工藤ノリコさんインタビュー「どんな状況下の子どもにも、楽しい時間を届けたい」
最新作『ノラネコぐんだん ラーメンやさん』発売を記念して、作者・工藤ノリコさんのメールインタビューを特別公開。中国で「ノラネコぐんだん」シリーズの翻訳語版を刊行する接力出版社からの依頼で、工藤さんが回答してくださったものです(掲載:「三聯生活週刊」/インタビュー:「三聯生活週刊」記者・陳賽さん)。工藤さんの創作の原点、創作への思いが垣間見える、素晴らしいインタビューです。
子どもの頃の楽しかった暮らしを描く
――工藤先生の子どもの頃の話をしていただけますか。例えば、家庭環境はどうでしたか? 楽しい、幸せだと感じていたのか、それとも不安で悲しいときもたくさんあったのか。 ごきょうだいはいらっしゃいますか。またごきょうだいとどうやって付き合っていますか。ご両親はどのように教育されたのか、特に印象に残っている話はありますか。
「ピヨピヨ」シリーズは、私の子ども時代の家庭の様子をそのまま描いたものです。私たちはペンギンきょうだいと同じ構成の3人きょうだいで、それぞれ年齢が近く、「ペンギンきょうだい」シリーズのようにいつも一緒に楽しく過ごしていました。大人になってそれぞれ別々に暮らしていますが、弟たちとは今も信頼し合い、協力しながら生きています。
父も母も、私たち子ども3人を心から慈しんで育ててくれました。常に子どもが楽しく健やかに暮らせることを第一に考えてくれていました。私たち3人が自分たちの宝だ、といつも言い、私たちも、そうだろうなと実感しながら生きていました。
社会で生きていくために必要なことは、厳しく教えられました。おはよう、いただきます、ありがとうなどの挨拶や返事をしっかりすることや、いつもきちんとした言葉を使うこと、自分がされたら嫌なことは人にしてはいけない、などです。何事も自分で考えて判断することと、そのことに自分で責任を持つことも、いつも教えられました。
またどんなときも、両親は私たち子どものことを全面的に信じていてくれました。進路など何事においても、すべて自分で考えて選ぶようにと言い、それを応援してくれました。その代わり決めたことに責任を持ち、何事も人のせいにしてはいけないと教えられましたが、何よりもまず、両親の生き方を見ることで私たちはそのことを学んでいました。
小学生のとき、母の日のために学校で造花のカーネーションが配られたのですが、持ち帰っても母は喜びませんでした。「お母さんがいない子にとっては辛いことだから、これを学校で一斉に配布するのは、お母さんはおかしいと思う」と言いました。常にこのような感じで、たとえ学校のやることでも、先生の言うことでも、それに対して自分で考え自分なりの意見を持っていなければならないと教わってきました。そのためには、物事を一面からでなく多面的にとらえることが必要で、それを子どもの頃からいつも求められていました。
――子ども時代の生活は、後に絵本を作るのにどのような影響があったと思いますか? 絵本を作るとき、自分の子ども時代の面影が反映していますか? 関連する例をいくつか挙げていただけませんか。
どの作品もすべて、子どもの頃の家族の楽しかった暮らしが元になっています。一方で、私が16歳のときに父が癌で急死し、このとき突然に「子ども時代が明確に終わった」ことが、子ども時代を客観的に作品に反映させることになったと思います。
専業主婦だった母が働きに行き子ども3人で家の中のことをする暮らしになり、母はたった一人で私たちを守り育ててくれました。私たちは父の死を悲しむ余裕はなく、早く大人にならなければと思って生きていました。
「ピヨピヨ」シリーズや「ペンギンきょうだい」シリーズそのままの子ども時代の暮らしが16歳ではっきりと終わったことで、心にそのまま保存されたのだと思います。「もう現実世界には存在しない日々」として、自分と切り離して客観視していたから、作品として表現できたのかなと思います。
――絵本の中のかわいい動物たちは、子どもの頃のご自身ですか?
すべて、自分と弟たちの様子を元に描いています。このような指摘を受けたのは初めてで、見抜いていただき嬉しいです。
――もし子ども時代に戻れるタイムマシンがあったら、当時の自分に何を言いたいですか?
幸せに、子どもとしての生活を送っているので、今の私が何か言うことはありません。
今度は自分が楽しませる番
――読者の多くは6歳以下の子どもですが、なぜこの年齢層の子どものために作ったのでしょうか? 他の年齢層の人に向けて創作したときには感じられない、特別な楽しみがあったからでしょうか?
自分たちきょうだいが子どもの頃、たくさんの子ども向けの作品を見て楽しく毎日を過ごしていたので、大人になった今、今度は自分が子どもを楽しませる作品を作る番だと思っています。そのような子どもが楽しめるものを作ることが、自分にとっても楽しいです。
また、幸せで安全な家庭にいる子どもは安心なのですが、そうでない状況に置かれて生きている子どもが、図書館や学校など、どこかで私の本を読む機会があったときに、心から楽しく読んでほしい。今は特にそのために全力で作っている気がします。
――子どもたちに向けて創作をするときに、何か特別な困難や挑戦にぶつかったことがありますか?
創作において困難はあまり感じません。一緒に本を作っている編集者の方や出版社の方々に、常にすべてを支えていただいているからです。また家庭では、夫が常に全面的に見守ってくれ、応援してくれているおかげで、私はすべての力を創作に向けることができるからです。
挑戦は、毎回すべてが挑戦です。子ども読者に面白く読んでもらえる物語を作れるか、それを伝える迫力ある画面を描き出せるか、毎回挑戦しています。
――作品の中で特に子どもたちに伝えたいものはありますか?
特に伝えたいものはなく、各自がそれぞれ自由に楽しんでほしいです。
――イギリスの絵本作家トニー・ロスにインタビューしたことがありますが、彼は面白い視点を持っています。子どもは生まれつき完璧な蝶で、大人になってから退屈な毛虫になった。どう思いますか?
子どもは物事を批評したり他と比較したりせず、与えられたものをそのまま無条件に受け取って生きています。そういう無垢な心が「生まれつき完璧な蝶」ということかと思います。
一方で人間は社会的な生き物であるため、成長するにつれて、社会の中で状況や場面に応じて物事を判断することや、分別を持つことが求められていきます。私たちきょうだいが幼いときから両親に挨拶の大切さを教えられたのも、他者とのより良い共存のために必要な第一歩であるからです。
人間として生きる上では、「無垢な子どもの心」と、「他者と共存し助け合える、分別を持った大人の心」と、どちらも大切だと思います。人間の社会的生活において様々な経験を重ね、皆と協力してより良い世界を作ろうと考えられる「分別のある大人」に成長したのちに、自らが意識して「分別のない子ども」の無垢な心を、内面の訓練によってふたたび取り戻していく。これを目指すことが尊いと思います。
ご承知のとおりこれは皆さんの国から伝えられた禅の考え方です。禅を確立した皆さんの祖先の方々に日々感謝して生きています。