
元気のない歴50年のヨシタケシンスケさんが、「美しい逃げ方」と「楽しいあきらめ方」を提案。『お悩み相談 そんなこともアラーナ』発売記念インタビュー
「すべてのお悩みに言えることですが、『うまくいくはずだ』という前提をまず疑いましょう」。自称「元気のない人の考え方のプロ」、ヨシタケシンスケさんが答える「万人向けじゃない」お悩み相談を100本以上収録。
雑誌「MOE」の人気連載単行本化を記念して、スペシャルインタビューをお届けします。
ヨシタケシンスケ/1973年神奈川県生まれ。筑波大学大学院芸術研究科修了。『りんごかもしれない』(ブロンズ新社)をはじめ、MOE絵本屋さん大賞第1位を7度受賞。ほかにもNYタイムズ最優秀絵本賞など受賞多数。
かつて自分に響かなかった言葉は
使いたくないなっていう思いがあって
――『お悩み相談 そんなこともアラーナ』には、いろいろな方から子育ての悩みも多く寄せられていますが、ヨシタケさんご自身は子育て中に、誰かに相談はされていましたか。
僕自身は、誰かに相談をしたことはないですね(笑)。子どもが生まれて親になって、一番強烈に感じたのは、「他の人のアドバイスって、全然役に立たないな」っていうことで。「それはあなた、おばあちゃんが近くに住んでるからでしょ」とか、「旦那さんが育休取ってるからでしょ」とか、みんな家庭の事情がバラバラだから、まったく参考にならなくて。 そういう時に一番救いになったのは、「うちの子もそうだよ」「みんな一緒だよ」っていう言葉だったんですよね。
「これを買うといいよ」とか「あれが効くよ」とかは参考にならないけれど、「みんなそれで苦労してるんだよ」「ヘロヘロになってるんだよ」っていう共感が、何よりもホッとできた。 そういう意味では今回のお悩み相談でも、基本的に共感しかしていない答えもいっぱいあるんです。 でも、「人に聞いてみよう」と自分の悩みを言語化するだけでも、本人の中では前進だろうし、誰かに「わかるわかる」って言ってもらうだけでも、ずいぶん違うはずですから。
Q.4歳の娘と本気の口げんかをしてしまうときがあります。どうしたら大人らしく、冷静にいられますか?
A.これはですね、本当に我が子に冷静に対応している人なんて、人類史上一人もいないので(笑)。他人のことならともかく、実の親子で「人類初の冷静な親」っていうものを目指す必要は、別にないんじゃないかと思うんですよね。だからもう、ぜひ本気で口げんかして、闘っていただければいいんじゃないかなあと。
(本文P126より一部引用)
――相談を寄せられた皆さんについて、どんな印象を持たれましたか。
寄せられたお悩みの中には、「ああ、うちもそうだったわ」っていうものがいっぱいあって、なんかもう本当に……、それにつきますよね。 なんていうか、本当に皆さん、藁にもすがる思いなんですよね。 「うちのこれ、どうなの?」って。でも、近しい人のアドバイスって、イラッとしたり役に立たなかったりするけど、距離が遠ければ遠いほど、それだけ楽に聞けるっていうか。 参考にしてもしなくてもいい、そういう距離にいるからこそ、こちらものびのびと物が言えるし、お互い利害関係がないことがありがたかったです。
Q.子どもが絵本を読まず、図鑑ばかり読んでいます。絵本を好きになってもらいたいのですが、どうしたらいいのか……。
A.僕も子どもの頃、図鑑ばかり読んでました。で、別にいいんですよ、そのままで。
「絵本を好きになってもらいたい」って気持ちもよくわかるんですけど、生きる上で物語を必要としない人って、結構たくさんいるんですよね。自分が生きている物語だけで充分、自分の価値観だけで全然楽しく生きていける人って。(本文P113より一部引用)
「子どもがちっちゃい時期って、あっという間だよ」なんて言われても、当時者は絶対そんな風に思えないし、目の前の大変さが永遠に続くような気がする中で、「すぐ済むよ」なんて言われると「うるせえ」って思うじゃないですか(笑)。 だから、かつて自分に響かなかった言葉は使いたくないなっていう思いは、常にあって。
ただやっぱり、自分の解答も一意見でしかないのでね。 「個人の感想です」っていう部分をどれだけアピールしていくか、そのバランスが毎回難しいなと思いました。
答えにくい質問には
アラーナちゃんも答える形に
――ヨシタケさんとコンビのアラーナちゃんがいい味で、ところどころに入る「アラーナちゃんのアドバイス」も楽しいですね。

