2020年8月20日

8月のテーマは「おまじないの絵本」【広松由希子の今月の絵本・96】

絵本作家で評論家の広松由希子さんの連載。毎月、テーマに沿った、おすすめ絵本をセレクトしていただきます!

8月のテーマは「おまじないの絵本」

小さい頃のわたしは、とても心配症でした。
幼稚園や学校に遅れないように30分も早めに家を出たり、忘れ物がないかどうかランドセルの中を何度も確かめたり……。
それが、今や毎朝忘れ物をしては取りに帰り、時間どころか日にちも間違えるような、いい加減な大人になってしまったのは、母の「おまじない」効果のおかげなんです。

わたしがなにか心配し始めると、母が「なるようになる なるようになる」と繰り返しつぶやいてくれたので、すっかり体に染み込んでしまいました。
(そして実際、たいていのことは、なるようになりました!)

ちょっと効き目があり過ぎたと、母は後悔しているようですけれど、おまじないは、その後の生きづらさをずいぶん軽くしてくれました。
今月は、痛みを和らげたり、心配をなだめたり、頼りになるおまじない絵本を紹介します。

8月のテーマは「おまじないの絵本」【広松由希子の今月の絵本・96】の画像1

まずは、おまじない初級編。赤ちゃんからのおまじない。
『いたい いたいは とんでいけ』を読みましょう。
このおまじないなら知っている……そう思いますよね。
でも、これはわらべうたのような調子で、意外な展開を見せる絵本なのです。

「むっちゃん むがつく むうざえもん」で始まって、転んでひざをすりむいて、激しく泣き出すむっちゃんに、
「いたい いたいは とんでいけ
 ちちんぷいぷい とんでいけ
 むこうのおやまへ とんでいけ」
……と、ここまでは、わかります。
ところが向こうのお山まで飛んでいった「いたい いたい」は、ねぼすけウサギに迎えられ、とんだ目に合ってしまうのですよ。
丸めて、投げて、棒で叩いて、伸ばされて……なんて強いウサギ!
あっけにとられる展開に、自分が痛かったことなど忘れてしまいます。
絵本の中のむっちゃんも、最後には
「いまないた からすが もうわらった」

ロングセラー「松谷みよ子 あかちゃんのわらべうた」シリーズの1冊。
何度も読むうちに親子でそらんじてしまいます。
子どもが外で転んだときとか、この長―いおまじないを唱えていると、子どもの目にも絵が浮かんできて、痛いのが引っ込みますよ。

おなじみ『100万回生きたねこ』(講談社)と同じ頃に出版された絵本。
佐野洋子さんのちょっと毒のある絵、くちゃくちゃの泣きべそ顔がいとしいです。

8月のテーマは「おまじないの絵本」【広松由希子の今月の絵本・96】の画像2
『いたい いたいは とんでいけ』 
松谷みよ子/文 佐野洋子/絵 偕成社
本体1000円+税 1977

 

いとうひろしさんの『だいじょうぶ だいじょうぶ』は、子どもからおじいちゃん、おばあちゃんまで、じんわり奥まで染みるおまじない。
「ぼく」が今より赤ちゃんに近く、おじいちゃんが今より元気だった頃、ふたりはいつものんびり散歩を楽しんでいました。
少し大きくなってくると、平和だった小さな世界には、痛いこと、いやなこと、怖いことも増えていきます。
でも、おじいちゃんはいつもぼくの手を握り、つぶやいてくれるのでした。
「だいじょうぶ だいじょうぶ。」

「だいじょうぶ」がぼくの中に染みていく過程が、胸に落ちます。
悪いことが起きないわけじゃありません。
たとえば意地悪されても「だいじょうぶ だいじょうぶ」って、「それは、むりして みんなと なかよく しなくても いいんだって、ことでした」。
事故や怪我や病気の心配も、もう一歩の勇気が出ないときも、おじいちゃんと繰り返す「だいじょうぶ だいじょうぶ」が乗り越える勇気をくれる。
「よのなか、そんなに わるい ことばかりじゃ ない」って、目を開かせてくれる。

男の子の成長や、読者が読み込む速度に、絵本のスピードが寄り添っているのがとてもいいです。
「だから こんどは ぼくの ばん」
気持ちをなだめてくれるだけでなく、強くもしてくれる、おまじない絵本です。

