2018年9月18日

9月のテーマは「大好物(だいこうぶつ)の絵本」【広松由希子の今月の絵本・76】

絵本作家で評論家の広松由希子さんの連載。毎月、テーマに沿った、おすすめ絵本をセレクトしていただきます!

9月のテーマは「大好物(だいこうぶつ)の絵本」

暑い夏が過ぎ、やっと、食欲の秋到来! 
食が細い子も、夏の間もちっとも食欲落ちてなかった人(汗)も、大好物の絵本を読めば、ごきげん。食欲も読書欲も、ふくらむことまちがいなし。

9月のテーマは「大好物(だいこうぶつ)の絵本」【広松由希子の今月の絵本・76】の画像1

人には人の、動物には動物の、大好物。赤ちゃんといっしょに『おいしいよ』を開いてみましょう。
「ぼくの すきなものは これと これ  きみの すきなものは なあに」と、幼い読者を絵本に引き込む場面から始まります。
「そりゃあ もうー おいしい くさに きまってるよ」というのは、だあれ?
「ごろごろごろ もがもが ふがふが」と、口がふさがって、こたえられないのは? なにをくわえているのかな?

動物たちはみんな、読者よりも自分の大好物に夢中みたい。
おっとりした絵と、ふんわり語りかける詩的な文が、親子の会話をはずませます。

1970年代に作られたペーパーバック絵本(覚えているママたちもいる?)が、2010年代にリニューアル復刊されました。
2018年9月現在、版元では品切れですが、図書館などでみつけてくださいね。

 9月のテーマは「大好物(だいこうぶつ)の絵本」【広松由希子の今月の絵本・76】の画像2
『おいしいよ』
かんざわとしこ/文 ましませつこ/絵 こぐま社
本体900円+税 2012

 

焼きたてクッキーは、ほかほか甘いにおいも含めて大好物! だから『おまたせクッキー』のおあずけ感はたまりません。
おかあさんがビクトリアとサムの姉弟に「ふたりでわけて、おやつにしてね」と、たくさん焼いてくれたクッキー。
「まるで、おばあちゃんがやいた クッキーみたいに おいしそう」「においも、おばあちゃんが やいたのと おなじだ」おばあちゃん直伝のレシピなんでしょうね。「でも、おばあちゃんのクッキーは とくべつよ」と、おかあさん。

ふたりで分けるなら、6つずつ……と数えていたところへ「ピンポーン」。お隣のトムとハナがやってきました。えーと、4人で分けるなら、いくつずつかな? 計算して食べようとしていたら、またまた玄関のベルが。
おいしいにおいをかぎつけたのか、次々と小さいお客さんがやってきます。
6つずつが、3つずつ、2つずつ、ついに1つずつになったとき……ダメ押しの「ビンポーン」! どうする、子どもたち?

大好物を前にして、数の変化と表情の変化。ベルの音の緊張と、ほっとしたゆるみ。
うーん、うまい。クッキーもうまそうだけど、絵本の展開も、実にうまいです。
シンプルなつくりですが、背景のヤカンのお湯や、床の靴跡、ラストシーンの余韻まで、何度読んでもまた読みたくなる。
日本語訳のタイトルもしっくり。おいしさが充満した絵本です。

9月のテーマは「大好物(だいこうぶつ)の絵本」【広松由希子の今月の絵本・76】の画像3
『おまたせクッキー』 
パット・ハッチンス/作 乾侑美子/訳 偕成社 
本体1200円+税 1987

 

記憶に残る大好物。『おまたせクッキー』のように、おばあちゃんの味って、やっぱり特別なんだなあ。『おだんごスープ』のおじいさんにとっても、そうでした。
おばあさんがなくなった後、なにも気力がわかなくて、牛乳屋さんがもってきたミルクと買ってきたパンを食べ、じっと座っているだけだったおじいさんが、ある朝、ふと思います。
「おばあさんがつくってくれた おだんごスープが のみたいなあ」

歌いながらスープを作っていたおばあさんを思い出し、歌詞のとおりに味を再現しようと、料理をはじめます。
「ぐらぐらおゆに おにくのおだんご まるめて ぽとん、さいごに しおとバターとこしょうを少々……」
台所に並んだ大小5つのおなべのうち、自分ひとり用に、いちばん小さいおなべを使って仕上げたところで、「あー、いいにおい」と3匹のちっちゃなお客さんが姿を現します。

