4月のテーマは「ABCであそぶ絵本」【広松由希子の今月の絵本・82】
絵本作家で評論家の広松由希子さんの連載。毎月、テーマに沿った、おすすめ絵本をセレクトしていただきます!
4月のテーマは「ABCであそぶ絵本」
4月はボローニャ、5月は韓国……ここ数年、なぜだか急に海外の仕事がふえてしまい、学生の頃に語学の勉強から逃げ続けていたわたしは、ひいこら音を上げながら、ワラにもオンライン英会話にもすがる毎日を過ごしています……。
だからというわけではないですが、今年になってから、特に目につくのが英語をテーマにした新刊絵本。2020年から小学校3年以上は英語が必修科目になるらしいし、就学前からABCを教わることも珍しくないようだし……といって、ちっともあおるつもりはないですよ。小さいうちは、豊かな母国語の響きや、絵をたっぷり味わうほうがたいせつと思うもの。
でもね、最近気になるABC絵本は、英語を子どもに教えこむ本ではなく、いろんな角度から楽しませてくれる、りっぱにエンタテインメントな絵本なんです。これは、もう楽しんだもの勝ちでしょ。早期教育なんて「下心」は傍にほっぽって、親子で笑って楽しみたいです。
まずはAからZまで、へんてこなアルファベットなかまが集まって、『ABCパーティ』のはじまりです。
Aはリンゴ(Apple)をかじるワニ(Alligator)、Bは風船(Balloon)をもらったクマ(Bear)、Cは自慢のケーキ(Cake)を差し出すコックさん(Cook)……アルファベットの形をキャラクターに見立ててかわいくデザインしちゃうなんて、tuperaさんならではの力技にほれぼれ。それぞれのキャラクターにひとつずつ添えた小道具がまたぴったり。Bのクマと風船、Cのコックにケーキみたいにすなおにマッチしているものはもちろん、意外な組み合わせもスパイスがきいていて。Rのリボン(Ribbon)が似合うロボット(Robot)や、Sのサンドイッチ(Sandwich)をほおばるガイコツ(Skelton)など、センスがキラリ。
各ページにアルファベットの1字と、2つの単語が、カタカナの音表記とセットになって置かれた明快なつくり。前後の見返しから、ラストのまさかの観音開きまで(大団円かと思いきや……逆にぜいたくなフェイドアウト!)、一冊まるっとおしゃれにコーディネートされたパーティー。何度でも遊びに来たいね。
『ABCパーティ』
tupera tupera/作 白泉社
本体1200円+税 2019
同じワニとリンゴをモチーフにしたAひとつとっても、1月に出た『どうぶつABCえほん』は、まったく趣がちがいます。
”The alligator ate an apple.”(ワニさん リンゴを ひとつ たべた。)という、Aのつく単語を盛り込んだ英文から、むくむくふくらんだ物語絵が見開きで表現されています。画面いっぱいに寝そべる獰猛な面構えのワニが、お行儀よくナイフとフォークでリンゴをひとつ食べる姿態の妙。前足指の仕草までニクいです。空にはさっそうと飛ぶalbatross(アホウドリ)とよろよろ飛ぶairplane(ひこうき)が並んでおり、ワニの背中の上ではanteater(アリクイ)が、りんごを持つキツネににじり寄り……Aだけでも発見が尽きず、見飽きません。
あれ、キツネは“A”じゃないでしょ。”F”じゃないの? とスルーしなかった方、さすがです。この本では、実はキツネはAからZまで全画面に登場するんですよ。狂言回しの役割。そうか、画家が降矢さんだもんね。と納得された方も、さすが。『ともだちや』などでおなじみの降矢さんですが、いろんな作品の中でキツネが本筋とは関係なくあちこちに出没しているのに気づいているんですね。キツネだけでなく降矢さんの描く動物たちは、ユーモラスでで表情豊か。それぞれに個性的な存在感を放ちつつ、読者をふしぎの国に親しく招き入れてくれます。
孫たちと英語を楽しむ視線で書かれた、安江さんの文は、子どもにおもねるところがありません。(しっかり過去形で書かれているし、カタカナ表記もないのね)。それでいて視覚にうったえる、ゆかいで豊かな広がりがあります。そこから遊びの枝葉を画面いっぱいに茂らせた絵。たっぷり盛られたごちそうが、26皿(プラス食後のコーヒーつき!)のフルコースみたいなぜいたくな絵本ですよ。子どもから大人まで、いくつになっても楽しめそう。
『どうぶつABCえほん』
安江リエ/文 降矢なな/絵 のら書店
本体1500円+税 2019
次の新刊は……おお、懐かしい。『スキャリーおじさんの とってもたのしい えいご えじてん』! 今年は、世界中で愛されてきたスキャリーおじさんの生誕100年。どれくらい愛されているかって、十数カ国、累計2億冊以上というから驚きですね。1963年にアメリカで出版された本書も、このたびピカピカの邦訳版が出版されました。
スキャリーおじさんの描く世界では、人間以外の動物たちが絶妙に擬人化され、みんなで楽しく暮らしています。前見返しのA to Zからはじまって、朝から夜まで、食べ物や乗り物、日用品、部屋のおもちゃや公園の遊具、学校やスーパーマーケット、空港にサーカス、色に数、なりたい職業、小さいもの、気持ちを表す言葉……いろんなシーンのあらゆるものがちまちまいっぱい描きこまれています。そして、そのひとつひとつに、日本語と英訳と発音のカタカナが3点セットでついて、堂々72ページ!