8月のテーマは「おまじないの絵本」【広松由希子の今月の絵本・96】の画像3
『だいじょうぶ だいじょうぶ』 
いとうひろし/作・絵 講談社 
本体1000円+税 1995  

 

困った気持ちを軽くほぐしてほしいときは、長谷川義史さんの『いいから いいから』(絵本館 2006)も効きますね。
でも、わたしがヤサグレ気分になったとき(割としょっちゅう)、つぶやいて効き目があるおまじないは、「け」。
そう、知ってる人は知っている、『やっぱり おおかみ』の名ゼリフです。

主人公は、黒い影のように描かれた、ひとりぼっちの子どものオオカミ。
仲間を探してうろつきますが、ウサギの町、ヤギの町、ブタの町……黒いオオカミの姿を見ると、草食動物たちは、みんな逃げ出してしまいます。
そんなとき、オオカミが表情ひとつ変えず、発する言葉が「け」。
吹き出しに大きく、1文字だけ。

漫画家だった佐々木マキさんの絵本デビュー作にして代表作。
レトロな西洋風の街並み、各ページのフレーム、文字の入れ方、コマ割りと吹き出しなど、直接影響を受けたのは、モーリス・センダックの傑作『まよなかのだいどころ』(冨山房)の原書と知り、なるほど納得です。

「おれに にたこは いないんだ」
お墓で一夜を過ごしたオオカミは、翌朝、空を見ながら、
「やっぱり おれは おおかみだもんな おおかみとして いきるしかないよ」
と、自分を受け入れます。
空に向かって、もう一度「け」。

さびしさ、負け惜しみ、投げやり、あきらめ、開き直り……繰り返される「け」の中に、いろんな気持ちがこもっていて、やさぐれた自分の気持ちと共鳴し合うみたい。
今もくさくさしたときに「け」とつぶやくと、すっとガスが抜けて、ふしぎにゆかいな気持ちが広がるのでした。
試してみて。

8月のテーマは「おまじないの絵本」【広松由希子の今月の絵本・96】の画像4
『やっぱり おおかみ』 
佐々木マキ/作・絵 福音館書店
本体900円+税 1977

 

最後に、最新おまじない絵本『つるかめ つるかめ』を……と思ったら、【今日の絵本だより 第149回】で、ちょうど紹介されたところでした。
(どうぞこちらをお読みください。)

「くわばら くわばら」
「まじゃらく まじゃらく」
人から人へ言い伝えられてきたおまじないは、いっしょに唱えるだけで、口が楽しくなる音。
アルミを切ってコラージュする、ユニークな技法のあずみ虫さんの絵は、直線的で民芸のような素朴さをもっていて、おまじないにプリミティブな力を与えてくれるよう。

科学や常識がぐらつく昨今、人知を超えたものに向かって願うことばは、ユーモラスで頼もしく響きますね。
今を生きる大人たちが、不安な気持ちを共有する、今の子どもたちに送り出した、新刊おまじない絵本です。

8月のテーマは「おまじないの絵本」【広松由希子の今月の絵本・96】の画像5
『つるかめ つるかめ』 
中脇初枝/文 あずみ虫/絵 あすなろ書房 
本体1200円+税 2020

 


絵童話が読めるようになった、ちょっと大きな子どもには、『おまじないつかい』(なかがわちひろ/作 理論社 2007)は、いかがでしょう。
主人公のゆらちゃんのお母さんは、ちょっと変わっているみたい。
だって、代々「おまじないつかい」の家系だから。
魔法つかいは気が短いけれど、おまじないつかいは、ゆっくりじっくり願い事を育てるんですって。

ちちんぷいぷい。つるかめ つるかめ。
ゆかいなおまじない絵本で、親子におおらかな時間を。

広松由希子 ひろまつゆきこ/絵本の文、評論、展示、講座や絵本コンペ審査員などで活躍中。
2017年ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長。著作に絵本『おかえりたまご』(アリス館)、「いまむかしえほん」シリーズ(全11冊 岩崎書店)や 2001~2012年の絵本案内『きょうの絵本 あしたの絵本』、訳書に『ヒキガエルがいく』(岩波書店)『うるさく、しずかに、ひそひそと』(河出書房新社)など。2020年8月、絵本の読めるおそうざい屋「83gocco」をオープン。https://83gocco.tokyo

web連載「広松由希子の今月の絵本」

Twitter https://twitter.com/yukisse
facebook https://www.facebook.com/yukiko.hiromatsu

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