7月のテーマは「ふきげんな絵本」【広松由希子の今月の絵本・85】
絵本作家で評論家の広松由希子さんの連載。毎月、テーマに沿った、おすすめ絵本をセレクトしていただきます!
7月のテーマは「ふきげんな絵本」
降ったりやんだり、寒いと思ったら急に暑くなったりの週末でした。楽しい出会いにうれしくなったり、選挙結果にがっかりしたり、気候も機嫌もずいぶん忙しいのでした。機嫌というのは、お天気のようで、自分ではなかなかコントロールできないもの。経験の少ない子どもなら、なおさらですね。
ごきげんななめになりがちな季節、読み終わる頃には、気分が少しでも上向きになるように願いつつ、絵本を選んでみました。
ごきげんななめといえば……懐かしい絵本をひさしぶりに引っぱり出しました。エリック・カールの『ごきげんななめのてんとうむし』です。
朝5時、アリマキがくっついた1枚の葉っぱに、きげんのよいてんとうむしと、ごきげんななめのてんとうむしが飛んできます。
「あっちへ いけ。ぼくが こいつを たべるんだ」というのは、もちろん、ごきげんななめのてんとうむし。「わけて たべようよ。」と言われると、「いやだ。ぜえんぶ ぼくのだ。たべたかったら けんかで くるか?」と息巻きます。でも、「けんか? やっても いいよ。」と答えられたら、ひるんじゃう。「けんかするには、おまえじゃ ちいさすぎるな。」「ぼくの つよいところを みせてやる。」と言い残し、もっと大きい生き物にけんかをふっかけるために、飛んでいきます。
ページをめくると、おお、壮観。細長いページから大きなページまで、十二ひとえのように並んだページを、1枚ずつめくっていくしかけ。てんとうむしがけんかをふっかける相手が、ハチからはじまり、クワガタ、カマキリ、スズメ……だんだん大きくなっていきます。でも、ゴリラだろうと、サイだろうと、ゾウだろうと(!)、いざ相手が応じようとすると、「ぼくの あいてにしちゃ、ちいさい ちいさい。」とビビって、次の相手を探しにいきます。
ページの上のほうには時計が描かれていて、新しい相手に出会うたびに1時間ずつ時が流れていくのがわかります。ちらりとのぞく黄色い太陽が、地平から昇って、12時にはてっぺんに。そして、また沈んでいくデザインが、さりげなくすてきです。最後に行き着いた相手のとてつもないスケールの大きさと、あっけない仕打ち。くたくたではらぺこでほうほうのていの身に、やさしいことばと、残してくれたごはんがしみます。頑固なごきげんななめも、とろけます。
同じ作者の『はらぺこあおむし』や『くまさん くまさん なにみてるの?』などとくらべると文が長く、ある程度、理屈がわかるようになってからのほうが楽しめそう。わたしなら、繰り返しの部分は、ちょっと早口で読みたいかな。
『ごきげんななめのてんとうむし』
エリック=カール/作 もりひさし/訳 偕成社
本体1500円+税 1980
『けんかのきもち』の仏頂面は、強烈! 畳に寝そべり、天井をにらみつけ、黙って泣く主人公「たい」。子どもたちの遊び場「遊び島」で、いちばんのなかよし「こうた」と、大げんかをしたのです。すねて、隣の自宅にひとり帰ってきたところ。
つかみ合いのけんかなんて、今日びなかなか見なくなったけれど、ここでは、子どもたちは感情をぶつけ合うんですね。どつかれて、しりもちついて。泣きたい気持ち、くやしい気持ち、恥ずかしい気持ち、腹がふつふつ煮えておさまらない気持ち……生々しく変化する「けんかのきもち」が、主人公の内側から描かれます。いいとかいけないとか、けんかはやめてなかよくしましょうとか、そんなしつけ本ではありません。「遊び島」を主宰する作者・柴田愛子さんが、子どもたち=読者を信頼して、そのままポンと、手渡している絵本のありようがいい。
筆に気持ちを充満させて、思いきり紙にぶつけたような、迫力ある伊藤秀男さんの絵。本から顔も気持ちもはみ出る勢いです。赤を中心とした、激しい色。和紙のしわや、絵の具のにじみからも、けんかの気持ちがじんじん伝わってくる。汗も涙もにじみ出しそうな、脈打つ画面に共振します。
おなかがくちくなって、こうたに謝られても、もうけんかしないよなんて、都合のいいハッピーエンドではないんですよね。けんかの気持ちは終わらない。でも読む前とは、ちょっとちがう、いっぺん洗われたような気分で絵本を閉じられそう。
『けんかのきもち』
柴田愛子/文 伊藤秀男/絵 ポプラ社
本体1200円+税 2001
ヨシタケシンスケさんの新刊『ころべばいいのに』の女の子のふきげん目つきも、ハンパじゃない。この子には(みんなそうだと思うけど)「きらいなひと」が何人か、いるのです。そのせいで、イヤなことを思い出し、自己嫌悪にも陥っちゃうし……「ああ、だれかを にくんでいるじかんが もったいない!」
