買えばよくない?魅力は何?森に入って理由がわかった。キノコの季節のドイツより【教えて!世界の子育て】
海外ではどんな子育てをしているの? 日本から離れて子育てをするママたちに、海外でのようすを教えてもらう「教えて! 世界の子育て」。夏が過ぎてキノコの季節になったドイツから、中原さんがお子さんたちと一緒に出かけたキノコ狩りのようすを伝えてくれます。あまり目にすることのない、たくさんの種類のキノコが登場しますよ!
ああ
とうとうこの日が来てしまった
影がうんと伸びて、霧雨が空気を濡らす。
うつろっていく雲の形や光の色、または動植物など、いく年か同じ土地で暮らすうちに、巡ってくる季節の姿が体に染み込んでくるような感覚になる時があります。
そんなふうに巡りくるものの一つがキノコです。
暑く空気の乾いた夏が過ぎ去ると、霧雨を待っていたキノコたちがしっとりと湿った地面の片隅で、可愛くぽこぽこと顔を出します。
キノコが始まったら夏の終わり。レストランのメニューもフィッファーリンゲPfifferlinge(アンズタケ)やシュタインピルツSteinpilz(ヤマドリタケ)を用いたものになって、秋がよりいっそう美しく彩ります。
秋メニューに欠かせないキノコはレストランはもちろん市場などで買ってきたらいくらでも食べられるのだけれど、気合いの入ったキノコ好きはカゴに「キノコ用ナイフとブラシ」を入れて森に行きます。
するとこんなニュースが流れるようになるのです。
「昨日もキノコ中毒で5人運ばれました。よくわからないキノコは食べないようにしましょう」
「よく知ってると思っても毒と間違えたりしますからねキノコって」
「おいしいですから食べたくなる気持ちはわかるんですが」
ああ、なんというドイツの秋。
そうなのです、自分で採ったキノコにあたって病院に運ばれたり亡くなったりする人が毎年必ず出る。
えっ、買えばよくない? 毎年中毒のニュースが出るのによく怖くならないな。秋になるとそんな風に思っていました。
ところがある年、「そろそろ中原の子どもも大きくなってきたし行くべ」と、友達にキノコ狩りに誘われました。どうやら我が家の子ども達がある程度大きくなって森の中を歩き回る機動力がつくまで待っていたようなのです。
中毒ニュースを聞くだけだった私は白目を剥いて思う、ああとうとうこの日が来てしまった……と。
キノコ狩りに
一番大切なこと
キノコはこわい。
しかしこの際、行ってみることにしました。だって実はむっちゃ気になってた。そこらじゅうで買えるのにわざわざ森を何キロも歩いてキノコ狩り? 下手こいたら死ぬかもしれんのになんでそんな面倒なことするの。そこまでする魅力は何なのか、知るためには森の中へ向かわねばならぬ。
さて、キノコを採る上で一番大切なのは、初めてのキノコは1人で採るなということです。
食べられるものよりも圧倒的に毒キノコの方が多いキノコの世界では、その土地のキノコを食べて経験を積んできた人に教わりながらでないと簡単に死んでしまいます。グーグル画像判断やキノコ判別アプリは当てにしてはいけません。
ヨーロッパでよく食べられているPfifferlinge(アンズタケ)やParasole(カラカサタケ) も簡単に見つけることができるけど、それでも最初はコレだけにしとけ、と教わった初心者キノコMaronenマロ―ネン(ニセイロガワリ)とSteinpilz(ヤマドリタケ)。
Steinpilz(ヤマドリタケ)はポルチーニ茸のこと。日本語のヤマドリタケという名前よりもイタリア名の方が聞いたことあるこの大きなキノコはヨーロッパの森で広く見つけることができます。
シュタイン(意味:石)の名の通りキュッと硬く締まった身が美味しいキノコです。
Maronenマロ―ネンは松林を好んで生える、マロンの名の通り傘が栗色のキノコです。大きさは親指サイズの小さなものから手のひらから溢れ出るほど大きなものまでさまざまで、共通しているのは栗色の傘とスポンジ状の傘の裏。
この傘を傷つけて青黒く変色したらまずは大丈夫だとか、よく似てても傘や石突のあたりが赤っぽかったら触るなーとか。そんな注意点を教わります。
さて、子ども達と歩く上でのお約束をします。
姿が見えなくなるところへ1人で行かない、キノコを触った手を口に入れない、などなど。キノコ狩りの先輩から危険について教わるの大事。
「これがマローネンだよ。これ以外は触ったらダメだよ、なんでかな?」
「毒があるかもー!」
「ほかの生き物のごはんだから残しておくのー」
