2024年9月28日

「これくらいなら丸のみです」ドイツ最大の野生の鳥ヒゲワシを見るツアーへ【教えて!世界の子育て~ドイツ~】

海外ではどんな子育てをしているの? 日本から離れて子育てをするママたちに、海外でのようすを教えてもらう「教えて! 世界の子育て」。場所や文化が違うと、子育ては違うのでしょうか。日本での子育てや生活と同じこと、違うこと。今回、ドイツからリアルな子育てのようすを届けてくれるのは中原さんです。
年度末を迎えて夏休みが始まったある日。中原家は、「猛禽を見に行くツアー」へと出かけました。

ドイツ最大の野生の猛禽を
見に行くツアーへ!

「ドイツ最大の野生の猛禽を見に行くツアーがある」
「なんですと……!」
学校が年度末を迎え夏休みが始まったある日。夫の一言に私たちは湧き立ちました。
「して、その最大猛禽とは」
「ヒゲワシだよ」
な、なにー!! ヒゲワシ!? 骨食いデカ猛禽で有名な!?
ヒゲワシは飲み込んだ骨を消化するためにバッテリー液レベルの超強力な胃酸を獲得した鳥界のもののけ。羽を広げると3メートルもあり中世ヨーロッパでは子どもや羊を攫(さら)う鳥として人々に恐れられていた怪鳥なのです。

怪鳥と聞いて心躍らないひとがいますか! いや、いないでしょう。
「行こう行こうデカい鳥に会いに」

訪れたのはドイツとオーストリアの国境近くの町、Berchtesgadenベルヒテスガーデンの山奥。

「これくらいなら丸のみです」ドイツ最大の野生の鳥ヒゲワシを見るツアーへ【教えて!世界の子育て~ドイツ~】の画像1

波打つ地平に点在する村々、のどかな湖の周りで草を食む牛。まるで絵葉書のような風景の中に吸い込まれるように、奥へ奥へ。

切り立った山肌に真っ白な氷河がきらめくチロルの山、ホッホカルターのふもとベルヒテスガーデン国立公園。レンジャーの解説によると、自然保護区内ではヒゲワシだけでなく、イヌワシ、シロエリハゲワシなども観察できるそう。
「これくらいなら丸呑みです」
そういってリンゼが手渡されたのは1本の骨。
「うわぁ、長い。のどに詰まらないの? すごいね」

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骨。デカい。

猛禽と聞くと鋭い爪や嘴で肉を毟り取って飲み込む様子の方が想像しやすいもの。しかし今日わたしたちが会いにきたヒゲワシの主食はまじで骨。骨の周りの腐った肉を食べるとかじゃなくて? と質問が出れば、栄養の98%は骨から摂取しているのだと!

「一言に自然界の掃除屋といってもハゲワシやコンドルなどとはレベルがちがうのです。フフ」
とレンジャーさんは誇らしげ。
「フクロウやトビは骨や毛を消化できなくて『ぺっ』て吐くのにね、ヒゲワシはほんとに特別なんだね」とリンゼ。
「ヒゲワシは赤茶色の泥の中で転がってオレンジ色に体を染めるのも好きです。以前はその行動が寄生虫対策や繁殖のアピールであると言われていましたが、現在はいずれの説も否定されています。なぜか赤やオレンジになりたがる、そのチャーミングな謎も私たちを惹きつけてやまないのです」

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顔がとにかく良いヒゲワシ。日本平動物園で飼育されているので静岡県民には馴染み深い鳥です。私の記憶では胸の羽毛は白かったと思うんだけど、そっか、赤い泥の中をコロコロしちゃうのかヒゲワシ。

バードウォッチングは鳥から遠いほど良い?
空を舞うケシつぶを追う喜びと、
ケシつぶたちが絶滅していた時代

そんなふうにほのぼのと魅力を語っていたレンジャーさんが、空を見上げ鋭く声を上げました。
「シュタインアドラー!」
途端に場の雰囲気は緊迫。その場の全員が流れるような動きで空に向かって双眼鏡を構える。
「あそこ、峰の左側を旋回してる」
指先を辿るとはるか彼方にまるでケシつぶのような小さな小さな黒点が。
「おかあさん、あれはなに?」と次女おいもさん。
「シュタインアドラーだって! イヌワシだよ、尊いね!」
「……ただの小さい点じゃん」
たしかにそうなのですが。

「姿を見るなら動物園やテレビや図鑑の方が簡単で確実でしょうね。野生の鳥を観察するというのは『あの鳥は今なんのために飛んでるのかなー、あの動きは何だろう』と同じ空気の中で風や環境も観察することなのです」
「ええー、そうなの? わたしたちは点を見に来たの?」

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みなさん、首をお大事に!

