2025年2月1日

翻訳家・エッセイスト 村井理子さんロングインタビュー。たくさん軋轢があった義母の介護を引き受けた理由は「シスターフッド」【後編】

双子の息子、急死してしまった兄、そして認知症の義母についてのエッセイを次々に発表し、私たちに「家族」のあり方について考えるヒントをくれる翻訳家・エッセイストの村井理子さん。kodomoe2024年12月号では、「とにかく大変だった」と語る育児、過去に壮絶なやりとりがあった義母の介護についてお話を伺いました。kodomoe webでは、本誌での貴重なインタビューを全編公開。後編をお届けします。

前編 「自分の子育てと母を重ね合わせてどんな人生だったか想像する」はこちら

むらいりこ/1970年、静岡県生まれ。翻訳家、エッセイスト。滋賀県の琵琶湖畔に夫と双子の息子と暮らす。肉や野菜を天板に詰めて焼くレシピを紹介した『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』が大ヒット。著書に突然死した兄の後始末の記録『兄の終い』や、失われた家族を描いた『家族』など多数。最新刊は認知症の義母と90歳の義父のケアに奔走する介護奮闘記『義父母の介護』。

子に尽くすことは必ずしもいい結果を招かない

――翻訳以外にエッセイの連載が8本、この4年で単著が14冊と、たくさん書いていらっしゃいます。育児と違って仕事は成果がわかりやすいから、仕事を忙しくすることで逆に心が楽になるところもあるのかな、と思ったのですが、いかがでしょうか。

それはもう、まったくその通りだと思います。いってみれば子育てって、とにかく子どもに尽くすことじゃないですか。やりすぎると目的を見失うというか、「なんでここまで?」「この先に何かあるのか?」ってなってくるんですよね。子どもが育った後、自分に何が残るのか不安になったり。だから仕事はすごく頑張ったし、今もめちゃくちゃな量やってますね。

それに、エッセイを書くことは自分の人生を振り返ることにつながっていて、プラスになっているんですよ。今、介護のこともすっごい細かく細かく、「どこまで書くねん」って言われるぐらい書いているんですけど、それも結局、自分の行く先の予習なんですよね。

――お子さんは成人を迎えられたわけですが、子育てが一段落した感覚はありますか。

最近は「育児ってもう絶対終わらないな」と思ってますよ。この前、「洗剤買いに行ってきて」って頼んだら「おお、行ってくるわ」って行ったはいいんだけれども、どれを買うのかわからなかったらしくて連絡が来て。今って洗剤の種類がいっぱいあるじゃないですか。ビデオ通話で「それじゃない、それじゃない、もっと右」とか指示して、18歳の男の子でもこれか、と思いましたね。教えるのがめんどくさくて洗濯なんかやらせてこなかったけど、やっぱりやらせなきゃダメですね。同時に、子どものために一生懸命やることが、子にとっても親にとっても必ずしも良い結果は招かないと悟りました。先回りして手を出してしまうことが害になるんだな、って。

――なるほど。

今までは息子たちの洗濯物をきれいに洗って干して、ちゃんと畳んで提供してあげることが愛だと思っていたんです。でもその結果、18歳で洗濯洗剤を買えない男が育ってしまった(笑)。やっぱり「自分でやろう」って気持ちにさせるのが育児なんじゃないかなって、痛感しています。少し足りないぐらいでちょうどいいんですよね、多分。

それと、子どもがどんなふうに育つかと親の努力は関係がないということも、最近すごく思います。その子自体が持っている性格や運命みたいなものが大きく作用するのであって、親は直接何かするよりも環境や周りを整えたほうがいいのかな、って。以前は私も、4年制の大学に行ってバリバリ社会人になるか、あるいは物書きにでもならんもんかな、とか思ってたんですよ。でも親の思ってるようにはならないし、それでいいんだって、高校に入ったぐらいでようやくわかりました。どんな仕事であれ、自分が好きなことを自分が信じている人たちと一緒にできて、それで評価される世界にいてくれたらいいなと今は思っています。考えてみたら、私なんかようやく仕事がちゃんと定着したのは30歳過ぎてからですもん。好きなことをコツコツやっていたら道が拓けてきた。結局そういうものなのかもしれません。

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義母の介護は怒りからのシスターフッドである

――介護についてもお伺いさせてください。『義父母の介護』を拝読して、とても胸を打たれた箇所があって。お義母さんの介護に積極的に関わろうと思った理由の一つが、「それまで専業主婦として家族を支えてきた献身が、認知症になって家事ができなくなっただけで清算されるなんてフェアじゃない」という怒りからのシスターフッドだったと書いていらっしゃいましたよね。

そうですね。義母は本当に完璧な主婦、完璧な母親だったんですよ。その彼女が家事ができなくなったことに対する、周りの男性の落胆ぶりに腹が立ちました。じゃあ私たち、家事だけで“点数”をつけられるの?って。義父の義母への怒りのポイントは全部家事なんですよね。お風呂をきれいにしてくれない、洗濯をしない、キッチンにコバエがいる、皿を洗ってない……。認知症の義母に対してそれを怒っている。全部仕方がないことなのに。60年にわたる義母の献身が、家事ができないだけで全部ご破算になったのを見て「こんなかわいそうなことある?」って思って、その瞬間に「だったらもう、私がやったろ」ってなりましたね。それまで私は義母にめちゃくちゃいじめられてたんですけど(笑)。

――結婚前の挨拶から結婚式、子どもを持つこと、子育て、仕事、身なり……と、万事において壮絶なやりとりが長年あったそうで。

過去のことを考えると正直、私が介護に関わる義理はないな、と思ってました。でも関わっている今も、道端でうずくまってるお年寄りに「大丈夫ですか?」って声をかけるのとあんまり変わらないですよ。そんな状況だったら、大体の人は声かけるじゃないですか。

――旦那さんはどれぐらい介護にコミットしてるんですか?

