2月のテーマは「鬼絵本」【広松由希子の今月の絵本・91】
絵本作家で評論家の広松由希子さんの連載。毎月、テーマに沿った、おすすめ絵本をセレクトしていただきます!
2月のテーマは「鬼絵本」
節分も過ぎ、暦の上ではもう春ですが、「おには そとー」と追い出されてしまったあの鬼たちは、今頃どこでどうしているのでしょう? 今月は、節分だけじゃなくて一年中読みたい、魅力あふれる鬼の絵本を集めてみましたよ。
まずは、半世紀以上読み継がれる傑作民話絵本『だいくとおにろく』から。
昔、どんなに橋をかけても流されてしまう大きな川がありました。村人たちに頼まれたものの、高名な大工も、さてどうしたものかと、じっと川面を眺めていると……ぶくぶく泡の中から現れ出たのは、大きな赤鬼! にかっと笑って言うことには、「おまえの めだま よこしたら、おれが おまえに かわって、その はし かけてやっても ええぞ」
つい口約束してしまった大工は、幾日も経たずにりっぱな橋ができてしまって、あわてます。「さあ、めだまぁ よこせっ」「たのむ。まってくれ」と押し問答の末、「そんなら、おれの なまえを あてれば ゆるしてやっても ええぞ」
大工と鬼の駆け引きにドキドキ。めくるごとに、色彩鮮やかな大和絵風の絵とモノクロの墨絵が交互に現れ、ドラマを盛り上げます。赤羽さんの描く「鬼」は、迫力もありながら、まぬけな可愛さもあって魅力的。最後のたたみかける展開のなかの、鬼の表情の変化にほれぼれ。
本作以降、赤羽さんは鬼絵本の依頼が一気に増え、「鬼の赤羽」と”高利貸し”みたいな異名で呼ばれるようになったとか。絵本のドラマ構成についても、この初期の作品が大きな一歩になったと、回想されています。のちに世界的に名を馳せる「絵本の鬼」の誕生にもつながる一冊。
文との相性も抜群。「にかっ」「にかにか」と笑ったり、「ぶっくり」出てきたり、最後は「ぽかっ」と消えてしまったり、再話の擬態語が、鬼の性格を浮かび上がらせています。「名前」を知ると相手を支配できるという概念は、グリムの「ルンペルシュティルツヒェン」など、いろんな国の民話にも見られて、興味深いですね。
『だいくとおにろく』
松居直/再話 赤羽末吉/絵 福音館書店
本体900円+税 1962/67
赤羽さんが鬼の画家なら、鬼の作家と呼びたいのは、富安陽子さん。降矢ななさんと組んだ『まゆとおに』(福音館書店 1999/2004)のむくつけき鬼の、哀れな憎めなさ。大島妙子さんと組んだ『オニのサラリーマン』(福音館書店 2015)の、人間くさい親近感。こんなに自由に描けるのは、日本の風土から生まれた鬼たちと、きっと子どもの頃からなかよく暮らしてきたから……? と思わせます。
そして最新刊、松成真理子さん絵の『さくらの谷』では、また一味も二味もちがう鬼たちが登場します。まだ枯れ木に覆われた3月の山で、「わたし」がひとり林のなかを歩いていると、ふと目の前に深い谷が現れます。そこだけがピンクの桜に埋め尽くされた谷底から、楽しそうな歌声が聞こえてきました。
「さくら やなぁ
さくら とてぇ
さくら ゆえぇ
さくら ちらすや かぜまかせぇ」
谷へくだってみると、色とりどりの一本ヅノや二本ヅノの鬼たちがお花見をしているのでした。誘われるままに「わたし」も輪に入り、やがてかくれんぼが始まります。「かくれんぼするもの、このツノとまれ」前の人のツノを握って、長い行列になると、「さいごに、とまったもんが、鬼!」
満開の桜のなか、歌い、踊り、食べて、遊ぶ、色とりどりの鬼たち。ちっとも怖くありません。ふしぎな楽しさと懐かしさに包まれる、うれしくて哀しい鬼たちとの時間。松成さんが水彩で描く、あたたかく霞んだ幻想のなかに、読後もしばしたたずんでいたい。
『さくらの谷』
富安陽子/文 松成真理子/絵 偕成社
本体1300円+税 2020