お悩み相談を進行するのは、ヨシタケさんとアシスタントのアラーナちゃん。
お悩み相談の連載を始める時に、自分ひとりで答えると、なんだか全部自分の責任になりそうなのが嫌だったんですね(笑)。 もうひとりキャラクターを立てて、ふたりでお悩み相談をしているみたいな形の方が、ちょっとこう、責任が紛れるような気がして。 「そんなこともアラーナ」っていうぐらいの気持ちで全部答えていけたらいいなという思いから、アラーナちゃんが生まれました。
解答には僕が答えている部分と、いくつかの質問ではそれにプラスしてアラーナちゃんも答えている部分があるんですけど、ヨシタケ側の担当は、基本的に共感ばかりなんですよ。 「わかるわー、それ。うちもそうだったわー」っていう。 で、もうちょっと引いた目線で、お悩みに対して「じゃあ、具体的にこういうことをやってみたらどうでしょうか」と提案をするのが、アラーナちゃんの係かなと。
連載中は毎回6~7点のお悩みがある中で、一番答えにくい質問にアラーナちゃんも答える形にして、いかに具体的に1つのストーリーを提案できるかということを、自分の中でのチャレンジにしていましたね。 お悩みをくださった方が「なんじゃそりゃ」って言いたくなるような、自分の悩みがちょっとこう、ちっぽけに感じられるような解答になるといいなと、いろいろ考えてみました。
――第5章の扉には、「人は何のために生きているんだ…!」とひざまづくヨシタケさんに、アラーナちゃんが「『親を心配させるため』らしいわヨ?」と返す掛け合いもあります。
各章の扉は、この章全体で言いたかったことをふたりの会話で総括するスタイルにしたんですが、やっぱりどんな親でも一生、子どものことを心配し続けるんですよ。 どんなに成功しようが、失敗しようが。 それがある意味、親の生きがいでもあるんですよね。 で、子どもは子どもで、親のことをめんどくさがり続けるんですよね。 それが人類史上ずっと変わらない真実としてあるわけで、生きることの目的の1つに、間違いなく「親を心配させ続ける」っていうのもあるだろうなと。 「目的だったら、しょうがないわ」って、運命論的なストーリーですよね。
永遠性の象徴のウロボロスで
お悩みそのものをビジュアル化
――表紙や見返しに蛇のアイコン、ウロボロス(※)があしらわれていますね。
※ウロボロス…自分もしくは相手の尾を飲み込み、円形を成す蛇。永遠、完全、不滅などの象徴。
ウロボロスっていうのはもともと永遠性の象徴なんですけど、お悩みそのものを何かビジュアル化したいなと思ったんです。人間が人間である以上、ずっとあり続ける悩み、蛇が自分の尻尾に噛みついている姿が、その終わりのなさ、救いのなさの象徴としてあるといいなと。1匹で自分の尻尾をくわえているのは、「なんで自分を好きになれないんだろう」みたいな悩みだったり、2匹がお互いの尻尾をくわえているときは親子や夫婦の悩みだったり、3匹はいろんな人間関係の悩みだったり。 でも、そんなことが伝わる必要は本来なくて、結構な自己満足ですね(笑)。
余談ですが、中学生ぐらいの頃に大好きだった映画「ネバーエンディング・ストーリー」に、ウロボロスが出てくるんですよ。 勇者アトレイユが旅のお守りに渡された「アウリン」がまさにウロボロスで、原作本の表紙にもウロボロスが描かれているんですけど。 それに「かっこいい」って釘付けになって、蛇が2匹でも3匹でも4匹でも対称に描ける方法を、当時自分で開発したんです。 それを今回思い出して、活用してみました。
――なるほど。だから裏表紙ではヨシタケさんとアラーナちゃんが、環になった蛇をほどこうと引っ張り合っているんですね。
そうそう。自分自身を責めている状態を、ふたりがかりで断ち切るみたいな。 自分を噛み続けてしまう、その尻尾を引っ張って取るみたいなことに、この本が役に立てばいいなっていう、割とベタなメッセージです。
INFORMATION
『お悩み相談 そんなこともアラーナ』
ヨシタケシンスケ/著 白泉社 1760円
元気のない歴50年の著者が「元気のない人の考え方」で数々のお悩みに答えます。
美しい逃げ方、楽しいあきらめ方を、かわいいイラストと優しい語り口で提案。
「まあ、そんなこともアラーナ!」という受け入れ方をめざしましょう!
インタビュー/原陽子 撮影/かくたみほ