まで、あの子は笑っていて、みんなを優しい気持ちにしてくれるんです。
――美良生くんのあだ名は「とげ抜き地蔵」だそうですけれど。
とげ抜き地蔵ですよ、本当。彼がいてくれるだけで、ささくれだった心のとげが抜けちゃう。つらい世の中でも、きっと幸せになれます。
――この春、美良生くんは幼稚園。ご心配もあるでしょう。
心配ですよー。バスに乗ってひとりで行くんですよ。発達にちょっと遅れがある子たちが通う支援型の幼稚園なのでケアは手厚いと思うんですけど。とは言え、ひとりで……。まだ言葉が上手に発せないので、どうコミュニケーションとるんだろうって。
――ちっちゃいですもんねえ。
ちっちゃい。ようやく歩けたぐらいなんですよね。でも、発達は遅くとも、徐々に教えてやれば、きっとなんでもできるんですよね。親が上限を決めて「できないだろう」って思っちゃいけないんだなってことも学びました。
――急がせなかったらできる。
ただ、私はあまりにものんびりしているので、うっかりおむつ外しの時期を過ぎちゃったんですよ。健常の子と違うのは、覚えるまでに多少時間がかかる。こっちが教えないといつまでも覚えないので、教えることはたくさんあります。ただ、必ず習得できると思っているし、私は彼は自立ができると思っていて、自分で自分のことは全部できることが目標です。焦らず、比べず、期待はしないけれども、あきらめない。
――ただ今、子育て奮闘中ですね。
はい! その子の笑顔とその子の歩みと一緒に、でもちょっとリードしながら、自立ができるようなことを教えてあげるっていうのが私の今の子育ての目標です。一緒にのんびり歩むことができて、こんなに優しい時間をくれている美良生くんに感謝しています。
未公開の子育てショット!
kodomoe webで人気だった奥山さんの子育てレシピ連載「たのしむこそだて(全150回)」。未公開の子育てショットを見せていただきました!
地元湘南の海岸で。美良生くんのこの笑顔!「この笑顔にいつも癒されています」。
長男の空良くんと。「私と長男でおそろいのブルゾン。昨年(当時)のサンタさんからのプレゼントです♪」
奥山さん親子の
お気に入り絵本
奥山さんが自分の子どものころ読んでいた、そして今(取材当時)子どもたちにもよく読んであげる絵本をうかがいました。
『からすのパンやさん』
かこさとし/作 偕成社 本体1000円+税
「私も小さいころ大好きで、今は特大サイズまで持っています。もうバイブルです。パンがずらっと並んだページで空良が選ぶのは、いつも決まってくりパン」
『おつきさまこんばんは』
林明子/作 福音館書店 本体700円+税
「空良は小さいときはこの本を見て『こんばんは』という言葉を覚えました。月に関心を持つきっかけになって、今はその延長で天体に興味が広がっています」
『おばけのてんぷら』
せなけいこ/作 ポプラ社 本体1200円+税
「この本は美良生くんがだーいすき! まだ言葉が少ないですが、この本を見ながら『おいしそう~』『たべる~』だけは、めちゃくちゃハッキリ言えます(笑)」
kodomoe webでは、奥山さんが全国津々浦々のラーメン屋さんを紹介する「ラーメン天国」を好評連載中。過去の連載「たのしむ子育て(全150回)」では、お子さんと一緒に料理を楽しむようすも。ぜひご覧ください♪
インタビュー/島﨑今日子 撮影/黒澤義教 ヘアメイク/稲葉功次郎(KiKi inc.) スタイリング/佐々田加奈子(kodomoe2015年4月号掲載)※本誌の内容から一部変更になっている箇所があります