最高にあやしくて、素敵で心躍る、お茶というか薬というか……【教えて!世界の子育て~ドイツ~】
海外ではどんな子育てをしているの? 日本から離れて子育てをするママたちに、海外でのようすを教えてもらう「教えて! 世界の子育て」。場所や文化が違うと、子育ては違うのでしょうか。日本での子育てや生活と同じこと、違うこと。各国からリアルな声を届けてもらう今回は、ドイツ在住の中原さんから。
お茶いれようか?
「春先はまだちょっと冷えるね」なんて話をしながら帰宅すると「お茶いれようか?」ともてなし好きの次女おいもさん。
「いいね、おねがい!」と頼めば台所に駆けていき、てきぱきとケトルでお湯を沸かし、棚からガラスビンを一つずつ取り出します。
「ブレネッセルとラベンデールとティミアンと……」
ガラス瓶の中には去年収穫して乾燥させておいたハーブがそれぞれ入っていて、おいもさんはひとりごとを呟きながらスプーンですくっては、ぱらぱらとポットの中に入れていきます。
そこに沸騰したお湯を注ぎ、抽出を待つ間にカップと蜂蜜を用意。これでおいもさんのティーセットは完成です。
「できましたよー!」
ああ美味しい。おいもさんのスペシャルブレンド・ハーブティー。
今日のはラベンダーが入ってるのかふわっと良い香りだしすっきりした味わいで身体が温まる。材料の大半がお湯なのも良い。体に優しい午後のお茶です。
普通ヨーロッパでお茶といえば紅茶でも飲むんかなと思うでしょう。私も何となくそう思ってた。ところが私が嫁いできた所にあったお茶文化は素敵なティーというより土着の健康療法でした。
お茶というか薬というか
カモミールは炎症に良いから喉が痛いなら飲みなさい、
ラズベリーの葉は女性の血の巡りに効くよ、
そんな薬草情報を近所のおばあさんたちはみんなよく知っています。
最近膝の関節が痛いんだ、なんて言うと「じゃあイラクサのお茶を飲むといいよ」と教えてくれたり「去年の葉っぱだけど」と分けてくれます。
初夏には「たんぽぽを摘んでおくと良いよ」「今のうちにホルンダーを乾かしておきな」などと立ち話に教えてくれるご近所さんたち。
私が知っていたハーブティーといえば「良い香り」とか「リラックス効果」くらいなものなので関節に効く草とかもう次元が違います。
でも「あの草をとってきて乾燥させておくといいよ」って、なんて素敵な心躍る響きでしょう。最高に怪しい。まるで魔女の教室じゃありませんか。
採ってきた草を乾かして貯蔵して薬として使うなんて、薬効があってもなくても夢がある。
聞けば、こういった知識はおばあさんのおばあさんから子どもの頃に教わったのだそうです。子どもたちは保育園ですでにハーブの基礎知識を習い、タイムやローズマリー、いちごの葉など分かりやすいものは自分で採ってこれるようになっていました。
もうすぐ新芽が出るからあの草を集めておこうかと、身の回りの草木を観察するようになると、自然のリズムが見えてきます。
食べられる草の味を体に教える、土地の草を知る。その周りに生きているものを知る、摘んでいる時の周りの変化を観察する、葉の表面に生えた産毛を愛でる。そういうものに触れる機会を保育園はたくさん用意してくれていました。
自分でとってこなくても、
薬草茶はどこにでも
スーパーにはいろんな種類のお茶が売られています。アールグレイ、ダージリン、フルーツティー、ルイボス茶などの一般的なお茶に、最近では日本の抹茶や煎茶も並んでいます。日本のお茶は人気です。そんなお茶コーナーの7割を占めるのがハーブティーです。
ミント、カモミール、ジンジャーと見たことある感じに並んで、面白いのが風邪茶、下痢茶、精神茶、胆嚢(たんのう)と肝臓茶、咳と気管茶、心臓と循環茶、断食茶、脂肪消化茶、安眠茶などなど。商品名がとても分かりやすい。これなら近所に魔女が住んでいなくても大丈夫です。胆嚢と肝臓茶の材料を見てみると、ペパーミント、たんぽぽの葉、ウコン、西洋ノコギリソウ。
これが胆嚢の働きを助けるんだろうか。ていうかウコン以外は庭に生えています。咳のお茶は……フェンネル、タイム、オオバコ。
なんだこりゃ。これも全部庭で雑草になってるわ。気になる下痢止めのお茶は……ブラックベリーの葉ですって。これも我が家の庭に生えています。ブラックベリーは毎年大量の蔓をバッサリ切り戻さないと庭が藪になってしまう、とても強い植物です。
どれも身近で、特別なものはありません。
うーん、下痢止めの効能あるんだろうか。
現代医療もあるけれど
あんたに要るのは茶と休み
効能あるんだろうか、なんて疑ってたら医師からの処方もお茶でした!
中耳炎で耳鼻科に行けば「カモミールティーを飲んでください」と言われ、授乳中に乳腺炎で困った時には「セージのお茶を飲んで出る量を調節してね」ってハーブティーでおっぱいの量を調節するようにと助産師からの指示。
子どもの風邪で小児科に行けば「子ども用の風邪茶を飲ませて」いやいや、あの、ハーブティーとかじゃなくて普通に薬くれ。
と思った心情がうっかり毛穴から滲み出てしまったのを見て先生は呆れたように言います。
「あのね、風邪ひいたらまずは休息。仕事は何日休みほしい? はいはい5日間休みにしとくから。ハーブティーでも飲んでゆっくり寝なさい。おだいじにー」
と、とりあえず出してくれる処方は職場に出す日数多めの病欠届とハーブティー。
この身近なハーブを使う文化はいったいどこから来たのでしょう。
現代のような医療がなかった昔々、中世ヨーロッパの人々の不調を助けたのはエジプトから伝わった医療の知識と言われています。
修道士たちはエジプトからの知識をもとに、身近な草の薬効を調べ、試し、薬として一般に用いていました。
植物以外にも鉱物や動物の成分も薬効があるとされていましたが、そこらへんに生えてる草の方が一般的でした。だってそこらへんに生えてるし。患った人々が盲目的に薬草の効能を信じていたかというとそうでもないようで、基本的には人体の自己治癒力に任せ、あくまでもその補助として薬草を使っていたそう。
修道院に集積されていったそれらの知識は民間にも伝わり、家庭でも世代を超えて受け継がれていきました。人の身体の持つ治癒力に任せる、その理念が今も根底にあるのでしょうね。だって処方が「何日休み欲しい?」だもん。
私の中の日本人は「ただの風邪に5日も休み要らんから! おクスリくれ!」と叫ぶけど郷にいりてはだ、仕方ない。風邪引いても引いてなくてもおいもさんブレンドはうまい。
今日はどのハーブかなと黙ってすするのです。
今回の海外ママは
中原さん
結婚を機に夫の故郷ドイツに移住。滞在年数10年を超えてもドイツ語に苦しむ。趣味はレストラン巡り、庭いじり、手芸などなど。掃除と片付けも趣味になったらいいのになあ……といつも思っています。2人の娘がいます。#中原ドイツ子育て Instagram @s_vn