熱中するとついつい足元ばかり見がちなキノコ狩りも、子ども達が一緒なので遠くへ走っていかないように目をくばりながらのんびりいきます。
うぉぉぉぉ……マローネン、めっちゃある……。キノコ狩り、た、楽しい……。のんびり行くの無理だった。
湿った苔の間から、ぽこっと顔を出しているマローネンはとても可愛い。愛らしい。
鹿や猪も大好きなキノコなのだそうです。
不思議なことに、森を歩き進むにつれ、手間と時間をかけてキノコ狩りに行く気持ちが私にもわかり始めました。
目がキノコになってくる。全身がキノコを探すレーダーのようになって研ぎ澄まされるのです。
きっと野生動物はこんな感覚なのだろう。キノコが生えている近くに来ると、菌の匂いがしてきて、地表を見るとキノコが生えてきているところが浮かび上がって見える。そらみろ、あったじゃないか。
夢中になっているのは私だけではなく、子どもも「ここはキノコの匂いがする」「マローーーーねんねん見つけた!」とあちらこちらと競争して取りに行ってしまう(食べないくせに)。
森深く迷い込むのはこういう時なのか! 昔はこういう時に熊に襲われたり、谷に落ちたりしていたのでしょう。あぶない、あぶない、皆のもの正気に戻れ。楽しすぎる。
森の恵みに
心震える理由は……
森が見せる季節の姿もキノコ狩りの楽しみ。食べられないお友達の姿もどうぞ。
ベニテングタケは森の女王様。いつもお美しい
ハリネズミみたいなキノコ
どう見ても毒なやつだけどかわいい。
「白いイエティが立ってるみたいなキノコ、Schopf-Tintlingeショプフ・ティンテリンゲ(ササクレヒトヨタケ)。ほっておくと真っ黒になって溶けて消えてしまうキノコ。食べられるらしい(勇気は無い)」
大きなParasolパラソール(カラカサタケ)は食べられるキノコ。でも私はこわくて手が出せない。パラソールには類似の猛毒キノコがあるのです。
友達がふるまってくれた巨大なパラソールきのこのバターステーキ。とっても美味しかったけど、自分では採りたくないキノコ。
[caption id="attachment_58352" align="alignnone" width="680"] 虫写真注意です! ぞっとするけど知ってて損は無いマダニの姿。[/caption]森の中で気をつけなければならないのがマダニです。靴からとことこ上がってきて服の中に入り内腿などの柔らかいところにいつの間にか喰い付いています。虫除けと体の確認は十分に気をつけていきましょう。
ヨーロッパの冬が今よりずっと暗くて寒くて厳しかった頃、人々は土地の領主の許可なしには森の木を切ることはできず、野の獣を勝手に狩って食べることも許されてはいませんでした。
肉も野菜も無い、雪と氷に覆われた冬を越すためキノコは大切な保存食であったはずです。
労せずカゴに3杯も4杯も採れる滋養のある食べ物はちょうど穀物の刈り入れが済んだ頃に勝手に生えてくる、まさしく森の恵。キノコの知識は飢餓を免れ生き延びるためには欠かせないものでした。
森に生えるキノコに心が震えるのは食い意地のせいだけじゃないな、これははるか昔から本能に刻まれてきたものがある。と森を歩きながら感じていました。
家に帰ってきたらみんなでキノコのお掃除です。
毒キノコが混入していないかなと最終チェックをしながら、キノコ用のブラシで松葉や砂を落とし、石突(いしづき)の硬いところや虫が入っているところ、砂を抱き込んでいるところなどを切り落とします。
大きく育った傘裏のスポンジは子ども達に剥がしてもらいます。小さいものは全部食べられるけれど大きくなった傘裏は美味しくないのです。
お掃除が終わったらニンニクたっぷりのアヒージョにしたり、クリーム煮やトマト煮にしたりして頂きます。初めてのキノコ狩り……ちょっと怖いけどおっかなびっくり食べてみると、トロッとした食感と甘味、キノコの香りがすごい。
新鮮なマローネンは森の苔の香りもする。ああ、歩き回って疲れた体に効く。これは命をつなぐ味だわ。
その日食べる分以外は乾燥させ、清潔な瓶に密封保存します。
命懸けでキノコを覚えなければならなかった昔と違い、今はキノコの見分けをするための教室や、採ったキノコを持っていくと食べられるものかどうか判断してくれる自然保護団体(NABU)や、行政から判別を委託された組織が各自治体にあるそうなのです。そういうものをうまく活かせば病院に運ばれる確率を減らせるだろうとのこと。
キノコの季節、自分が中毒ニュースにならないように、楽しく美味しく過ごしていきたいなと思うのです。