絵本作家・大森裕子さんロングインタビュー。自分で勝手に義務にして、自分で勝手に怒ってた【後編】

『へんなかお』、「コドモエのずかん」シリーズなどkodomoeでも多くの人気作を生み出してきた大森裕子さん。少年と猫の関係を描いた『わすれていいから』（KADOKAWA）は、MOE絵本屋さん大賞で第2位を受賞。猫をこよなく愛する大森さんに、絵本作家になるまで、子育てを振り返って、そして猫との生活をお聞きしました。kodomoe webでは、本誌の貴重なロングインタビューを全編公開。後編をお届けします。

前編はこちら　『ねこのずかん』や『いぬのずかん』は、子どもの頃の私がほしかった図鑑です

自分の価値観や思い込みに
気づくと目の前が晴れる

――男の子ふたりの子育てで、心に残っているエピソードはありますか。

長男が中学3年生で高校受験のときに、まだ塾とか特に行ってなかったんですね。で、部活も引退して中3で、受験本番だわ、「塾、どうしようかね？」みたいな話になったときに、長男が「あ、俺は塾には行かないで、自分で勉強してみるよ」って言ったんです。だから私は、「ああ、そっか。応援する」って言って。その話はその場で終わったんだけど。

でも後日、何気なく知り合いの人にその話をしたんです。その方はうちの長男のことも知っている、私が大好きな年上の女性なんですけど。そうしたら、「塾に行ってみるのもありじゃない？　自分でやることにこだわらなくても」って、サラッと言われたの。

私、習いごとにちょっとした昔のトラウマもあり、「させられてた」みたいな感覚が残ってたから、「自分は子どもに何かを無理にさせないようにしよう」みたいな意識があったんですね、どこかで。だから、塾に通わず自分で工夫して考えて勉強するほうがいいって無意識に思っていて、それを長男が察して、ああいうふうに言ったのかな？ってふと思ったんです。

で、家に帰ったあと、長男に、「実はこういうふうなことを言っていた人がいて。どう？　塾行ってみる？」って聞いたら、長男の顔がパーッて明るくなって。本当に破顔という感じで。「あ～、俺さあ、一度、塾行ってみたかったんだ！」って、本当に嬉しそうに言ったんですね。

「自分でやるほうがいい」っていう私の価値観が、知らず知らず彼の正直な本当の気持ちをわからなくさせちゃったんだと思いました。自分の価値観って、自分にとっては当たり前だから、自覚すらしてないことがほとんどだと思う。だけど、伝染していくんですね。私が子どもだったころ、母の価値観を元にした言動がすごく嫌だったのに、親になったら自分も同じことを子どもにしていました。

でも、そこに気づいてそれを手放すと、ゲームの時もそうだったけど、目の前がパーッと晴れます。塾に通い始めた長男は、成績がぐんと伸びてとても楽しそうでした。

――それは親としては、胸にささりますね。

それからね、これは次男の話なんですけど。次男が中学2年ぐらいのときだったんですけど、彼はいっつも朝ギリギリまで寝ていて、学校に行くのがもう遅刻寸前なんですね。なのに、まあのんびり優雅に出て行くわけですよ。で、私が思うより多分次男は足速いから、走ったりして多分間に合ってるとは思うんだけど。私としては、もう出なきゃ遅刻だろうって、いつも内心ソワソワ、イライラで。

で、そんないつもの朝、急に寒くなった日だったんです。そうしたら次男が出る直前、「母さ～ん、手袋どこ～？」って言ったのね。

――それは……地雷（笑）。

ね、そう思うよね。「えっ？」って。まだ冬物なんて出してない、マフラーも手袋もしまってる時期で、突然寒くなったから仕方ないかという思いもありつつ、でも、もう学校に間に合わないというタイミングで「手袋どこ～？」なんて言われたものだから、思わず「はあぁ!?」ってキレたんですね。

