2023年1月11日

元サッカー選手・中村憲剛さんロングインタビュー。親と子は横の関係、家族というチームでありたい【後編】

川崎フロンターレの中心選手、また日本代表としても活躍した中村憲剛さんは、サッカー界きっての子煩悩としても有名です。

kodomoe webでは本誌の貴重なインタビューを前後編に分けて全編公開。後編では、3人のお子さんや子育てについておうかがいしました。自身の子ども時代や大学時代からの付き合いという奥さまついておうかがいした前編は、こちらから。

なかむらけんご/1980年、東京都出身。小学1年生からサッカーを始め、都立久留米高校、中央大学を経てプロ入り。後に結婚する妻は大学サッカー部のマネージャー。現役時代は川崎フロンターレ一筋で、チームに悲願のJ1初優勝など多くのタイトルをもたらす。個人としても年間最優秀選手賞を獲得し、日本代表としても活躍。2020年に引退後、サッカー指導者、解説者として活躍中。

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そんな時間があったら
洗濯物を畳みたい

――それまでフロンターレはシルバーコレクターと言われて優勝が1度もなかったのですが、この頃からタイトルに恵まれ始めます。

次女の誕生と関係があったのかなと言いたくなりますね。生まれた年末の2016年12月にJリーグの最優秀選手に選ばれたところから、2017年にJリーグ初優勝。2018年はJリーグ連覇。2019年はルヴァンカップ初優勝。そして2020年にJリーグと天皇杯の二冠を獲って僕は引退しました。次女が生まれてから本当にいいことばかりなんです。彼女がいろんなものを我が家に運んできてくれた。

――具体的に自分の中で何が変わったと思いますか?

責任感という一言で片づけるのは嫌なんですが、改めてサポートしてもらっている環境への感謝の気持ちがより強まり、すべてにおける責任感が変わりました。プレー、発言、チームメイトへの接し方、すべてが変わりました。それまで試合の勝ち負けや、自分のパフォーマンスに一喜一憂したり、悩んだりしていましたが、そういうのがぶっ飛ぶぐらいの大きな問題が目の前にきたわけじゃないですか。家族みんなで力を合わせて出産までこぎつけた。妻が絶対安静と言われてずっと天井を見てたときの悩みや苦しみに比べたら、自分のサッカーの悩みなんてすげえちっぽけだな、寧ろサッカーができることは幸せだなと思えた。自分の世界が広がった感じがしました。大袈裟に言えば、生まれ変わった感覚があります。

――勝負へのこだわりも強くなった?

それは元々持っていましたが、より人に優しくなったかもしれないですね。視野が広くなって、大目に見るようになった気がします。人が何かミスをしても、そういうこともあるよねという感じで。それまではピリピリしてましたが「どうってことねえよ」って受け止められるようになった。自分の中にゆとりが生まれ、最年長の自分がそうなることで、チームにもゆとりが生まれたかもしれません。家庭でも妻から「こんなに献身的なケンゴは見たことがない」と言ってもらえました(笑)。

――家事をしながら試合に向けた準備をするのは相当に大変だったのでは?

それが面白いことに、逆にリズムが良くなったんです。それまで怠惰な生活を送っていたわけではないんですが、寝る時間と起床時間が早くなり、より正された感覚がありました。それによってパフォーマンスが上がったんです。実際、次女が生まれる直前の2月と3月の月間MVPに選ばれました。以前はサッカーに集中するために細かいルーティンを作っていたんですが、そんな時間があったら洗濯物を畳みたいし、掃除をしたいじゃないですか。ルーティンが全部ぐちゃぐちゃになったんですが、逆に調子が上がったんです。

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親と子は横の関係
家族というチームでありたい

――引退後、現在は解説者や日本サッカー協会のロールモデルコーチとして活躍されています。今、子育てにどう携わっていますか?

一言で言うと、ほぼ運転手ですね(笑)。中2の長男と小6の長女はサッカーをしているので土日はその送り迎えがあるし、次女は小1で小学校まで少し距離があるので時間があるときは送迎しています。次女は生まれた経緯もあって、かわいくてしょうがない。僕も末っ子じゃないですか。気持ちがわかるので「そうだよね~」と甘やかすたびに、長男と長女から「僕たちがそれやったら絶対怒るでしょ」と突っ込まれてます(苦笑)。長男はまとめ役、長女はムードメーカー、次女は自由人という感じですね。

――子どもたちがサッカーをしているのを見て、口を出したくなりませんか?

いろいろ言ってしまいますね。だって俺、サッカー知ってるんだもん(笑)。ただ、最近息子が思春期に入ってきて、気づいたんです。僕はいろいろなところで「先回りして教えたらダメですよ」と伝えているのに、自分がそれをやってしまっていたなと。子どもたちには成功体験だけでなく、うまくいかない体験もさせた方がいいと気がつきました。

――失敗体験も大事だと。

本人が悔しい思いをしたときに改善点を伝えればいい。たとえば「寝る前に携帯やタブレットを見て睡眠不足になったから、こういう結果になったんだぞ」という感じで。あとはサッカーそのものよりも、サッカーに臨む姿勢について話すようにしていますね。

――臨む姿勢というのは?

