10月のテーマは「走る絵本」【広松由希子の今月の絵本・77】
絵本作家で評論家の広松由希子さんの連載。毎月、テーマに沿った、おすすめ絵本をセレクトしていただきます!
10月のテーマは「走る絵本」
走るのが気持ちいい季節になりました。
速くても遅くても、いいんです。
駆け出したくなるような、走る絵本を楽しく読みましょう。
まず、小さい人たちと読みたいのは、その名も『はしるの だいすき』です。
開くと、真っ白の見開きの上手(右)のほうから、ちらっと黄色いだれかが走ってくる姿が見えます。
「びゅん びゅん はしってくるの だれかしら」
めくると、その正体が。あっというまに、下手(左)のほうへ駆け抜けていくところ。
「びゅん びゅん はしるの ちーたーだ」
続いて「ぱんか ぱんか はしってくるの だれかしら」
今度は、上手に、しましまの姿がちらっと見えます。めくると、やっぱり
「ぱんか ぱんか みんなで はしる しまうま」
なるほど。チーターは1頭でさっそうと駆け抜けていったけれど、シマウマは草食動物だから、群れなんですね。
そして、その群れの後を「ずんか ずんか」走ってくるのがだれだかわかると、シマウマが群れで逃げていたわけも合点がいきます。
太くて柔らかい輪郭線で描かれた動物たち。二拍子のシンプルな展開だけど、ちゃんと理にかなった世界観を伝えていて。和歌山静子さんは、赤ちゃん絵本の名手です。
「どっぱ どっぱ」「ごずん ごずん」ユニークな擬音語で、どんどん走ってくるのがうれしい。
めくるよろこびを味わいながら、まだ走れない赤ちゃんだって、走る気分になれますね。
『はしるのだいすき』
わかやましずこ/作 福音館書店
本体800円+税 2003
走ることがひたすらうれしかった小さな頃から、少し大きくなってくると、人と比べて速いとか遅いとか、コンプレックスや複雑な気持ちも芽生えてきますね。
昔ながらの遊びでも「かんけり」や「どろけい」など、走ることが中心の遊びは、ドキドキするもの。
『かんけり』の主人公、ちえちゃんは、ひっこみ思案で緊張しい。本当はあんまりやりたくなくても、なかよしのりえちゃんから誘われたら、いやとはいえません。放課後、近所の子どもたちが7人集まり、かんけりが始まります。りえちゃんといっしょにじっと隠れているうちはよかったけれど、ひとりずつオニにつかまっていきます。みんなを助けに飛び出したりえちゃんも、ついにつかまってしまいました。最後のひとりになったちえちゃんは、缶をけるのがこわくて、まだ誰も助けたことがないのです。
「どうしよう…… どうしよう」
子ども時代の自分にさかのぼって、いろんな気持ちを呼び覚まし、描いてきた石川えりこさん。昭和を思わせる情景の中でも、内側のもやもやもんもん渦巻く気持ちは、今の子どもたちにもリアルに響くと思います。
クライマックスは、ラストの5見開き。自分に「よし!」と声をかけて全力で走るちえちゃん。一瞬に向かって、走りに走る一連のカメラワークが圧巻。解き放たれる読後感に身を浸して。
『かんけり』
石川えりこ/作 アリス館
本体1500円+税 2018
人生に全速力で走らねばならない時があるとしたら、「かしこいビル」にとっては、まさしくこの時がそうだったのでしょう。
ビルは、メリーのお気に入りのおもちゃの兵隊。『かしこいビル』は1920年代にイギリスでつくられ、世界で読み継がれている古典絵本です。
メリーはおばさんからの招待状を受け取り、お泊まりに出かけます。お気に入りのおもちゃや小物を全部持っていくために、お父さんからもらったトランクを出し、縦に入れたり横にしたり、一生懸命パッキングするのですが、結局時間切れとなってあわてて詰め込んだ結果……
「なんと!!」「なんと!!!」
この3文字だけが書かれたページが2ページも続くほど、ショックな事件が起きたのです。よりによって、大好きなビルを入れ忘れてしまったのですから。
取り残されて泣き濡れたビルでしたが、毅然として立ち上がり、家を出ると、メリーの乗った汽車を追いかけます!
「はしって、」「はしって、」「ぜんそくりょくで はしって、とうとうーー」
表紙から裏表紙まで、みごとなテンポ。場面のつながりとスピード感。絵と文の分かちがたい関係。
本当に、絵本をめくることの深いよろこびを教えてくれる絵本です……個人的には、この一冊との出会いに、人生を変えられてしまいました。
裏表紙の幸せな余韻まで、しっかり味わって。
『かしこいビル』
ウィリアム・ニコルソン/作 松岡享子・吉田新一/訳 ペンギン社
本体1000円+税 1982
最後に走るのは、機関車です。しっかり読みごたえのある物語絵本『はしれ、きかんしゃ ちからあし』。走るのは速くないけれど、たいへんちからもちの蒸気機関車の話です。
「ごっ、ごっ、ごっ、ごっ」と、重い貨物を引いて走るのが大好きな「ちからあし」には、「シュシュ、シュシュ」と客車を引いて走る、特急列車の「はやあし」という仲間がいました。仕事を終えた蒸気機関車たちは、機関庫に戻ると、その日の出来事を話し合います。
ところが、世の中の様子がだんだんおかしくなってきたことに気づきます……戦争が始まったのです。ちからあしは、米やリンゴのかわりに武器を積んで、工場と倉庫を行ったり来たりするように。そして、なかよしのはやあしも、爆弾にあたってしまいます……!
戦争が終わっても、もう走る意欲をなくしたちからあし。でも、駅長さんはちからあしに頼みました。
「みちを なおすんだ。いえを たてるんだ」「はこんでくれ、ちからあし。はしってくれ、ちからあし」
「ぼぉーっ! ごっとん、ごっとん、ごっ ごっ ごっ ごっ ごっ」
力強く、生き生きとした文と絵。ちからあしが走ることで、人々を元気づけていきます。
そうして復興の時代を走り続けたちからあしですが、その役目を終えるときが近づいてきます……ちからあしは、どうなるの?
懸命に走る機関車に、子どもも大人も感情移入せずにはいられません。たっぷり40ページの豊かな物語の時間を、親子で走り抜けてください。
『はしれ、きかんしゃ ちからあし』
小風さち/文 藍澤ミミ子/絵 福音館書店
本体1500円+税 2008
「走る」と「めくる」は相性がよくて、走る絵本を読んでいると、フィジカルにうれしくなってくるみたい。
でも、天高く馬肥ゆる秋。この高い青空の下、じっと肥えていく自分を思うと……やっぱり本を置いて、たまには外に出たいですねー。
走れる人は走りましょう。わたしは、ちょっと歩いてきます。ではまた、来月。
広松由希子 ひろまつゆきこ/絵本の文、評論、展示、講座や絵本コンペ審査員などで活躍中。
2017年ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長。著作に絵本『おかえりたまご』(アリス館)、「いまむかしえほん」シリーズ(全11冊 岩崎書店)や 2001~2012年の絵本案内『きょうの絵本 あしたの絵本』、訳書に『ヒキガエルがいく』(岩波書店)『うるさく、しずかに、ひそひそと』(河出書房新社)など。2020年8月、絵本の読めるおそうざい屋「83gocco」をオープン。https://83gocco.tokyo
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