5月のテーマは「子ども・大人・絵本」【広松由希子の今月の絵本・42】
絵本作家で評論家の広松由希子さんの連載。毎月、テーマに沿った、おすすめ絵本をセレクトしていただきます!
5月のテーマは「子ども・大人・絵本」
わたしが子どもだった頃、
大人は今より大人だった気がします。
絵本のなかでも、
あなぐまのフランシスやうさこちゃんの両親のように、
ほめるときはほめるし、ダメなときはダメってきっぱり言う。
ふところが大きくて、正しい大人のイメージです。
いざ自分が大人になってみると、どうでしょう?
フランシスパパやふわふわさんに憧れながら、
価値観ぐらぐら、子どもとの境界もあやふや、時に立場が逆転したり。
近年の絵本を見渡すと、
子どもと大人の関係も、移り変わってきているような……?
『ちゃんとたべなさい』は、イギリスの親子の絵本。
タイトルからして、好き嫌いをなくすための、しつけ絵本風だけど?
晩ご飯になると、ママはいつもデイジーに言います。
「おまめも ちゃんと たべなさい」って。
でも、デイジーは「おまめ、だいきらい」
ママは、次々と交換条件を提示します。
おまめを食べたら、
・アイスクリームをあげる
・いつもより30分、夜更かししていい
・今夜はお風呂に入らなくてもいい
……
でも、デイジーは頑として「おまめ、だいきらい」
ママの交換条件は、なし崩しにエスカレート。
おまめを食べたら、
・アイスクリームをスーパーマーケットごと買ってあげる
・ずっと起きていていい
・ずっとお風呂に入らなくていい
・自転車屋さんと動物園を買ってあげる
それから、それから
うろたえるママに対して、
デイジーはますますきっぱりと、
「おまめ、だいきらい」
最後は、デイジーが一歩譲って、ママに交換条件を出します。
でも、きらいなものは、きらい。
ママも、わたしも、ね。
イギリスの子どもたちが選ぶ
チルドレンズ・ブック賞絵本賞大賞受賞作。
子どもなママの情けない表情に、親近感。
『ちゃんとたべなさい』
ケス・グレイ/文 ニック・シャラット/絵
よしがみきょうた/訳
小峰書店 本体1300円+税 2002
お気に入り「やんちゃっ子の絵本」シリーズより
『だれがきめるの?』では、
スウェーデンの現代親子像が、浮かび上がります。
寝る前にいっしょに絵本を読む
ママぐまさんとこぐまさん。
「『さあ、おしまい。もう ねる じかんよ』
おとなって いつも そういうんですよね。
『おしまいじゃ ないもん!
もう いっかい よんでよ!』
こどもって いつも そういうんですよね。」
大人と子どもが同じ地平。
語りかける地の文が、読者に共感を促します。
もののわかったような、大人扱いされた子どもは、
ちょっと自尊心をくすぐられますね。
ちっとも寝ようとしないこぐまさんに、ママぐまさんは、
「げんきな はず ないでしょ。
もう ねなさい。ママが きめます!」
「じゃあ ママだって げんきな はず ないでしょ!
ママも ねなさい。あたしが きめます」
ああ言えば、こう言うこぐまさん。
ケンカも仲直りも失敗も、かなり対等だけど、
弱ったときは、ママのほうが、やっぱりちょっとだけ大人?
いまの気分にしっくりくる、ナチュラルな親子関係。
こにくらしい表情の
へんてこな線描きの絵が、クセになります。
『だれがきめるの?』(やんちゃっ子の絵本)
スティーナ・ヴィルセン/作
ヘレンハルメ美穂/訳
クレヨンハウス 本体1000円+税 2011
『もしもぼくがおとなだったら…』は、
ペンと色鉛筆の軽いタッチが、ほっと可愛い、ハンガリーの絵本。
ちっちゃなぼくは、いつも大人に注意されてばかり。
でも子どもは、みんな知っている。
いい子でいるよりも、わるい子になるほうが
ずっと面白いんだってこと。
「こどもの ときが いちばん いいんだ!」
と言われるけれど、
「おとなのほうが いいこと たくさん あるんだ!」ってこと。
大人は自分の好きにしていいもの。
もしもぼくが大人だったら……やりたいことが、たくさん!
椅子にひざをついて座ったり、
大きなチョコレートをごはんの前に1枚食べたり、
道を後ろ向きに歩いたり、のらねこたちをみんななでてあげたり……
およめさんは、こんな人で、
ご近所さんは、やさしい人だらけ。
子どもがたくさん生まれて、いつもいっしょに遊ぶけれど、
パパのぼくが、いつも一番!
大人への夢が、むくむくふくらみます。
小言いう側、いわれる側。
大人と子どもの対比がくっきりしてるから、
変身もわかりやすくてゆかいです。
日本に翻訳紹介されたのは2005年ですが、
本国ハンガリーでは、40年以上前から愛されている絵本でした。なるほど!
『もしもぼくがおとなだったら…』
ヤニコヴスキー・エーヴァ/文 レーベル・ラースロー/絵
マンディ・ハシモト・レナ/訳
文溪堂 本体1400円+税 2005
最後に日本の最新刊をひとつ。
『おむかえまだかな』は、保育園でママの帰りを待つ女の子が主人公です。
気づくと、友達はみんな帰っていて、
かなちゃんは、お迎えが最後になっていました。
「かなちゃん、なかないもんね?」
ぬいぐるみの クマちゃんが いいました。
「うん。へいきだよ」
かなちゃんは、クマちゃんとおしゃべりしながら、
ママがどうしているか、空想をふくらませます。
また、電車がとまっちゃったのかもしれない。
でも、だいじょうぶ。
ぞうさんやかばさんが電車を押してくれるから。
ケーキを買っているのかもしれない。
大きいの買い過ぎて、運べなくなっているのかも。
でも、へいき……
心細い気持ちを打ち消すような、楽しい空想。
自分の気持ちを励ますだけでなく、
お迎えに焦っているだろうママの安否も
思いやる心が、伝わってきます。
夕暮れの光のなか、
けなげに笑う女の子の表情、
それが、ぱっと明るくなる瞬間。
子ども、特に女の子の微妙な表情を描かせたら、
天下一品の岡田千晶さんの
子どもを包み込むような鉛筆画。
悲しい顔は一度も見せない女の子が、
大人の心をわしづかみにします。
子どもも、大人も、いっしょに頑張る。
いっしょに育つ。
実感のこもった、いとおしく新しい絵本です。
『おむかえまだかな』
もとしたいづみ/文 おかだちあき/絵
学研教育出版 本体1300円+税 2015
ゆらぐ時代。子どもと大人。
正しい絵本なんて、たぶんどこにもないけれど、
「好き」の気持ちが伝わる絵本を読みたいな。
広松由希子 ひろまつゆきこ/絵本の文、評論、展示、講座や絵本コンペ審査員などで活躍中。
2017年ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長。著作に絵本『おかえりたまご』(アリス館)、「いまむかしえほん」シリーズ(全11冊 岩崎書店)や 2001~2012年の絵本案内『きょうの絵本 あしたの絵本』、訳書に『ヒキガエルがいく』(岩波書店)『うるさく、しずかに、ひそひそと』(河出書房新社)など。2020年8月、絵本の読めるおそうざい屋「83gocco」をオープン。https://83gocco.tokyo
web連載「広松由希子の今月の絵本」
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