ガイドさんたちの無線にコールが入ります。
「ガガガッ、今ヒゲワシも飛び立った」
「確認した。あれはヴィンスだ」
「こちらからは見失った、そちらから追えるか」
「捉えてる。……あ! 降りたわ、白い三連岩の右」
「ガガッ、こちらも捉えた」
このような興奮する会話が自然保護区内にある数か所の観測地点から無線に入ってきます。
「今イヌワシの旋回やヒゲワシの飛行を見られたのはものすごい幸運です。天候や鳥の行動によっては数週間姿が見られない時があるのです」
とレンジャー。
ヒゲワシは「ちょっとそこまで」のノリで1000km先までお出かけすることがあり最近は好奇心旺盛な若い1羽がアムステルダムまで遊びに行っていたらしい。

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ヒゲワシの飛行ルートの追跡図から行動範囲の広さが伺えます。

ドイツにおけるヒゲワシはつい最近まで絶滅していました。生息環境の保護とヒゲワシの再導入計画が始まったのはごく最近のこと。さっき飛び立ったヴィンセントは今年初めにフィンランドの動物園からやってきたのです。
ベルヒテスガーデンに自然保護区ができたのが1978年、1990年にユネスコ世界自然遺産に登録され、ヒゲワシの再導入計画が始まったのがついこの間の2021年。

「リンゼが生まれた時にはヒゲワシは1羽もいなかったのね……」
大きく、美しいヒゲワシは娯楽狩猟のトロフィーアニマルとして人気があり賞金までかけられていました。19世紀後半にはドイツ、オーストリア、スイス周辺のヒゲワシは全て、人間によって撃ち落とされ、巣を暴かれ、絶滅したのです。

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巣を暴いているようす。

大型の猛禽は貴族や富豪の権力と富の象徴とされたのでした。ヒゲワシのみならず、コウノトリもほぼ絶えていましたが環境の回復が図られたことで今では煙突の上で子育てする姿を見ることができます。

生態系最後の葬送者ヒゲワシ
それは自然が循環している象徴

まあ自然への興味を持ってもらうためにスター性のある動物にフォーカスして啓蒙するという自然保護はよくあると思うんですが、骨食いのヒゲワシを知ろうとすると骨を綺麗にする虫や小動物の存在は無視できません。生息環境を包括的に見ることが求められるのです。
ヒゲワシ観察所に至る道にはAasstation(死骸観測所)があり虫たちの活動をより間近で観察できるようになっています。

「これは一昨日置いた鹿なんだけど今朝ようやく狐が齧ってくれた。こうなると展開が早くてね! まだ新鮮だから臭いを嗅がせられなくて残念だけど」とブンブン飛び回る虫のなかでニコニコ輝く笑顔のレンジャーさん。
「まず狐などの肉食動物が来て肛門のような齧(かじ)りやすいところから穴を空けます。これがないとハエや蜂、肉食の昆虫などが仕事を始められないんだ!」と嬉しそう。

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分解されていく動物の進捗具合をじっくり観察したことはありますか? ……本能を揺さぶられる経験です。イラストは虫少なめでお送りしております。

「おかあさん、あのハエは卵を産んでるよ! ていねいに並べて……」
「わあすごいね(棒読み)」
「臭くなるのはいつからですか」
「この虫はなんですか」
「知らない虫がたくさんいる! 最高だね!」
「蝶々も肉を吸ってるよ! 虫は格好いいね!」
一生のうち腐肉のにおいを嗅ぐチャンスなんていったい幾度あることでしょう。こんなところに来なければきっと一生縁は無い。

虫のなかでも特にハエやサシガメの仲間などは気持ち悪いし、なんか不潔っぽいし、嫌われがち。でも身近にいる鬱陶しい虫が命の循環を担っている奇妙な実感がここにはある。彼らが頑張ってくれないと鹿は骨になることは叶わず、きれいな骨が無いということはヒゲワシのおまんまが無いということ。そんなの聞いたら私もハエを応援せざるを得ない。がんばれ、ハエ!
「鹿から溶け出た養分は地面に染み込み100年その土地を潤します。死んだ動物を分解する環境が無いと森は死にます」
骨食いのデカ猛禽を守ることは豊かな循環を守ることであり、ヒゲワシがいることは健全な生態系がそこにある証なのです。

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虫のはなし注意!
(虫が苦手な方は読み飛ばして次の段落へ……)
見た虫の中で一番かっこいいと子どもたちに人気だったTotengräber トーテングレーバー。まず成虫は鹿の死骸の上で食事中(ハエの幼虫を食べる)に運命のパートナーと出会います。2匹は幼虫の餌にするためのネズミなど小動物の死骸をさがし、他の動物に食べられないよう土の中に埋めてから卵を産みつける。その仕事ぶりからついた名前が埋葬者! 誰だろう、埋葬者なんて格好良い名前をつけたのは。

