11月のテーマは「おふろや絵本」【広松由希子の今月の絵本・67】
絵本作家で評論家の広松由希子さんの連載。毎月、テーマに沿った、おすすめ絵本をセレクトしていただきます!
11月のテーマは「おふろや絵本」
今日は朝からついてなかった……やることなすこと裏目……それでもなんとか夜まで乗りきった! こんなときは温泉にでもつかって、癒されたいところだけど、それもなかなか叶いません。
せめて……「おふろや絵本」は、どうかしら?
おふろの絵本は多いけれど、今回はみんなで入る銭湯や温泉などの絵本に限定して選んでみました。なんだか、ぽかぽか度が増す気がするのです。
まずは、おふろや絵本の古典ともいえる、1977年生まれの『おふろやさん』へ。あっちゃんの家族といっしょに出かけましょう。
風呂敷包みをぶら下げるお父さん、うばぐるまを押すお母さん、ブリキのおもちゃをもつあっちゃん。みんなにこにこお風呂やさんへ出かける様子は、記憶にない人にとっても懐かしいような、日本の風景かもしれません。
おふろやさんのある商店街の俯瞰図から、のれんをくぐるシーンへ。あかちゃんを抱っこしたおかあさんは、女湯へ。だから、小さいあっちゃんは、お父さんと男湯へ入るのね。わたしたちも男湯にごいっしょします。
タイトルページ以外は、文章はありません。そう、文字なし絵本……といっても、画面の中には、のれんや広告の看板、販売機や標語などなど、読みきれないほどの文字があるのですけれど。そして、じっくり見るほどに、いろんな声や音が聞こえてきて、物語が読みとれます。
「履物」は「下駄箱」へ。旧式の体重計、看板や振り子時計、木のたらい。リーゼントにドライヤーをあてるお兄さんや、背中に彫り物のある方もいらっしゃる。それから、はしゃぐ少年たちに、雷落とすおじいさん。怒鳴っても、叱られても、裸同士のつきあいは近しいのね。あとのページには、あとくされなく清々しい語らいも見られます。
昭和のにおいが立ちのぼるおふろやさんで、親子でほかほかあったまってください。
『おふろやさん』
西村繁男/作 福音館書店
本体900円+税 1977/単行本化1983
こんな銭湯文化は、日本特有かと思ったら、韓国にもあるのですねえ。
おとなりの国から届いた『天女銭湯』は、懐かしくも新しく、刺激的な絵本です。
先の『おふろやさん』と比べると、あれこれ発見があって面白い。昭和のあっちゃんは家族4人で「亀の湯」通いでしたが、こちらは現代の韓国のようです。
わたし(ドッチ)は母さんとふたりで、最近大通りにできたスパランドではなく、裏道の銭湯「長寿湯」に通います。あっちゃんのお風呂上がりはフルーツ牛乳でしたが、こちらはヤクルト。しかも、「なかんと あかすり したら、おかあちゃんが ヤクルトひとつ こうてくれるはずやねん」といいます。(そう、この長谷川義史さんによる関西弁翻訳も、親しみ深くて面白い存在感を醸していますねー)
にぎやかな昭和の銭湯とちがい、こちらはずいぶんうらぶれて、ほとんどひと気がありません。
ところが、ドッチが「みずぶろ」で一人遊びをしていると、背後からぬーっと見知らぬ「ばあちゃん」が現れて「天女」を名乗ります。日本語訳とバッチリ結びついて、派手なメイクの大阪のオバちゃんにしか見えないけれど、この天女ばあちゃんは、みずぶろ遊びの天才。「よいとこらせー!」と、ドッチを背に乗せ、思いきり潜水する見開きは圧巻。そして、偉大な魔法もつかえちゃうのですね……!