そうは思ってもコントロールできない、自分のイヤな気分との対処法。きらいな人は、頭の中でやっつける。ちっちゃくして、てのひらにのせ、蚊をたたくように「パーン!」とかね(うんうん)。イヤなことがあったら、自分をかわいそうな映画のヒロインと思い込み、撮影シーンだと思ってみるとか(あるある)。ダメダメな日には、全然関係ないナンセンスな動作に打ち込んでみるとか(やるやる……わたしはひたすら丸めたりするのが好き)。ふとした拍子にきげんがなおることもあれば、どうにもならないこともある。でも「イヤなきぶん」が雨みたいなものだとしたら、いつかはやむのかな……。
思うようにならないことも多いけど、今日をなんとか生きるためのヨシタケ流処方箋。まずは、この本を読みながら、自分の中のイヤな気持ちを「イヤ」と認めるのが第一歩かしら。それから、大人も子どももああでもないこうでもない、考えてみたい。きらいなひとや、イヤなことが降ってきたとき、いつでも自分を励ませるような気分転換のもと=「はげましアイテム」も、はさみ込みで募集してます。
いいことも悪いことも降ってきがちな人生に、一見まるで役に立たなそうな発想力・妄想力・考え続ける悶々力が大きな支えになります(実感)。
『ころべばいいのに』
ヨシタケシンスケ/作 ブロンズ新社
本体1400円+税 2019
おしまいに、半世紀もの間、ずっとふきげんを貫いてきたルルちゃんにご登場いただきましょう。せなけいこさんのロングセラーは、きかんぼが主役。泣きやまなかったり、かんしゃく起こしたり、寝なかったり……気分のままに動く子どもたちと、それに負けない母さんのガチンコバトルのような絵本たちですよね。ふんわり寝かしつけたり、なだめたりするのでなく、しっかりこわがらせちゃう。
なかでも『いやだ いやだ』は、シリーズタイトルにもなった、強烈な一冊。「なんでも すぐに いやだって いう」ルルちゃんに対して、「それなら かあさんも いやだって いうわ」「いくら よんでも だっこしない」と、きっぱり。かあさんは、イヤイヤ期のルルちゃんに堪忍袋の緒が切れたって感じで、ここからたたみかける反撃がすごい。ルルちゃんの好きなおやつも、おひさまも、くつも、最愛のくまちゃんにだって「いやだ」って言わせるんですからね。かあさん、目についたもの、かたっぱしから言わせているんじゃない? (笑)って思うようなランダムさから、リアルな腹立ち具合が伝わります。
まあ、ある意味、大人気ない。こんなに親がとりつくろわない絵本、出版当時はたいへん珍しかったと思います。どう見ても良妻賢母的な母親像ではなく、普段着のかあさんが、絵本という「教育的アイテム」に登場し、子育てのイライラをユーモラスに代弁してくれたのだから、画期的だったでしょう。あたたかく親しみやすいちぎり絵ではありますが、表紙も、扉も、裏表紙も、とにかく怒ってます。11場面しかない幼児絵本で、9場面が、ケーキもくつも眉をしかめたこわい顔という、攻めの姿勢。子どもたちに立ち向かう、かあさんたちの味方になって、半世紀。2019年2月の時点で135刷!
実は、娘が小さいときはたいへんこわがりだったこともあり、うちでは『いやだいやだ』や『ねないこだれだ』は、ほとんど読みませんでした。せなさんの『あーんあん』は、大好きで繰り返し読みました。子どものタイプにもよるし、親のタイプにもよるかも。ひとりひとりの、そのときそのときにあわせて読めばいいと思います。
はっきり言えるのは、へそまがりも、ごきげんななめも、昔からちゃーんといたんだってこと。お母さんもお父さんもそうだったし、おばあちゃんたちも、イヤイヤ期の子どもには手を焼いたんだろうなあ……と思うと、少し気分が和むかな。
『いやだいやだ』
せなけいこ/作 福音館書店
本体700円+税 1969
今月から、「『ねないこだれだ』誕生50周年記念 せなけいこ展」も始まりましたね。神奈川の横須賀美術館から、愛知の刈谷市美術館、大阪の阪急うめだギャラリーへと巡回する予定。きかんぼとおばけたちが生き生き暮らす原画に会えますよ。
ふきげんとつきあいながら、ごきげんもいっぱいの夏になりますように。
広松由希子 ひろまつゆきこ/絵本の文、評論、展示、講座や絵本コンペ審査員などで活躍中。
2017年ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長。著作に絵本『おかえりたまご』(アリス館)、「いまむかしえほん」シリーズ(全11冊 岩崎書店)や 2001~2012年の絵本案内『きょうの絵本 あしたの絵本』、訳書に『ヒキガエルがいく』(岩波書店)『うるさく、しずかに、ひそひそと』(河出書房新社)など。2020年8月、絵本の読めるおそうざい屋「83gocco」をオープン。https://83gocco.tokyo
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