やさしい鬼の話といえば、ひろすけ童話『泣いた赤鬼』を思い浮かべる人も多いでしょう。近年も多くの画家が絵本にしていますが、初出は戦前、1933年の児童雑誌でした。それから80年の時を経て生まれた、シケダサヤカさんの絵本『オニじゃないよ おにぎりだよ』の鬼も、なかなかやさしい鬼たちですよ、タイプはまったくちがうけれど。
赤鬼でも青鬼でもなく、3人の黒鬼。しっとり泣かせる話ではなく、からっと笑わせる話。道徳の教科書に掲載されることはまずなさそうだけれど、人間となかよくなろうとする鬼ゴコロには、『泣いた赤鬼』に通じるものがあるかも。
「みなさん しっていますか? オニは おにぎりが だーいすき。」と大胆な前提で始まります。山で寝転んでおにぎりをむさぼっていたら、人間がやってきて、大慌てで逃げていきます。のんきなオニたちは、自分たちが怖がられているとは思いもよりません。ただ人間が落としていった古いおにぎりのあまりのまずさに同情し、おいしいおにぎりを山盛りこしらえ、町まで届けにいきますが……もちろん、みんなおびえて近寄りません。
なんとかおにぎりを食べさせようと、工夫をこらす、いじらしいオニたち。人間に対してやさしいというよりは、おにぎりへの愛情かもしれませんね。ついにひらめいた作戦に、ダジャレを超えた究極の愛が現れています……。
前と後ろの見返しや、カバーをはずした本体の裏表紙、そしてカバー自体にも遊びが仕込まれていて、噛むほどに味わい深い、おにぎり&鬼絵本です。
『オニじゃないよ おにぎりだよ』
シゲタサヤカ/作 えほんの杜
本体1238円+税 2012
いろんな鬼の絵本を見てきましたが、人間だって鬼になります……『いろいろおにあそび』は、遊びの研究者でもあった加古里子さんの作品。バラエティ豊かな「おにごっこ」を紹介する、物語仕立ての科学絵本です。
鬼にタッチされた子が、触られたところを手でおさえながら、次の子をつかまえるのが、「タッチおに」。つかまった子が手をつないで、どんどん長くなっていくのは、「つながりおに」。「はしらおに」や「くつとりおに」など、こんなおにごっこもあったのね。そういえば、「いろおに」とか「たかおに」とか、子どもの頃にやったっけ。
地域や集団によって、ルールも少しずつ変えたりしながら、自分たちで考えてふくらむ遊び。幅広い年齢の子どもたちが集まって、小さな子も「おみそ」の仲間に入れて、いっしょに遊ぶ様子はおおらかで懐かしい。最近あまり見ないかな……こんな日本の情景がずっと続いてほしいという、作者の願いもこめられているのかもしれません。読み終わったら、きっとみんなで遊びたくなる絵本。
『いろいろ おにあそび』
加古里子/作 福音館書店
本体900円+税 1999/2018
鬼のことをもっと知りたい人には、ノンフィクション絵本『鬼が出た』(大西廣/文 梶山俊夫ほか/絵 福音館書店 1987/1989)がおすすめ。小学生から大人まで、人の豊かなイマジネーションが生んだ鬼が、もっと好きになる。
瀬川康男さん絵の逸品『鬼』(今江祥智/文 あかね書房 1972)と、川崎洋さんが書かれた心温まるパロディ絵本『それからのおにがしま』(国松エリカ/絵 岩崎書店 2004)は、いずれも品切れ/絶版(泣)ですが、わたしのなかの殿堂入り鬼絵本です。
広松由希子 ひろまつゆきこ/絵本の文、評論、展示、講座や絵本コンペ審査員などで活躍中。
2017年ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長。著作に絵本『おかえりたまご』(アリス館)、「いまむかしえほん」シリーズ(全11冊 岩崎書店)や 2001~2012年の絵本案内『きょうの絵本 あしたの絵本』、訳書に『ヒキガエルがいく』(岩波書店)『うるさく、しずかに、ひそひそと』(河出書房新社)など。2020年8月、絵本の読めるおそうざい屋「83gocco」をオープン。https://83gocco.tokyo
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