その「麻」はマリファナ? ヘンプ? リネン? 知らなかったのは私だけ!?【教えて!世界の子育て~ドイツ~】
ドイツでは「大麻」が合法だそうです。ふたりの娘さんと話す、大麻のコト。後編です。
前編はこちら「『このニオイは大麻だよ』なんて話を我が子にする日が来るなんて。大麻が合法になってしまったドイツより」
海外ではどんな子育てをしているの? 日本から離れて子育てをするママたちに、海外でのようすを教えてもらう「教えて! 世界の子育て」。場所や文化が違うと、子育ては違うのでしょうか。日本での子育てや生活と同じこと、違うこと。ドイツでふたりの娘さんを育てる中原さんからのレポートです。
あなたの麻製品はどの麻?
大麻の繊維の取り方について調べる過程でわかったことが結構衝撃だったのです。
ひとことで麻と言っても、日本で今出回っている麻製品のほとんどは「亜麻(あま)」や「苧麻(ちょま)」なのだそうですよ。
「えっ、じゃあ『麻のワンピース』は大麻じゃないんだ」
コーデリコーデリ、手仕事してると無駄話が捗(はかど)ります。
「でも麻の実は大麻の実なんだよね?」
「まぎらわしいなあ」
私は「麻」っていったらどこかから輸入した大麻繊維のことかと思ってました。大麻は戦後、一般での栽培が禁止され代替繊維として亜麻が成り代わっていったとか。名称がざっくりでちょっと混乱します。
「亜麻の実は食べないの?」
「亜麻の実はあなたたちが大好きなLeinsamen(亜麻仁)だよ」
「ああ!」
あんまり聞きなれない素材、亜麻(Leinen)ですが人類との関わりは大変古く、ヨーロッパではほかにも蕁麻(じんま)イラクサ(Brennnessel)、大麻(Hanf)が主な植物性織物繊維として用いられてきました。
大麻はヘンプ、ドイツ語でHanf、麻薬としてはマリワナ、マリファナ。
亜麻はリネン、フラックス。Lein、Leinen、Flachs……。
イラクサはネトル、Brennnessel、Nessel、
苧麻(ちょま)はラミーと呼ばれるらしい(表からは除外)。
娘が読んでくれた本から学ぶ。可憐な草、亜麻
亜麻って「可愛い! 美味い! 清潔! 強靭!」一石四鳥の植物です。
亜麻から取る繊維はリネン(ドイツ語ではライネン、フラックスとも)。手触りと通気の良さから主に肌に触れるものに用いられてきました。
どれほど素肌に優しいかってエジプトのミイラのお肌を包むのに用いられた王家御用達。さらに歴史を遡ればおよそ3万年前にはコーカサス地方で繊維として使われていたそうです。
亜麻ってとても可愛いんですよ。朝晩、さえざえと青い花が挨拶するみたいに閉じたり開いたりするのです。遥かな古代から、人類は亜麻の花が揺れる風景とともにありました。
花が終わり丸い実がなったら根元から刈り取って乾燥させ、種は食料として集め、茎は叩いて表皮を壊し繊維を取り出します。日本での栽培が始まったのはごく最近の明治のことだそう。
むかしのヨーロッパの人々は、亜麻の下着は汗だけでなく皮膚の汚れも吸うと思っていました。王侯貴族など1日に何度も亜麻の下着を替えたそうです。かつての常識では清潔な亜麻の下着を身につけていれば風呂には全く入らなくて良いとされ、「下着を清潔に保つことが自身の清潔さ」であり「健康の証し」であり「ステータス」だったのです。なぜ!? 風呂入らなかったら体臭いまんまじゃん!? と思いますでしょう。「大丈夫、俺は亜麻のシャツ着てっから清潔。病気からも守られてる。風呂? 入ったことねえよ」という暮らしが18世紀までのヨーロッパ。みんな入浴が怖かったんですって。ねえ、お城のお姫様王子様のにおい想像して? どんなにおいかな!
