「ブックハウスカフェ」店長・茅野由紀さんが選ぶ、「世界を考える」テーマの絵本
kodomoe2021年8月号では、「プロ注目の作品&作家教えます! 新定番&これからくる絵本」と題し、東京・神保町にある「ブックハウスカフェ」店長、茅野由紀さんと、絵本編集者、山縣彩さんが対談、この10年をふりかえって、あらためて出会いたい・これから注目したい絵本&作家をご紹介しています。絵本好きのおふたりの話は尽きることなく、誌面でご紹介しきれなかったものもありました。そこで、番外編として、茅野さんセレクトの絵本をウェブでご紹介。今回は、「世界を考える」のテーマで選んだ6冊です。
お店の棚について、いまのことばでいうならば「多様性のある棚」を目指している……とお話ししていた茅野さん。それはさまざまなタイプの絵本を置く、という意味でもあるけれど、世界が多様であることを伝える本を置く、ということでもあるそう。
楽しいテーマばかり、とは言えません。世界に起きている社会的な問題を扱ったり、啓蒙的な意味合いを含むことも。ほんとうならば、このような本が必要とされないことが理想、と茅野さんは言います。
でも、まだこの地球は、残念ながらそうじゃない。だから、大切なことを伝えようとする気概が感じられる本は、たくさん売れる本ではない場合でも大事にしていきたいし、棚に置いてしっかり手渡していきたい、と日々思っているそうです。
ママパパ、そして子どもとともにある人が、伝え手として「世界を知る」絵本をいっしょに読んでくれたらうれしいです、とも。
そんな「世界を考える」きっかけになったら……、という観点から、おすすめの本をご紹介いただきました!
こどもの本専門店店長
茅野由紀さん
ちのゆき/東京・神保町にある「ブックハウスカフェ」店長。 「本の扉をめくる瞬間が、至福の時。家でも、小学生怪獣ふたりと、絵本や物語ることを楽しんでいる毎日です」。
地球のことをおしえてあげる
『地球のことをおしえてあげる』ソフィー・ブラッコール/作・絵 横山和江/訳
鈴木出版 1760円
宇宙にいるだれかさんへ、地球のことを教えてあげる少年のお話です。宇宙から見たところから始まるのが面白く、客観的に、俯瞰的に自分たちの生きている場所や暮らしを見ることができます。
ここで描かれるのは、地球の動植物の圧倒的な多様性。自然の豊かさ、多彩な生き物たち。人間だって、非常に多様です。時には利己的な人間のことを皮肉ったり。でも、希望に満ちた描き方で、とてもユーモラス。ルース・ベイダー・ギンズバーグ(女性として史上2人目の米国最高裁判事)がさりげなく登場していたりします。
ユニセフとセーブ・ザ・チルドレンを支援するために世界中を旅するなかで出会った、何千人もの子どもたちにインスピレーションを得たという作者の描く絵が隅々まで心を尽くされていて、文字数が少な目なのに、全体から受ける情報量の多さがスゴイ。とにかく、スケールの大きな本です。
チェクポ おばあちゃんが くれた たいせつなつつみ
『チェクポ おばあちゃんが くれた たいせつなつつみ』イ・チュニ/作 キム・ドンソン/絵 おおたけきよみ/訳
福音館書店 1650円
おとなりの韓国の作家の絵本。「チェクポ」は、風呂敷のようなものです。
新しいカバンを買ってもらった友人に、古びたチェクポをからかわれる主人公のオギ。新しいカバンはとても素敵ですが、チェクポは一針一針、おばあちゃんが縫ってくれたものです。手仕事の真心を改めて思うオギの姿が描かれています。
絵本を通して風習や文化、人々の生き方を、身近に感じることができます。デザインや絵の傾向などもふくめ、いろいろな国の絵本からは、新しいものに触れる刺激のようなワクワク感を抱かされます。いろいろな国、地域の絵本が、1冊でも多く、日本に入ってくることを願わずにはいられません。
星につたえて
『星につたえて』安東みきえ/文 吉田 尚令/絵
アリス館 1650円
ほうき星に「だいすき」という言葉を伝えたいクラゲの、世代を超えた壮大な物語。クラゲの寿命が尽き、次世代へ、その思いが伝わっていくさまが、えも言われぬ感動を呼びます。
美しい詩と、絵とが調和して、ロマンティックな雰囲気の愛情物語。
詩が非常に奥行きがあるため、さまざまな受け取り方が可能かと思いますが、なぜか環境問題を思い浮かべてしまいました。海洋汚染がこのまま続けば、この物語が存在できなくなってしまう……なんて、飛躍しすぎでしょうか。子どもから大人まで、クラゲから伝えられる気持ちをじっくりと味わいたいな、と思いました。
かべ ―鉄のカーテンのむこうに育って―
『かべ ―鉄のカーテンのむこうに育って―』ピーター・シス/作・絵 福本友美子/訳
BL出版 1760円
チェコスロヴァキア(現 チェコ共和国)出身でアメリカを代表する絵本作家のピーター・シス(1949~)。幼少のころはソ連支配下で表現の自由を制限されるという、時代に翻弄された経験をもつ作家が、そのような中でも夢や希望を失わず、どこかユーモアさえ感じられる日記のように描いた自伝的絵本。全体主義、特に思想統制の恐ろしさを感じれば感じるほど、それに負けずに表現者となったシスの素晴らしさが際立って見えます。「壁」は、さまざまな象徴でもあります。頭や心の中に壁は作りたくない。自由を大切にしたいし、常にいろいろなことを疑っていきたい。あの時代のチェコは本当にこんな毎日だったの?信じられない!と、子どもから感想を聞きつつ思うのは、今本当に私たちは自由で、そう言いきれる?とか。
これは、「本のつなぎ手」として、意思をもってお店に置いている本です。
ジャーニー 国境をこえて
『ジャーニー 国境をこえて』フランチェスカ・サンナ/著 青山 真知子/訳
きじとら出版 2200円
ジャーニーとは、旅という意味ですが、この絵本の旅は故郷を追われ難民として国境を越えるという過酷なものです。落ち着いた美しい色味と、デザイン性の高いデフォルメされた表現で、悲惨な内容を中和しています。
旅が楽しいのは、帰る家があるから。生まれた土地を自分の意思と関係なく追われ、目的地なく流浪することがどれだけ厳しいことか。難民、移民の問題を、遠い土地で起きていることでは決してなく、地球に生きている誰もが関係していることだと、教えてくれるような絵本です。
いのちのまつり ヌチヌグスージ
『いのちのまつり ヌチヌグスージ』 草場一壽/作 平安座資尚/絵
サンマーク出版 1650円
沖縄の言葉で描かれた、命のつながりがテーマの絵本です。コウちゃんのおばあが、「ぼうやにいのちをくれたひとは誰ね~」と尋ね、ぼくに命をくれた人2人、お父さんとお母さんに命をくれた人8人、おじいちゃんおばあちゃんに命をくれた人16人……といったように、御先祖さまを辿っていきます。自分には、なんとたくさんの御先祖さまがいることでしょう! ラストにはあっとおどろくしかけが用意されていて、我が家の絵本は何度も子どもが読み、ボロボロになりました。
ご先祖さまの誰一人欠けても今の自分は存在しないし、これから何代先も命をつないでいってほしいなと願います。「今ここだけの時間」ではない、時の長さを意識しました。
取材・文/山縣彩