天女の強烈なビジュアルだけでなく、アニメーションを学んだ作者の、すみずみまで徹底した絵本づくりに感服します。表情豊かな人形制作から、タイルの目地までこだわる舞台セットや小物、撮影のカメラワークやピントあわせまで、みごとに造りこまれた写真絵本です。見返しまでたっぷり楽しませる銭湯ファンタジー。
この強烈な天女の魅力にハマってしまった方には、最新作『天女かあさん』もおすすめですよ。
『天女銭湯』
ペク・ヒナ/作 長谷川義史/訳 ブロンズ新社
本体1400円+税 2016
町のおふろやさんもいいけれど、自然のなかのおふろは、また格別。雪の中の温泉なんて、まさに天の恵み。動物たちといっしょに『山のおふろ』につかりましょう。
クロスカントリースキーをはいて、おにいちゃんと裏山へ散歩に出かけた女の子。雪の上には、いろんな動物の足跡がてんてんと残っています。
「あ、おにいちゃん!」ウサギの足跡のなかに、小さくて丸い生きもの……トガリネズミが動かずにいるのをみつけました。手のひらでくるんでいると、息を吹き返し、とつぜん走り出しました。
「まってー!」兄妹が追っていく先に、みたものは?
湯気の向こうに正体をあらわす、じっくり焦らす場面展開の粋なこと。
「やあ、いいゆだよ。はいっておいで。」
広い雪原と雪の上の足跡、ほほにあたる冷たい空気、もうもうの湯気、とろんとうるむ瞳。息づかいや温度も、最小限の筆で伝えるために、選び抜かれた意外な色と構図。『天女銭湯』の表現とはまた対象的な、抑制されたスゴ技ですね。
一点豪華な観音開きのページがひときわぜいたくに感じられます。
「ほかほか ほかほか」うーん、いい湯、絵本の湯。
『山のおふろ』
村上康成/作 徳間書店
本体1500円+税 2003
最後に2017年秋の新刊、「変わり種」の温泉につかりましょうか。ぷーんといいにおいが漂ってくる『はやくちことばで おでんもおんせん』です。はたして、おでん種たちといっしょにつかりたいかはナゾですが。
「ここは ゆのくに おでんも おんせん からだ ぽかぽか おくち なめらか」
体があたたまると、口のすべりもよくなるの? ……なんて、いちいち突っ込んでいたら身がもちませんよー。
タコと厚揚げとガンモが連れ立って、温泉へ。脱衣場では「なまたこ なまあげ なまがんも」が、湯につかったら「ゆでだこ ゆであげ ゆでがんも」に。
言葉遊びの名手・川北亮司さんと、擬人化の王者・飯野和好さんが組んだエンタテイメント温泉絵本。ちゅるちゅるしなやかなしらたきの肢体に、ごつごつこわもての全身つくね、ヨードあふれるこんぶ一家。「かたたたききに きた たまご」は、かなり味のしみた煮卵で「かたかった かた たたきたかった」のが、絵からよくわかります。
次々繰り出される早口言葉を受けとめながら、おでんの具たちの細部にも物語が宿る究極の擬人化、必見です。
「こんにちゃく こんよく ろうにゃくなんにょ」のしみしみ温泉の様子ときたら……もしかしたら、新種の極楽絵かもしれませんねえ。
温泉とおでんと早口言葉。日本の冬を豊かにする三つの文化のあわせ鍋。ノリノリにしみしみの絵本、よーく味わってくださいな。
『はやくちことばで おでんもおんせん』
川北亮司/文 飯野和好/絵 くもん出版
本体1200円+税 2017
まだまだあります、銭湯&温泉絵本。
おふろで歌いたい人には、『いろいろおんせん』(ますだゆうこ/文 長谷川義史/絵 そうえん社 2008)。
みんなで背中を流しあいたかったら、『もりのおふろ』(西村敏雄/作 福音館書店 2008)。
秘密をのぞきたい人には……『パンダ銭湯』(tupera tupera/作 絵本館 2013)。
幻想を味わいたい人には、夭折の天才絵本画家の『おふろや』(黒田愛/作 白泉社 2008)をどうぞ。
絵本で湯めぐり。のぼせすぎないよう、ゆったり身も心もほぐされて。
広松由希子 ひろまつゆきこ/絵本の文、評論、展示、講座や絵本コンペ審査員などで活躍中。
2017年ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長。著作に絵本『おかえりたまご』(アリス館)、「いまむかしえほん」シリーズ(全11冊 岩崎書店)や 2001~2012年の絵本案内『きょうの絵本 あしたの絵本』、訳書に『ヒキガエルがいく』(岩波書店)『うるさく、しずかに、ひそひそと』(河出書房新社)など。2020年8月、絵本の読めるおそうざい屋「83gocco」をオープン。https://83gocco.tokyo
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