で、怒り顔のまま手袋がありそうな場所を、まず玄関の引き出しを探して「ないよっ！」とか言って。その私の剣幕に、次男はポカーンとしてたんですね。それで今度は部屋の奥の引き出しを見たら、あったんです。でも怒りがマックスになってるから、「あったよ、ほらっ！」って渡して、「すぐ行け！」みたいな勢いで次男を送り出したんです。でも、玄関越しに去っていく次男の「？？？」っていう顔が、脳裏に焼きついて。

それで、送り出したあとに考えてみたんです。今日急に寒くなったから、事前に手袋の用意なんてできなかった。で、彼が言ったのは「母さん、手袋どこ？」。それに対して私は反射的に怒ったけれど、手袋がどこにあるかを彼は聞いただけなんだって思い当たったんですね。だから、「玄関の引き出しか、奥の引き出しにあると思うよ」って言うだけでよかった。そう気づいて、愕然としたんです。私、そんなことでこんなにイライラしてたのか!?って。

それで、この怒り、不満の正体は何かと考えたら、「母親はそういうときに、求められたことに応えるもんだ」っていう、自分の思い込みですよ。次男は「あれ？　なんで怒ってんだろう？」みたいな顔だったのね。で、その顔の意味がわかったの。彼は純粋に、手袋のありかを聞いただけだった。

――「手袋出して」って言ったわけじゃない。

はい。たとえ「出して」って言ったとしても「場所わかんないから今すぐは無理」とか、「じゃああなたはここ見て。私はこっち見るから」とか、それで全然いいよね。私は出すことを、自分で勝手に義務にして、自分で勝手に怒ってた。「これか！」と思って。母親は子どもが言ってきたことに、応えなきゃいけない、それが当たり前だという思い。ああ、これさえ手放せばいいんだ。そういう仕組みだったか、と思って。

学校から帰ってきた次男に、「ごめん」って謝って。「母さん、朝怒ったけど、あれ、ただ場所を聞いてただけなんだね」って言ったら、「そうだよ。今までそういうこと、いっぱいあったよ。母さん、なんで怒ってんだろうって、何度も思ってたよ？」って言ったんですよね。「すまん！（笑）ちょっとこれから改めるわ」って。私はいかに自分の無意識の思い込み、「こうあって当然」で世界を暗く曇らせていたのかと思いました。

子育てなんてもう、そんなことの繰り返しです。だから自分が怒ったときは、結構チャンスで。相手のせいにしていても、解決はしない。不満の裏には、自分の中に「あれ？　これってどうなのかな？」って見直す価値観や思い込みが、絶対あると思う。不満や怒りは、そこに気づくためにあるのかなと思います。

歴代の絵本にその時々の
家族の思い出が重なる

――そういえば次男くんは、大森さんの絵本『へんなかお』ができるきっかけになったんですよね。

はい、小さい頃の次男は本当に変顔が得意で、変顔でコミュニケーションしていて。そこから生まれた作品でした。

――『おすしのずかん』を描くときは、ご家族みんなでお寿司屋さんに出かけたり。

 『おすしのずかん』は「ずかん」シリーズの最初だったので、ほとんど全部のお寿司を、お寿司屋さんに行ったりして実物を頼んで観察して。家族に協力してもらって、全員で「今日は寿司！」「イエーイ！」って出かけて。「今日は軍艦のページを描くから、軍艦だよ、頼むのは」って言うのに、長男と次男は「オレ、あぶり中トロ」とか言って、勝手に好きなのを頼んでましたね（笑）。

『パンのずかん』のときも、買ってきたパンを見ながら描くから、「パン食べる？」って言うと「……見本になったあとのカサカサのパンか」みたいな反応が返ってきたりもしてたんですけど（笑）。だんだん描くのが速くなって、もうサッと仕上げて、まだふわふわのパンを渡せるようになりました。そんなふうに進化していった記憶がありますね。ホットケーキを描くときは、長男に手伝ってもらいました。「ハイ、スタート！」ってシロップをかけてもらって、私がたれ方を動画に撮りました。

『くだもののずかん』では、スーパーで偶然ドリアンを見つけたので買ってきたら、ものすごく硬くてなかなか切れなくて。でも切ったら切ったであの匂いがすごく臭くて、「ちょっと食べてみようぜ」とか言って、なんかワーワーやってた記憶がありますね。