……という内容の本を「亜麻のこと書いてあるよ!」とリンゼが読んでくれて超面白かった。おかあさん前のめりで聞いちゃったよ。
亜麻の種子、ゴマみたいな形の種を見たことあるんじゃないでしょうか。パンの上や焼き菓子の上にほら、亜麻仁が! そのままでポリポリ美味しいので子どもたちは「ポリポリ食べたいから」という理由でタネをまき、庭でおやつがわりに食べています。まるで花壇のサルビア(※)に手を伸ばす小学生です。
※サルビアにも食用と観賞用があります。
亜麻仁は栄養価が高く、食物繊維を多く含み腸内環境を整えてくれるそうでお通じの薬代わりにするという話をよく聞きます。また亜麻仁からとった油をジャガイモのスープやミューズリーなど炭水化物に回し掛けて食べている人もいます。なんでミューズリーに油かけるの? と聞けば亜麻仁油は血糖値の急激な上昇を抑えるかららしい。なるほど、ジャガイモのスープなんて血糖値爆上げしますもんね。
恐怖の植物イラクサ、これもまた立派な繊維
亜麻と同じように繊維として用いられてきた蕁麻イラクサ。
イラクサの服は童話に出てきますよね。白鳥に変えられた兄たちの呪いを解くためにお姫様が素足で踏んで柔らかくしたという描写があります。このイラクサ、肌を掠(かす)めるだけで茎に生えた細かな毛が待ってましたとばかりに肌に刺さります。刺さった毛は細かすぎて抜くことができず焼けるような痛みと過ごすことになるため草取りなどでうっかり触ってしまうと1日中イライラする羽目になるイラクサ(でも1日たつと痛みは消える)。
「亜麻の衣類は高級だったから、貧民や一般人は自分でイラクサを編んだらしいよ」
「ええーっ! イラクサ!?」
「イラクサなんか着たくないよ!」
子どもたちは野原を走る時、散々痛い目に遭っているので絶対触りたくない草のひとつです。そんなものを踏んで繊維を取り服を作ったお姫様のことはちょっと尊敬しています。
「でも私たちだって、いつ何時魔女の呪いに立ち向かうことになるか分からないのだから足の裏を鍛えてイラクサの服を作る練習をしておくといいかもしれないよ」
「お母さん、何を言っているの」
汚れや病を寄せ付けない亜麻、呪いを解くイラクサ。どちらも人々の肌を包み大切にされてきた素材です。
なかでも修道院などで精緻(せいち)に織られた布には聖書の内容や物語を伝える刺繍が丁寧に施され、大聖堂の垂れ幕や祭壇を覆う装飾になり、それらは宝物として現在も大切に保管されています。
自分の拙い試行錯誤の後で1000年前の手仕事を目にすると、そこに込められた膨大な時間と技術にため息が漏れます。
糸を紡ぐ指先、輪になって針を運ぶ女たちの笑い声。信仰の祈り。
蔦(つた)でも亜麻でも、土地の素材に触れながら手を動かしていると、ここの人たちの暮らしの一端に触れている気がする。その感覚にとても惹(ひ)かれるのです。
コーデリコーデリ。
そして私たちはまだ大麻(ヘンプ)を撚っている
この3種のなかで最も強い素材の大麻。ヨーロッパではロープや野良着、絨毯(じゅうたん)の裏地などになったようです。船乗りの命綱は大麻製でした。
今回庭に生えて来た迷惑植物をきっかけに、自分達の着ているものの繊維やその歴史にちょっとだけ触れることができました。家族でヨーロッパにおける大麻繊維や亜麻繊維のことを調べながら、日本ではこれを服にしてたんでしょう? どうやって? と大麻の茎を煮たり叩き、硬いなぁ硬すぎるよと口々にこぼしたのはなんとも奇妙で愉快な時間でした。
私にはスマートフォンもインターネットもあるというのに大麻の繊維を柔らかくすることさえできない。
「こどもたちよ、これには何か現代人が知らない秘技があるのにちがいないよ」
「あのさぁお母さん。麻紐、買えばよくない?」
……などと記事を書いてるうちに、バケツの中につけていた麻の皮入りの水を片付けずにほったらかしてたら猛暑で発酵。なんと繊維以外の部分が腐って溶けだして綺麗(きれい)な麻の繊維だけ取り出せたのでした。
まてよ。ということは皮をむいただけのものだと腐敗や水には弱いということになるな。命を預けるロープにするには繊維のみを撚(よ)る必要がある。
これから無人島にたどり着いてサバイバルしなければならない人は是非参考にしてほしいと思います。
前編はこちら「このニオイは大麻だよ」なんて話を我が子にする日が来るなんて。大麻が合法になってしまったドイツより
今回の海外ママは
中原さん
結婚を機に夫の故郷ドイツに移住。滞在年数10年を超えてもドイツ語に苦しむ。趣味はレストラン巡り、庭いじり、手芸などなど。掃除と片付けも趣味になったらいいのになあ……といつも思っています。2人の娘がいます。#中原ドイツ子育て Instagram @s_vn