11月のテーマは「きく絵本」【広松由希子の今月の絵本・89】
絵本作家で評論家の広松由希子さんの連載。毎月、テーマに沿った、おすすめ絵本をセレクトしていただきます!
11月のテーマは「きく絵本」
菊絵本? いえ、<聞く/聴く>絵本です。といっても、音源がついている絵本じゃなくて。
音が出るしかけなどなくても、絵と文で聴覚を刺激する、画面に耳を澄ましたくなる絵本を集めてみました。
きく絵本のファーストブックといえば、これこれ。赤ちゃん絵本のベストセラー『じゃあじゃあびりびり』です。ページをめくるごとに、小さな人たちが日常で目にするものが、よく耳にする「音」といっしょに登場します。
「じどうしゃ ぶーぶーぶーぶー」「いぬ わんわんわんわん」「みず じゃあじゃあじゃあ」「かみ びりびりびり びりびりびり」
小さな手にうれしい小さな判型は、赤ちゃんの肩幅を意識して作られたそう。
扉には、題名と作者名の下に、「このえほんは ちゃんのえほんです」と名前を入れる空欄があります。さあ、この絵本は、あなたのものですよ。この世界は、あなたを歓迎していますよ、と語りかけているように感じられます。
赤ちゃん絵本は、あまねく読んでもらうものだから、ことばの意味とは別に、声できく音がだいじなのはいうまでもありません。
くっきりわかりやすく親しげな絵と、繰り返しのオノマトペに、赤ちゃんの目と耳は釘づけに。これから広がっていく、絵本の世界の扉を開く一冊になるでしょう。
『じゃあじゃあびりびり』
まついのりこ/作 偕成社
本体600円+税 1983
秋が深まってくると、冬眠気分。あったかい穴ぐら(家)にこもって、毎年読みたくなるのが『ぽとんぽとんはなんのおと』。
冬ごもりの穴の中で、生まれたばかりのふたごのぼうやと、母さんの会話が繰り返されます。
「かーん かーんって おとが するよ。かーん かーんって なんの おと?」
それは、きっと遠い森から響いてくる、木こりが木を切る音。
「でも、だいじょうぶ。きこりは ここまで こないから、ぼうやは ゆっくり おやすみね」
おっぱいのんでは、くうくう眠り、ふと目を覚ましては、
「ほっほーって なんの おと?」「つっぴい つっぴいって なんの おと?」「どどー どどーって なんの おと?」
雪の降り積もる、深い冬から、だんだん音が変わってきます。子どもを安心させては寝つかせていたかあさんぐまも、もうすぐ訪れる春の気配を感じ、伝えます。
やがて「ぽとん ぽとん」、そして、鼻をくすぐるいいにおいが!
想像を喚起する「音」の響き、穴の中から思い描く情景の、やわらかい美しさ。初版から40年経っても、初々しくて新しい。
幼い子どもたちの疑問符に寄り添いながら、北の春のよろこびを分かち合う、とびきりの冬の贈り物です。
『ぽとんぽとんはなんのおと』
神沢利子/作 平山英三/絵 福音館書店
本体900円+税 1980/1985
『きこえる?』には、一切、擬音が出てきません。ただシンプルを極めた絵と、ぽつんと短い言葉が、聴覚にはたらきかけるみたい。
背景に溶け込みそうな色合いの、淡いシルエットが浮かび上がります。薄い水色にクリーム色や、やさしい藤色のコントラスト。
「きこえる?」と語りかけられると、思わず画面に目をこらし、耳を澄ませたくなる。
「はっぱの ゆれる おと」「はなの ひらく おと」「ほしの ひかる おと」
読み聞かせをする側にも、新鮮な驚きがあります。
幼い子どもたちが水を打ったように静まりかえったことも、読後に86歳の男性から「生まれて初めて『星の光る音』を聞いたよ」と言われたことも、忘れられない体験です。
2013年にブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)の国際審査会場で、なりゆきで即興読み聞かせをしたときには、この本がアジア、アフリカ、ヨーロッパ、どの国の人にとっても想像力と五感を揺さぶる絵本であることを実感しました。
世代も国境も越えて、人の内側にきこえてくる絵本なのだと思います。
『きこえる?』
はいじまのぶひこ/作 福音館書店
本体1400円+税 2012
最後に、ウクライナの才気と感受性あふれる絵本ユニットによる新刊『うるさく、しずかに、ひそひそと』を紹介させてください。
2017年春のボローニャのブックフェアで、ひとめぼれした絵本なのですが、不思議なご縁がつながって、このたび翻訳出版することができました。
きくことについて、あらゆる角度から、グラフィックに、科学的に、そして哲学的に語る絵本です。
宇宙で最初の音、ビッグバンから始まって、聴覚器官のしくみ、楽器の音や、わたしたちの体が出す音、家や町や自然の音、動物たちの鳴き声や聴力、騒音、言語や手話……などなど、絵とことばで「きく」楽しさ、読むほどに深まる面白さを感じられます。
美しい紙に特色の印刷。圧巻は、音(擬音)の雨が降り注ぐなか、傘でさえぎる場面。その後に続く、1、2、3場面の豊かな沈黙にしびれます。
自分で読むなら、小学生から大人まで。好きなページの拾い読みも、またよし。子どもが寝静まった後の、自分のための特別な絵本の時間にも、おすすめです。
続刊の「みる絵本」『目で見てかんじて』も、おたのしみに。
『うるさく、しずかに、ひそひそと』
ロマナ・ロマニーシン、アンドリー・レシヴ/作 広松由希子/訳 河出書房新社
本体2000円+税 2019
感覚の中で、人とのつきあいがいちばん長いのが聴覚だとか。生まれる前のおなかの中から、臨終の後までも、人の耳は聞こえているのですって。
冬の足音、最初の雪のひとひら、心をしずめて、耳を澄ませたい季節です。
【イベントのお知らせ】
『うるさく、しずかに、ひそひそと』 『目で見てかんじて』2冊刊行記念トークイベント
原宿シーモアグラス
渋谷区神宮前6-27-8京セラ原宿ビル地下1階
明治通り沿いカルバンクラインとなりの階段を降りる。
0354699469
広松由希子 ひろまつゆきこ/絵本の文、評論、展示、講座や絵本コンペ審査員などで活躍中。
2017年ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長。著作に絵本『おかえりたまご』(アリス館)、「いまむかしえほん」シリーズ(全11冊 岩崎書店)や 2001~2012年の絵本案内『きょうの絵本 あしたの絵本』、訳書に『ヒキガエルがいく』(岩波書店)『うるさく、しずかに、ひそひそと』(河出書房新社)など。2020年8月、絵本の読めるおそうざい屋「83gocco」をオープン。https://83gocco.tokyo
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