2025年7月22日

俳優・杏さんインタビュー「フランスでは、絵本もパンや牛乳のように生活の必需品です」

俳優として、そして3児の母としても多忙な日々を送る杏さんが、初めて手がけた絵本翻訳『おこりんぼまじょコルヌとノン! ノン! ピエール』を通して感じた、フランスの絵本文化の奥深さや、日本との子育て観の違いについて語ってくれました。物語に残された「余白」や、教訓にとらわれない自由な展開――子どもと絵本をめぐる、豊かな世界が広がります。

あん/俳優。雑誌、映画、ドラマなど幅広く活躍。主な出演作品にNHK連続テレビ小説『ごちそうさん』。ドラマ『花咲舞が黙っていない』シリーズなど。2022年に国連WFP親善大使に就任し、同年日本とフランスの二拠点生活をスタートさせる。2026年放送予定の日本とフィンランドの共同制作ドラマWOWOW『BLOOD &SWEAT』にて主演を務める。

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小さな頃から
余白のある物語が好き

――杏さんは読書家としても知られていらっしゃいますが、小さな頃はどんな絵本が好きでしたか?

『ダイノトピア: 恐竜国漂流記』(版元品切れ)や、『からすのパンやさん』などの、カタログのように絵がずらっと並んでいる絵本が好きでした。よく、ひとつひとつの絵をじっくりと眺めてましたね。その頃そこまで意識出来ていませんでしたが、自分でより深く考えられる、余白のある物語を好んでいたのかもしれません。『からすのパンやさん』は、おいしそうなパンがずらっと並んでいるのを見て「これはどんな味がするのかな」と想像してわくわくしていました。

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『からすのパンやさん』かこさとし/作・絵 偕成社 1100円

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――杏さんのお子さんはどんな絵本が好きですか?

うちの子たちは、十二支のはじまりを描いた絵本が好きでよく読んであげていました。

善悪をはっきり描かない
シュールさがフランスらしい

――今回杏さんが初めて翻訳に挑戦されたフランス絵本『おこりんぼまじょコルヌとノン! ノン! ピエール』は、本国では教科書に採用されるほど人気のある作品だそうですね。

わが子も学校で読んだこともあり、今回のお話しをいただいたときすでに家の本棚に並んでいました。

野菜嫌いの子どもが登場する話って、物語の最後には「やっぱり野菜っておいしいね」と好き嫌いがなくなるようなあらすじのものが多いと思うんですが、この本は最後までそうはならないんです。親としては、子どもの好き嫌いがなくなった方が嬉しいこともあるけれど、こちらの思惑通りには物語が進まないシュールさや、善悪をはっきり描かないところがいいなと感じました。日常が続いていくことを感じさせる点に面白みを感じます。

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『おこりんぼまじょコルヌとノン! ノン! ピエール』

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『おこりんぼまじょコルヌとノン! ノン! ピエール』

――杏さんは、本作のどんな点に惹かれましたか?

この本には教訓みたいなものがないですし、話の展開が刺激的ですよね。子どもの頃って、親の言うことを「なんか違う」と思いながらも言い返せないことが多いですが、主人公のピエールは、しっかり意見が言えることにも魅力を感じました。子どもはもちろん、世代を超えて親たちも楽しめる作品だと思います。

それから、本文では触れられてませんが、満月だった月が、よく見ると次のページでは何の説明もなしにかじられてしまっていたり、謎の小人が動き回っていたりする描写があるんです。作者が描いた仕掛けに気づくと、よりワクワクしながら読み進められると思います。

――月の変化に気づいてませんでした。何度読んでも新たな発見がありますね。今回、初めて翻訳に挑戦してみて、心がけたことや大変だったことはありますか?

原文ではフランス語で韻を踏んでいる箇所がいくつかあって、そのまま直訳しても日本語では伝わりにくいので、調整するのには苦労しました。ちょうど、自分の力で絵本を読めるようになる子たちを対象にしているので、私の子どもたちがそれくらいの世代(5歳くらい)だった頃を思い出して、言葉を選びました。

「くさい」とか「おしり」とか子どもが好きなキーワードも使いながら、直訳とは異なる細やかなニュアンスを表現したつもりです。言葉のリズム、文字の大きさなど、翻訳監修の先生や編集者さんたちと相談を重ねて、完成させました。

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『おこりんぼまじょコルヌとノン! ノン! ピエール』

――『コルヌビドゥイユ』という原著のタイトルを、より親しみを感じさせる『おこりんぼまじょコルヌとノン! ノン! ピエール』にしたのも杏さんのアイディアですか?

そうですね。原著は日本語では発音しにくいタイトルなので、いろいろな案を出し合って検討しました。ただ読んでくれた人たちが「この物語面白いな。原著で読んでみたい」と思った際に、タイトルの情報も持っていて欲しかったので、遊び心を一緒に込めて巻末に『コルヌビドゥイユ』の名前を入れてみました。

フランスでも
日本の絵本は大人気

――フランスと日本の絵本文化の違いは感じますか?

フランスは物価が高いイメージがあるかもしれませんが、パンや乳製品など暮らしに必要なものは安いんです。本や絵本もそれらと同じように、軽減税率が適用されています。本は、脳にとって大切な「食べもの」だと認識されているのかもしれません。

――文化を大切にするフランスらしいエピソードですね。

本屋さんに行って驚いたのが、『100かいだてのいえシリーズ』など、日本の絵本がたくさん翻訳されて並んでいること。フランスの子どもたちも、日本の絵本に親しんでいます。

フランス政府は、若者の文化活動を後押しするために「カルチャーパス」という電子通貨を提供しているんですが、そのパスを使って日本の漫画や絵本を購入できるブースには、多くの若者たちが集まっている様子も見かけました。キティちゃんなどのメジャーなキャラクターだけでなく、あらゆる絵本や漫画が人気なのを実感します。

――フランスで子育てをされていて、「日本とは違うな」と実感することはありますか?

基本的になにからなにまで違うといってもいいかもしれません(笑)。決められた教科書もないですし、同じ学年でもクラスによってカリキュラムも違います。先生の裁量が大きく、たとえば「遠足は毎年だと先生が大変だ」という理由で、お泊まり遠足を実施した翌年には、下の学年が行けないこともあります。また、先生の休憩時間はしっかり確保されていて、昼休みは別の先生が対応するんです。日本のように、朝から放課後の部活動まで同じ先生が受け持つというスタイルとはかなり異なり、フランスでは先生自身の働き方や時間も大切にされている印象です。

――フランスでの子育てを経験すると、世界が広がりそうですね。最後に、kodomoe読者の方へメッセージをお願いします。

『おこりんぼまじょコルヌとノン! ノン!ピエール』は、あらゆる世代の方に楽しんでもらえる作品なので、ぜひお子さんと一緒に色々な楽しみ方を見つけながら読んでいただけたら嬉しいです。

書誌情報

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『おこりんぼまじょコルヌとノン! ノン! ピエール』
ピエール・ベルトラン/文 マガリ・ボニオール/絵
杏/訳 1980円 KADOKAWA

シリーズ累計で180万部を突破している人気シリーズ。教科書にも掲載され、本国フランスの子どもたちに愛されている大人気ユーモア絵本。

にがくてまずいスープを「からだにいいから」と、家族が飲ませようとしますが、ピエールはノン!「好き嫌いをする子のところには、まじょコルヌがやってくるぞ!」とパパがおどかしても、ピエールはどこふくかぜ。その晩、ピエールが寝ていると、クローゼットが開いて……。

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