『めんのずかん』のときも家族で町の中華屋さんに行って、「今日はこれとこれ」って頼んだりしてました。でも私が、絵を描くのにいい具合になるよう、ラーメンのチャーシューの位置を整えたりするので、みんななかなか食べられなくて。全員「まだあ？」みたいに待っていて（笑）。

――「ずかん」シリーズの制作には、それぞれにご家族の思い出も重なってるんですね。

そうですね。そういえば当時小学生だった次男には、「今度は『やきにくのずかん』にして」とか言われましたね（笑）。

――そして近刊の『わすれていいから』は、まさに赤ちゃんの頃からの息子さんの成長を、猫の目線から描いたお話です。

本当に、それこそ子どもと猫のエピソードとか、日常の中から生まれた本ですね。出てくる男の子は、長男と次男を足して２で割ったような人物です。

落ちこんでる男の子を猫が慰めるシーンも、あれは本当にあったことです。

多分長男が小学3、4年ぐらいのとき、学校から暗い顔して帰ってきて。ソファに座って、落ちこんでたんですよね。「なんかあった？」とか声をかけてみたけど、何も言わなくって。そのくらいの年齢になってくるとね、もう親にも言いたくないこともありますよね。

「いろいろあるんだろうなあ」と思って、他の家事かなんかをしながら、なんとなく様子をうかがってたら、一人でぽろぽろ泣きだしたんです。そうしたら、猫がパッてソファに飛び乗って。長男に手をかけて、ほっぺの涙をペロペロってなめたんですよね。それを見て、「ああ、私の出番はないな～」と思って。猫だからこそできる寄り添い方だし、もうなに？　この、純粋な愛は！って思って。こっちまでなんだか心が温かくなりました。

――それはもう、必要十分な感じがしますよねえ。

そうですよねえ。猫って本当に素敵だなあと思いました。

子どもたちが受験期の頃は、結構子どもの方がピリピリしてるので、猫がいつも通り膝に乗ったりしても、部屋から出されてドアを閉められたりして。でも、もちろん猫は感情的にはならないし。「なんか今日は、膝下ろされたな、オレ」みたいな顔をしていて。いちいち自己憐憫（じこれんびん）とかしないところも、私が猫に惹かれる部分です。『わすれていいから』の中では特に、そういう猫らしさを大切にして表現しました。

4匹の猫たちはみんな
大切な家族

――大森家には猫たちが4匹、トム、モコ、チョビ、ニィ、みんな男の子なんですね。

そうなんです。この家は私以外、みんな男子です（笑）。

猫はもう本当の家族なので、大切な存在です。動物ってみんなそうだけど、価値観にとらわれて生きてないですよね。「こうするのがいいからする」なんて考えて行動している猫とか見たことないじゃないですか。そういうところで、一緒にいるとこちらも自然体でいられたり、つい笑顔になったりするのかなって思います。

そう、モコは『ねこのずかん』を描いてるときに、夢に出てきてくれたんです。当時の私は猫を描くのがすごく苦手で、うまく描けなくて。試行錯誤の日々で、毎日猫のことばっかり考えていたんですけど。

なんかモコってね、4匹の中で言うと、ちょっと神さまっぽいとこがあるんです。ある日夢の中で、モコがバーッて光って、玄関から入ってきたの。家猫なので、外にいるはずはないんだけど。「祝福」って感じで、私のところに来てくれたんですよ。とても神々しかった。それで起きたあと、ちょうどそのとき描いてたのはモコの絵だったんですけど、びっくりする程スムーズに、ふわぁ～って筆が進み、あっと言う間にそのページが完成したのを覚えてます。

トムは、本当に面倒見がよくて優しいし。チョビはツンデレで、だから甘えてくるときがすっごいかわいいです。ニィは我が家のアイドルで、ふにゃふにゃしてちょっとまぬけで、もう最高にかわいいです。4匹ともみんな違って、本当に毎日面白いですよ。

インタビュー／原陽子　撮影／黒澤義教（kodomoe2025年4月号掲載）