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トーテングレーバーは日本ではシデムシと呼ばれています。時には死肉を噛み砕いて肉団子にし幼虫に与えるそう。リンゼのヒゲワシの絵には虫がたくさん(肉団子も描いてある)。

あと少しだけ登りたい。
“つぶ” をせめて黒ゴマに

私たちは山を登る。結構な傾斜を前屈みでヒイヒイふうふう、7歳のおいもさんはベソをかいています。
「もう歩きたくないよう」
「あと10分だからがんばって」
夫がハイキングであと「10分」という時はあと1時間は歩くので私たちは全員白眼。もう何も信じられない。私も膝がガクガク笑っていてへたりこみそう。
もうちょっとだけヒゲワシの近くにいく、その道のりはなんと遠く険しいのだろう。いや、文字通り傾斜がやばいのよ! 子どもとの山登りは道の端に生えているキノコの数を数え、チョコレートをかじり気を紛らわせながらの騙し騙しです。

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そんなふうに登っていたらあっ!!!
空を見上げたおいもさんが旋回するイヌワシを見つけました。麓ではケシつぶにしか見えなかったイヌワシが、ゴマつぶほどに見える! 空飛ぶ黒ゴマです!

「さっきより近くに見えるね」
「イヌワシかっこいい……デカい鳥さいこうだね……」
「おいもが1番に見つけたんだから。カッコいいに決まってるでしょ」
おいもさん、なんだかんだ言いながらゴマつぶを見つけるのがいちばん上手い。
「もうだめだ、もう歩けない」
私たちは次の観測地に到着し、息荒く傾斜に寝転がり双眼鏡を目に当てます。
「いた……あれがヴィンセントだね」
もう息も絶え絶え。しかし心は心地よい興奮で踊っている。
「あっ! 飛んだ!」
ヴィンセントはぶわりと翼を広げ飛び立ちました。動物園でしか会えないと思ってた鳥が自由に飛んでいる。ああ、デカい。ヒゲワシはデカくてほんとに素敵。骨食いが空にのぼっていくと葬送の儀式のように思える。
「あんなに遠いのに、ゴマつぶなのに、何でこんなに楽しいのかな?」
「わからない……こんなに登ったのに、まだ遠い……あーあ鳥は飛べていいなあ」

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やっとたどり着いた観測所からバズーカー望遠鏡で高い高い岩壁にいるヴィンセントを観察しました。

ヒゲワシを見るツアーは
空を舞うケシつぶと
腐肉に来る虫を愛でるツアー

ベルヒテスガーデン自然保護区では温暖化により植生が変わっていくことを想定しており、現在の植生を無理に守るのでなく自然が変容するのに添って気候にあった植物がやってきて芽吹く様子を見守りたいのだといいます。自然は変わっていく。レンジャーたちはヒゲワシが自由に飛ぶ空が未来が続いていくように、まるで祈るように草木や動物の有様をみつめているのです。

昨年は遥かコーカサスの方から野生のヒゲワシが訪れる様子が観察できたそう。自分達が守る山によそのヒゲワシがやってきてくれた、彼らの喜びを思うと胸が熱くなりました。保護団体は、ヒゲワシを適切な距離から観察できるよう登山道を整備し自然環境と保護区についての啓蒙をヒゲワシやイヌワシなどスター猛禽の魅力を通して行っています。いやーもうバッチリ伝わりましたわ。私たちヒゲワシとハエのファンになりましたもん。

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登山道に立つ看板は丁寧に解説がなされていて読み応えがあります。

帰り道はもう一度鹿の死骸をチェック。すると先ほどは観察できなかった沢山のウジが!
「みてみてお母さん、ハエの赤ちゃんだよ。みんなで死骸を土に還してるんだね。えらいね、かわいいね」
「そうですね! ハエのあかちゃんかわいいね! 山を登って降りるまでのわずかな間に孵化(うか)してすごいね!」
ああ先入観の無い子どもたちの視線がきらめいていて愛おしい。
…なーんて親は思ってても、大きくなったら「空のゴマつぶと腐ってく鹿を見るためにわざわざ山登りした」しか覚えてなさそう。

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おいもさんが描いてくれた激かわヒゲワシ

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今回の海外ママは
中原さん
結婚を機に夫の故郷ドイツに移住。滞在年数10年を超えてもドイツ語に苦しむ。趣味はレストラン巡り、庭いじり、手芸などなど。掃除と片付けも趣味になったらいいのになあ……といつも思っています。2人の娘がいます。#中原ドイツ子育て Instagram @s_vn

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