2013年9月19日

9月のテーマは「『はじめて』の絵本」【広松由希子の今月の絵本・23】

絵本作家で評論家の広松由希子さんの連載。毎月、テーマに沿った、おすすめ絵本をセレクトしていただきます!

9月のテーマは「『はじめて』の絵本」

毎日が、小さな「はじめて」の積み重ね。
いくつになっても、思いもよらない失敗をやらかしては、
開き直って、はじめての感覚を楽しんだりしています。

(出張前夜に、必死でパスポート捜索するなんて、初体験でした~)

でも、子どもの頃のはじめての体験は、もっと全身でドキドキだった気がするなあ。
今月は、はじめてだらけで、震えていた頃の気持ちを思い出しながら、
「胸の本棚」から絵本を引っぱり出してみます。

(と、体よく書いてみましたが、実はここ2週間、日本を離れて仕事中。
記憶をひもとく「エア本棚」に頼るしかないのでした。
窮地の初体験に、どうぞおつきあいください)

hiromatsu23.jpg

 

子どもの「はじめて」を描いた絵本といえば、
まず思い出すのが『はじめてのおつかい』(筒井頼子/作 林明子.絵 福音館書店)ですが、
同じ画家が作・絵を手がけた
『はじめてのキャンプ』も、初々しい気持ちで胸がいっぱいになる一冊。

なほちゃんは、小さい女の子。
だけど、大きい子たちが行くキャンプに
「わたしも いく!」と、断固として主張します。
「ちっちゃいこは だめ!」と言われても、
大きい子とおなじに、ちゃんとできるって約束しますが……はたして?

なにもかもはじめてのキャンプは、
楽しい、おいしいばかりじゃありません。
ふだんとちがう場所で、大きい人に囲まれて、
重かったり、冷たかったり、びっくりしたり、怖かったり。
夜中に暗い外に出ておしっこにいくなんて、新鮮な体験も待ってます。

絵本と幼年童話の間みたいなかたち。
ページ数は100ページあっても、
短いことばと、表情豊かな絵にひっぱられて、
どんどんめくれるから、絵本と読み物の橋渡しにも最適ですよ。
読んであげれば、3歳くらいからドキドキを共有できます。

camp.jpg

『はじめてのキャンプ』
林明子/作 福音館書店
定価1260円 1984

 

初体験の感情といえば、
今も思い出すのは、幼い日のおるすばん。
べそをかく弟をなだめながら過ごした1、2時間。
がまんしていた涙が、母の顔を見るなり、
どっとあふれて、豪快に泣いたこと。

『あめのひのおるすばん』を読むと、
あの永遠に続くように感じた不安な時間と、
その後の大きな安堵がよみがえります。

45年前に作られた絵本ですが、
今見ても、新鮮な印象があります。

たとえば、第一画面は、ぽっかり緑の風船が浮かぶだけ。
「おかあさん どこまで いったか みてきて」

「すぐって いったのに まだかしら」

ぽつり、ぽつりと、心のつぶやき。
象徴的な絵の断片と、大きな余白。
文と絵がぴったりではなくて、
微妙なすきまが、見る人の想いを引き出します。

いわさきちひろの絵本作りの転機となった作品でした。
あふれる情感を、描き過ぎないように極力抑えながら、
画法も印刷も、場面ごとにはじめての試みを果敢に盛り込んでいます。
そんな作者のドキドキも重なって、子どものふるえる心が伝わってくるよう。

amenohino.jpg

『あめのひのおるすばん』
岩崎ちひろ/絵・文 武市八十雄/案
至光社 定価1260円 1968

 

さて、もう1冊。最近翻訳した「はじめて」絵本を紹介させてください。
おつかいでも、おるすばんでもありません。
小さい女の子の、はじめての競馬体験なんです。

「わたし」のお気に入りは、「トト」という馬のぬいぐるみ。
ほんものの馬を見たいと願っていたら、
ある日曜日、おじいちゃんが
競馬場に連れて行ってくれることになりました。

「ほんものの うまって どんなかな?」

着いたところは、人、人、人……
見たり、書いたり、考えたりしています。
はじめての異様な光景に、
女の子が目を見張り、いろいろ感じていることが、
絵から伝わってきます。

めくるごとに驚かされる、
画材も技法もさまざまな
存在感たっぷりの奔放な絵。
大人たちのよどんだ顔、おじいちゃんのだめっぷりなど、
なんともリアルで味わい深い。

はじめての馬を見たときの驚きとときめき、
トトそっくりの馬との出会い、
そして、はじめてのレースの行方は?

「もう ぜったい! トトが かつに きまってる」

子どもみたいな初々しい目をもつ、
韓国の新進絵本作家のデビュー作です。

toto.jpg

『はしれ、トト!』
チョウンヨン/作 ひろまつゆきこ/訳
文化出版局 定価1890円 2013

 


出張先のエア本棚での原稿は、ちょっと無謀な試みでしたが(汗)
はじめての出会いや出来事の いっぱいつまった旅でした。

昨日の続きと思っても、
今日は、やっぱりはじめての日。

明日も、わくわくと迎えられますように。

 

広松由希子 ひろまつゆきこ/絵本の文、評論、展示、講座や絵本コンペ審査員などで活躍中。
2017年ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長。著作に絵本『おかえりたまご』(アリス館)、「いまむかしえほん」シリーズ(全11冊 岩崎書店)や 2001~2012年の絵本案内『きょうの絵本 あしたの絵本』、訳書に『ヒキガエルがいく』(岩波書店)『うるさく、しずかに、ひそひそと』(河出書房新社)など。2020年8月、絵本の読めるおそうざい屋「83gocco」をオープン。https://83gocco.tokyo

web連載「広松由希子の今月の絵本」

Twitter https://twitter.com/yukisse
facebook https://www.facebook.com/yukiko.hiromatsu

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