ほがらかな、読者に開かれた画面。1994年に亡くなったおじさん、子どもたちの笑顔が大好きだったんでしょうねぇ。こそばゆいところに手が届く絵で、笑いをもたらし、好奇心を満たしてくれます。どこから読んでもいいし、好きなページばかり眺めるのもいいと思う。なんなら英語は読まずに、日本語だけ読むのもあり。小さい子どもにも楽しめることばの辞典として、深い満足が得られます。
もともと外国語を学ばせるためのものとして、作られたわけではないからね。原題は“Richard Scarry’s BEST WORD BOOK EVER”。何十年も昔、幼い子どもだったわたしの愛読書でした。好きすぎて、自分もこんな本がつくりたくて、ずいぶん模写したことも覚えています。英単語は忘れても、本の記憶はFOREVER、100年先も楽しめる絵辞典だと思います。
『スキャリーおじさんの とってもたのしい えいご えじてん』
リチャード・スキャーリー/作 ふしみみさを/訳 松本加奈子/英語監修 BL出版
本体2500円+税 2019
と、この原稿を書いているところに、ちょうど届いた新刊絵本がもう1冊。おやおや、『ノラネコぐんだん ふねにのる/ Noraneko Gundan’s going on board!』「English First Book」と書かれているじゃありませんか。表紙を開くと、白いページに、ぽつんと直立不動のノラネコが1匹。「Cat ねこ」とだけ書かれています。そして、めくると……うーん、やっぱりひと味ちがう。ノラネコならではのおかしみ漂う英語絵本なのでした。
おなじみのノラネコたちが歩いていきます。画面にふつうの文章はなく、「The sun たいよう Morning あさ Walk あるく Good morning. おはようございます Flowers はな Bees はち」といった基本の単語と、簡単なあいさつ言葉だけで、絵物語が展開していきます。絵とそっけない単語の羅列に、かえってじわじわ笑いがこみあげてくる。大胆不敵なぐんだんキャラがちゃんと生きています。
カタカナの読みがなはありません。でも聞きたい人は、QRコード(またはURL)から、kodomoeのサイトにジャンプして、ネイティブの発音が聞けますよ。名詞も動詞も形容詞も文もまざっているのも、ちょうどいいかげん。子どもは、品詞から入る必要はないものね。
そうしてお話は、雨(Rain)にもかみなり(Thunder)にもサメ(Shark)にも負けず、危険な(Dangerous)場面も乗り越えて、いつものようにちゃっかりと、爆発(Explosion)から脱出(Escape)へ、はらぺこ(Hungry)からおいしい(It tastes good.)へ、みごとにおわり(The End)に向かうのでした。ブラボー!
『ノラネコぐんだん ふねにのる/Noraneko Gundan’s going on board!』
工藤ノリコ/作 カン・アンドリュー・ハシモト/監修 白泉社
本体800円+税 2019
おしまいに、ABC絵本の殿堂入り、安野光雅さんの『ABCの本』を紹介しておきましょう。45年前の作品ですが、古びるどころか、うならされる。これはやっぱりすごい、世界のAnnoが生んだ名品です。
左ページにはアルファベットが大きくひとつ、右にはその頭文字で始まるものの絵が描いてある、一見シンプルな構成ですが、「へそまがりの アルファベット」という副題が示す通り、左にあるのは、ただの文字ではありません。木を切り出して加工した、木片による不思議な、時にありえない形のアルファベットの絵です。右にあるのは……んんん? これまたアイディアと機知に富んだ、不思議でおかしなシロモノ。見れば見るほど味わい深い一枚絵に……あれ? これって、もしかして……? 隠された深い秘密をみつけてください。
そしてさらに、両ページの文字と絵を囲んだ、飾り罫もコリコリです。繊細な線画は見開きごとにちがい、それぞれの文字で始まる植物のモチーフに加えて、思いがけない隠し絵になっているのですよ。
「この本の最後の原稿をわたしたとき、私の心の中に、大きな穴があいてしまった」「楽しかった過ぎし日を省みて無量の感にひたるのである」と書かれた安野さんのあとがきに胸打たれます。全身全霊を込めて世界に送り出した、安野さんの代表作。小さい子ども向けとはいえませんが、これは一生ものですよ。
『ABCの本 へそまがりのアルファベット』
安野光雅/作 福音館書店
本体1900円+税 1974
「どんなものにも教育的な面がある。でもぼくが伝えたいのはおかしさだ」とは、スキャリーおじさんの言葉です。
4月は新しいことをはじめるのにうってつけ。英語でも、マラソンでも、フラフープでも、いくつになっても遅くはない(と思いたい)。子どもといっしょに、のんびり続けたいものです。ともあれ、楽しむことを忘れずに。
広松由希子 ひろまつゆきこ/絵本の文、評論、展示、講座や絵本コンペ審査員などで活躍中。
2017年ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長。著作に絵本『おかえりたまご』(アリス館)、「いまむかしえほん」シリーズ(全11冊 岩崎書店)や 2001~2012年の絵本案内『きょうの絵本 あしたの絵本』、訳書に『ヒキガエルがいく』(岩波書店)『うるさく、しずかに、ひそひそと』(河出書房新社)など。2020年8月、絵本の読めるおそうざい屋「83gocco」をオープン。https://83gocco.tokyo
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