僕が小学生の頃、父親から「サッカーのことはそこまでわからないが、チームの勝利のために頑張ってプレーしているかどうかはわかる」と言われて。自分がボールを奪われたのに取り返しに追わなかったり、ピンチのときに自陣に戻らないことをめちゃくちゃ怒られたんですよ。なので息子が小学生のとき、サッカーを理解し始めてからは同じことを求めています。そうしたらまぁまぁなハードワーカーになって、「ケガしないかな?」と心配するくらい激しくプレーするようになってしまいました(笑)。でも、どんなときでもチームのために頑張れる選手は信頼されるんですよね。それは実社会でも同じだと思います。

――子どもたちとは普段からよく話しますか?

すごく話します。子どもたちが何を考えているかを知るのが好きなんです。僕が「家庭内MC」になって、「今日の学校はどうだった?」という感じで子どもたちに話を振るんです。「楽しかった」とか「疲れた」といった曖昧な答えは許しません(苦笑)。「何が?」「どうして?」という感じで掘り下げて、言語化のトレーニングをするんです。読者の方からすれば、「めんどくさい父親だな」と思うかもしれませんが、物心ついたときからその関係性でいるので、子どもたちはそれが日常になっています。サッカーでも周りがわかってるだろうと思っても、言葉にしないと意外に伝わってない。子どもたちには日常的に自分の思考や感情を言葉にして、しっかり伝える習慣を身につけて欲しいです。

――中村家には祖父の代から「感謝・感動・感激」という家訓があるそうですね。子どもたちにも伝えていますか?

まだその言葉は伝えてないのですが、近しいことはずっと言っていますし、体感してきたと思います。妻が子どもたちを等々力競技場(フロンターレのホームスタジアム)によく連れて来てくれていました。子どもたちはJリーガーがプレーで感動や感激を届ける姿を目の当たりにし、感じ取ってくれたと思います。でなければ、僕の引退セレモニーで長男がああいうスピーチをできなかったと思うんで。あれは父親としてすごく嬉しかったなあ。

2020年12月21日に等々力で開催された「中村憲剛選手引退セレモニー」。長男の龍剛(りゅうご)くんが「僕たちが憧れる存在になってくれたことには感謝という気持ちしか頭にありません。悲しいときも悔しいときも共に乗り越えてきた仲間、家族として『ありがとう』と伝えたいです。引退、おめでとう。そして、ありがとう」と手紙を読み、感動的なスピーチが大きな話題になった。

日頃、自分が大事にしていたことが伝わっていたことが嬉しかったです。あれから2年近く経ったのに、未だにあのスピーチの話をいろいろな方からされます。それくらい心に響くものがあったんでしょう。

――3人の子どもたちに将来どうなって欲しいですか?

自分らしく生きて欲しいなと思います。自分がどうありたいかを常に柱にして、生きていく中で起きることに対して、自分の信念を捻じ曲げて何かしたり、周りに流されたりして欲しくない。人から与えられたレールに乗るよりも、自分でレールをつないでいった方が絶対に楽しい。答えは子どもたちが自分で作っていくと思うんですよ。

――夢は大人から押しつけるものではないと。

本人にその気がなかったら進まないですから。やらせる努力は続かないですよ。本人が必要だと思って始める努力が身になる。僕は中1でサッカーチームを辞めて、ピッチから離れてますから、よりその大切さがわかります。

――憲剛さんは欧州クラブからのオファーがありながら、フロンターレ一筋でキャリアを終えました。流されないというのは、いかにも憲剛さんらしいですね。

確かに18年間いましたからね。自分の中で幸せの形みたいなものを見つけて現役を終えられた。変わらない良さもあるんじゃないかなと。ただ、繰り返しになりますがそれは僕の人生であって、彼らの人生ではないんです。だからこそ、コミュニケーションを取ってそれぞれの状態を把握し、どう進んでいくか見守るのが親の役割だと思います。

――まさに家族という「チーム」ですね。

そうなんですよ。親と子は上下の関係ではなく、横の関係だと考えています。上も下もない。だから言いたいことを言える。もちろん叱らなきゃいけないときには、急に親と子の関係になって説教することもあります。それも親のもう1つの役割だと思います。

――ただ、友達みたいになって甘やかすわけではないと。

友達感覚は一切ないです。けど、できるだけ友達のように何でも話せる関係を築こうとしています。矛盾してますよね(苦笑)。めちゃくちゃ難しいです。

――最後に世の中のパパたちへのメッセージをお願いします。

繰り返しですが、ママたちに心から感謝をして欲しいです。ママがしていることは本当にすごい。全体を把握して円滑に進むようにマルチタスクを実行する。まさに監督ですよね。次女の出産の際、自分が一時的に家事をやって、心からそう思いました。手に取って読んでいただいたパパたち、今すぐ奥さまを労ってマッサージしましょう。あとこれはサッカーにも通じるんですが、夫婦でコミュニケーションを取って子育ての価値観を合わせることが大事だと思います。たとえば子どもがパパとママの異なる目線から怒られたら混乱するじゃないですか。サッカーの指導ではコンセプトをしっかり作るんです。家庭でも夫婦で同じビジョンを持つと、スムーズに助け合えるのかもしれません。

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INFORMATION

元サッカー選手・中村憲剛さんロングインタビュー。親と子は横の関係、家族というチームでありたい【後編】の画像4『ラストパス
引退を決断してからの5年間の記録』

中村憲剛/著 KADOKAWA 1650円
現役生活最後の5年間。家族の命の危機や自身の大怪我といった困難を乗り越え、多くの輝く瞬間を味わった。その裏にあった家族や同僚との支え合いと、愚直にサッカーと向き合った日々の記録。

インタビュー/木崎伸也 撮影/キッチンミノル(kodomoe12月号掲載)

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