介護ではいわゆるキーパーソンと呼ばれる人がいるんですけど、今は夫がそうなってますね。通院や週末の訪問も半分以上は夫がやっています。といいますのも、ケアマネージャーさんから「この段階だと、実の子でないと決定できないことが多すぎるから」と言われて交代したんです。でも実子の介護って当たりがきついので、見ていてドキドキしますよ。

――元気な頃を知っているだけに、どうしても厳しく接しがちです。

許容できなくて「なんでできへんねん」ってなるんですよね。愛情でもあるんでしょうけど。かわいそうだから「もうあんた、行かなくていいわ」ってつい言っちゃう。ただ不思議なもので、義母はずっとうちの夫を溺愛していたんですけど、今は「誰? このおっさん」ってなっているんですよ(笑)。むしろ私のことしか覚えてなくて。だから人生ってわからないな、って思います。どれだけ人生を積み上げてきても、認知症になるとキャンセルされるんだな、と。

でもそれが何もかも恐ろしいことかというと、ちょっと違う気もします。決して平坦ではない道のりを歩んできた義母が、今はそのときそのときのショートメモリーで生きているから毎日がほんわかして楽しそうなんですよね。それはそれでいいのかもしれません。一方で、客観的には、義母は最も見せたくない姿を私に見せているんだろうな、とは思ってます。昔の義母は月に一度は美容室に行って髪の毛をきっちり綺麗にまとめて、おしゃれで、化粧を落とした姿なんて見たことがなかった。それが今は息子の高校のときのジャージを着て歩いてますからね。

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車を購入したら新しい人生が動き出した

――今年の4月に亡くなった愛犬ハリーくんに関する数々のエッセイも書かれています。この夏にゴールデン・レトリーバーのテオくんを迎え入れられたそうで、今もこの取材場所にいてくれてます。

やめなさい、テオ(笑)。舐めちゃダメ。ごめんなさいね。

――村井さんが思う、犬と暮らすことの良さはどんなところでしょう?

家族が全員で集中する対象があると良いんですよ。家族の真ん中に、人間じゃない何かがいるのは大事。あとね、夫とふたりきりになると会話がないんですよね。それもあって、犬がいないとちょっと嫌だなって。

――それは共感する読者の方も多そうです(笑)。ちなみに、旦那さんは村井さんが売れっ子になってバリバリ働いていることはどう思ってらっしゃるんですか?

夫は喜んでいます。自分がひとりで支えなくてよくなったのが嬉しいんじゃないかな。妻が稼ぎ始めたことがひとつの安心材料になるんでしょうね。バイクとか買い出してますもん。自分の給料を注ぎ込めるから(笑)。でも嫌なのが、私がたまに仕事で東京に行くじゃないですか。帰ってくると、家の中のレイアウトを変えられているときがあるんですよ。洗濯機周りの配置が変わってたり、この間なんか「劣化していたから」って洗濯バサミを全部捨てられていたり。あれはなんなんですかね? 急に「俺のほうが機能的なやり方をわかってるから、いない間に改善しておいてやったよ」みたいな風を吹かせるんですよ。いちばん嫌なのは、私の書棚を勝手に整えられること。「あんたの並べ方だと秩序がないから」って言われるんですけど、無秩序に見えて私の中では秩序があるんです。「もう絶対触らないで」って言いました。夫婦だとどうしてもそういうことってありますね。この前、『週刊文春』の連載「新・家の履歴書」に出たんですけど、最後にちょっと口を滑らせて「今の夢は、ひとり暮らしをすることです」って言っちゃったんですよ(笑)。

――それは思い切った夢ですね!

原稿チェックもしたけど、まぁいいかと思ってそのままにしたら、夫が読んだらしくてびっくりしていて。そのとき、「この人は奥さんが自分とふたりで幸せに暮らしてると自動的に思えているんだ、シンプルだな」と思いましたね。いや、もう一回ひとり暮らししたいなって最近本当に思うんですよ。だから夜に不動産サイトをめちゃくちゃ見てて。「ここでひとり暮らしをしたら……」って想像してます。

そう、それでいうと最近、車を買ったのは大きいですね。それで生活が一転して。今の車ってすごく高性能じゃないですか。しかも電源もついているから、パソコンを持ち込んで車内で仕事ができるんですよね。これでどこまでも行けるじゃん! って。子どもも大きくなったし、ひとりでそこらへんを走ってどこかに泊まりに行ってもいい。そう思ったら楽しくなってきました。また私の人生が動き出した感覚がありますね。

INFORMATION

翻訳家・エッセイスト 村井理子さんロングインタビュー。たくさん軋轢があった義母の介護を引き受けた理由は「シスターフッド」【後編】の画像3

『義父母の介護』
村井理子/著 新潮社 924円

義母の認知症が8年前に始まり、義父も5年前に脳梗塞に。「介護は妻の義務なのか?」。介護の最初の一歩から、高齢者を騙す悪徳業者との闘いまで、超リアルな介護奮闘記。

インタビュー/斎藤 岬 撮影/森川恵里(kodomoe2024年12月号掲載) 

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