スープを分けてあげた後で、おじいさんも残りのひと口のむと、なにかが足りません。懐かしい大好物の味を求めて、歌詞の記憶を掘り起こしながら、料理を繰り返します。
加わるうまみと比例して、お客さんも毎日ふえ、おなべも少しずつ大きくなります。

じっくりことこと時間をかけて、再現する記憶の味。シェアして広がる、大好物のよろこび。
おいしく食べるって、元気の源、生きる気力なんだなと、あらためて。
今年国際アンデルセン賞作家賞を受賞した角野栄子さんの文と、国境を越えた市川里美さんの絵。臓腑にしみわたるスープ絵本です。

9月のテーマは「大好物(だいこうぶつ)の絵本」【広松由希子の今月の絵本・76】の画像4
『おだんごスープ』 
角野栄子/文 市川里美/絵 偕成社 
本体1400円+税 1997

 

子どもの頃にハマった大好物絵本といえば、これこれ。
『ジャムつきパンとフランシス』は、『おやすみなさいフランシス』(福音館書店)などで知られる、アナグマの女の子が主人公の物語絵本です。

朝の食卓で、お母さんもお父さんも赤ちゃんのグローリアも、みんな卵を食べているのに、フランシスが食べるのは、大好物のジャムつきパンだけ。
半熟卵は、さわるとブルンブルンするし、中がヌルヌルしているから、きらい。目玉焼きも、黄身が上向きだとにらんでいるみたいだし、下向きだとうつむいているみたいだから、いや。かきたまごはバラバラこぼれるから、やっぱりきらいというんです。
新しいおかずも、けっして口をつけようとしません。ジャムつきパンなら、おいしいに決まっているから、安心だって。

「ビスケットに ジャム  トーストに ジャム  あたしは ジャムが いちばん すきよ。ジャムは くっつく、ジャムは あまい、ジャムは おいしい……」
フランシスの得意技は、即興のでたらめ歌とへりくつ。困ったところは、食わず嫌いといじっぱり。
他人と思えないフランシスに、いつも感情移入していましたが、大人になって読むと、このシリーズは両親の存在感がすごいんですよね。
お弁当でも夕食でも、ジャムつきパンばかり食べていたフランシスに、さて、おかあさんはどうしたでしょう?

いくら大好物だって、ときにはせつなくなることも……おだやかに、きっぱりと、動じない態度の母のみごとな作戦勝ち。うーむ、永遠のあこがれです。

9月のテーマは「大好物(だいこうぶつ)の絵本」【広松由希子の今月の絵本・76】の画像5
『ジャムつきパンとフランシス』 
ラッセル・ホーバン/作 リリアン・ホーバン/絵 まつおかきょうこ/訳 好学社
本体1200円+税 1971

 


ジャムつきパンとともに、小さい脳に刷り込まれた大好物をもうひとつ。
モーリス・センダックの『チキンスープ・ライスいり 12のつきのほん』(じんぐうてるお/訳 冨山房)を知っていますか?
1月から12月までの月めくり。氷の上でも水の中でも、ハローウィンでもクリスマスでも、ナイル川のワニの背の上でも、いつでもどこでもチキンスープ・ライスいり。
現物のチキンスープ・ライスいりには、あまりそそられなかったけれど。

では、Bon Apetit! おいしい笑顔をシェアできる秋となりますように。

広松由希子 ひろまつゆきこ/絵本の文、評論、展示、講座や絵本コンペ審査員などで活躍中。
2017年ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長。著作に絵本『おかえりたまご』(アリス館)、「いまむかしえほん」シリーズ(全11冊 岩崎書店)や 2001~2012年の絵本案内『きょうの絵本 あしたの絵本』、訳書に『ヒキガエルがいく』(岩波書店)『うるさく、しずかに、ひそひそと』(河出書房新社)など。2020年8月、絵本の読めるおそうざい屋「83gocco」をオープン。https://83gocco.tokyo

web連載「広松由希子の今月の絵本」

Twitter https://twitter.com/yukisse
facebook https://www.facebook.com/yukiko.hiromatsu

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