覚えがある分ブッ刺さって痛い。安いと買いすぎて、うっかり腐らせてしまった経験は数えられないくらいあります【教えて!世界の子育て~ドイツ~】
海外ではどんな子育てをしているの? 日本から離れて子育てをするママたちに、海外でのようすを教えてもらう「教えて! 世界の子育て」。場所や文化が違うと、子育ては違うのでしょうか。日本での子育てや生活と同じこと、違うこと。各国からリアルな声を届けてもらう今回は、ドイツ在住の中原さんから。
超特価のひき肉
ええっ! ひき肉が1.5kgで6.99ユーロですって!
近所のスーパーでお得な商品を手にした私はホクホクしていました。
100g46セントくらい。日本円で100g70円というところでしょうか。やすーい!
いつもだったら100gが1.1ユーロ(150円くらい)なひき肉ですから超特価なうえに、家族4人では一度には食べきれないタップリ1.5kg。どう使おうかと頭の中のシェフ中原のレストランがメニューの用意をし始めます。これだけあったらハンバーグ何個作れる? 冷凍もできるね、うふふふふ。
かゆい尻を掻くことができない肉
「おかあさん、これ1だよ。」
一緒に来ていた3年生の長女リンゼが肉を指差して何か言っています。
「これね、お肉が生きてた時どんな暮らしをしてたかの点数なの」
お肉が生きていた時の暮らし。斬新な概念です。
「1だとどうなの? リンゼさん」「1はとても悪いの。お肉は狭いところでギュウギュウに入れられて、ずっと立ったままで足が疲れても簡単には横になれないしお尻が痒くて掻きたくても後ろを向くことができないの」
「えっ、」
「毎日辛い思いをして殺されてお肉になったのが1」
「おお……」
「じゃあ、2は?」
「2はね、お尻が痒かったら掻けるけど、空が青いのも草が緑なのも知らないでお肉になるの」
「うっ、それも大概ふびんだね」
「でしょう。4の肉はね、鳥も見たことがあるし外の風の匂いも知ってる、走ったこともあるお肉なんだよ」
私の頭の中には、牧場で目を細めて鳥を眺めるご機嫌な顔つきの肩ロースの姿が思い浮かんでいます。背後には喜び駆け回るバラ肉も見える。これは確かに幸せそう。
まあ幸せそうではありますが、それが一体私の食卓にどう響くというのでしょう。肉になって仕舞えばみんな押し並べて肉。「リンゼさんや。お肉さんが生きてた時幸せそうだろうと悲惨だろうと、もう死んでるし、どうせ入るのは私の胃の中だからどれでもよくない?」「よくないよ」
リンゼの答えはとてもはっきりしていました。
「お肉が悲しいとね、たくさん薬を使うの。ぎゅうぎゅうになって暮らしてるところに1匹病気のお肉がいても、病気がうつらないくらいみんな沢山薬を打っていて、最後には人間がそれを食べるんだよ。これ体に良くないんだよ」
「あなたそれどこで教わったのよ」
「学校でおそわった。理科の時間」
どうやら動物の体を学ぶ過程で家畜の生態について扱われたよう。
続けてリンゼは話します。「豚は清潔な動物だからギュウギュウでうんこまみれで暮らしてたら心が辛いんだ。ほんとうはね、豚は自分でうんこする場所を決めて、いつもそこでしたいの。安いお肉はうんこする場所も決められないし、体を綺麗にするのも十分にやってもらえないし、あと豚は鼻で穴掘りするのが好きなのに穴ぼこ1個も掘れないで死ぬ」
「あと安いお肉はわりと冷蔵庫でくさる」
「腐ったのを捨てても悲しくないでしょ、安かったから」
「安いお肉は沢山売れるけど、沢山捨てられてもいる。みんな安いから買うのに、買って捨てる。悲しい思いして暮らしたお肉、食べられもしないで捨てられちゃうのもっとかわいそう」ぐさぐさぐさ!
これは覚えがある分ブッ刺さって痛い。安売りと思って買いすぎて、うっかり腐らせてしまった経験なんて数えられないくらいあります。
「あとね、安い肉が沢山売れると、お店はかわいそうな肉ばっかり売ろうとする」
「ああ、お客さんのニーズがあるってことだもんね」
かくいう私が手に取ったのもお得パックです。
「安いお肉買うとかわいそうなお肉がたくさん増える」
「たしかに。悪循環だ」かわいそうなお肉はたくさんの水や、土地を農薬で汚染した安い飼料もじゃぶじゃぶ与えるため環境にもよくないのだそう。肉についた1から4の評価は自分が食べている物のことを簡潔に理解し、納得して商品をえらぶための便利な指標なのです。
腹と財布と心で相談する、
肉の選択肢
安売り肉は肉が悲しいだとか環境への負荷だけでなく、屠殺(とさつ)業者にも安い労働を強いています。コロナの時には、外国人出稼ぎ労働者がドイツの食肉工場で集団感染したことをきっかけに、彼らの労働環境の劣悪さと給金の安さが白日の元に晒され、自分達が安いと喜んで手にする商品がいったいどういう過程を経ている物なのかと改めて考えさせられることとなりました。
お肉だけでなく、コーヒーやカカオなどの搾取構造が生まれやすい輸入品や、環境に負荷をかけ大量の廃棄食品を出す生産システムには、消費者からのNOが強まってきています。服でも食べ物でも何でも、手に取る物にフェアネスという概念が見えるようになってきました。これに少しでもお金を払っていくことは、他人の権利と自分の権利に敬意を払うことと等しいのです。
安売り、お得はたまには嬉しいけど、不平等を極力避けた商品の選択肢があるのも悪くない。「あなた、授業よく聞いて覚えてえらいね! 豚は決まった場所でうんこしたいとかお母さんも勉強になったわー」
「ふふ。リンゼは理科がとくいだよ。ねえねえ、晩御飯のお肉少なくて良いから、4のお肉買おう」ああ、わたしの特大ハンバーグよさらば。しかし娘が学校で習ったことを活かして自分で納得する肉を選んだことを喜ぶとしよう。
晩御飯はお肉が少なくても何とかなる、そぼろご飯にしようかな……。
今回の海外ママは
中原さん
結婚を機に夫の故郷ドイツに移住。滞在年数10年を超えてもドイツ語に苦しむ。趣味はレストラン巡り、庭いじり、手芸などなど。掃除と片付けも趣味になったらいいのになあ……といつも思っています。2人の娘がいます。#中原ドイツ子育て Instagram @s_vn