「ベアラオホ」を求めて、春を迎えたドイツの森へ【教えて!世界の子育て~ドイツ~】
海外ではどんな子育てをしているの? 日本から離れて子育てをするママたちに、海外でのようすを教えてもらう「教えて! 世界の子育て」。場所や文化が違うと、子育ては違うのでしょうか。日本での子育てや生活と同じこと、違うこと。各国からリアルな声を伝えてもらいます。
4月。ドイツも春を迎えます。今回は、ドイツの森の中へ、「ベアラオホ」を見つけるお散歩へ♪
ドイツの森の中へ
旬の短い春の野草、ベアラオホ
長い冬が終わりを告げる4月、賑(にぎ)やかになった鳥の囀(さえず)りで目を覚ましたかのように、虫も動物も一斉に活動を始めます。
ああ春だなぁ。風も日差しも穏やか。こんな日には森に行こう。もしかしたらベアラオホが出てるかも。
そうと決まったらバスケットにサンドイッチとりんごを入れて出発です。
ベアラオホBärlauchはヨーロッパに自生する多年性の野草で、日本ではベアラオホを直訳してクマネギ、クマニンニク、英語ではラムソン、ワイルドガーリックなどと呼ばれています。
ラオホLauch(ネギ)と名がついていますがネギというよりもニラに近い味でしょうか。
春先のレストランでは白アスパラガスのスープに香り付けで乗っていたり、新鮮なベアラオホをお肉で巻いてじゅわっと焼いたり、パスタソースにしたりと香りや色味を生かした料理を楽しむことができます。
ベアラオホは直射日光の当たらない森の中に群生し、ぱっと見笹の葉みたいな形をしています。
春になると毎年決まった場所からにょにょにょっと葉っぱが出てきて、その後すぐニラの花によく似た白い花が茎を伸ばしてきて咲きます。この花がでてきてしまうと葉の味が落ちるので旬がとっても短い。
毎年春になると、今か今かと待ちかねた私の胃袋が「ねえ、もう生えてるかな?」「ちょっと森の中を見ておいでよ」と急かすので私は群生地を散歩がてらちょこちょこ覗き、収穫どきをうかがいに行かないといけないのです。
ニラがなかなか手に入らない欧州暮らしで一瞬だけニラ長者になって、ニラをたらふく食べられる、そんなチャンスは逃がせません。
森の中はゆっくりと春を迎えています。
ブブブブブという羽音に振り向くと、綻(ほころ)びた姫林檎の花にふわふわした大きなハチが頭を突っ込んでいて、これは蜜を吸っているんだろうか。
家の周りとは囀る鳥の声も違います。いま鳴いてるのはどの鳥かな。
コココココと木立にこだまするのはキツツキが木をつついてる音かな。
日本とは木々の色も、土の匂いも違う。たくさんの知らない生き物がいる。
森の木々はまだ寒暖差におそるおそるといった感じで葉を広げておらず、遮る物のない視界には黒々とした木の幹や枝がよく見え、色々な形の巣箱やそこに出入りする生き物を観察することができます。
「あれなにー?」
「あれは小さい穴だからアオガラかな」
「あれは穴が大きいね!」
「なんだろう? キツツキ? ふくろう?」
「これ知ってる! コウモリのねぐらだよね」
あれこれ指差しながら森の奥へ。
「みてみて! なにかあるよ!」
と次女のおいもさんが駆け出しました。
ほんとうだ。なだらかな森の斜面に何かある。木々の向こうの石の壁。
なんだろうと近寄ってみると石壁には門があります。こりゃ城跡かな?
「ロイバーリッターReuberrichter盗賊騎士が根城にしていた中世の城みたいだよ」
後から来た夫が案内板を読み上げてくれました。
「この門を馬に乗って通ったのかな」
ヨーロッパのお城というとシンデレラ城みたいな壮麗で立派なのを想像しますが、数でいったらこんな風に朽ちた中世の城が圧倒的に多いのです。
ヨーロッパ中至る所にあり、ハイキングをしているとひょっこり出くわすことがあります。
白亜の城もいいけれど、風雨に晒(さら)されたまま時代を経てきた城跡もまた味わい深く、石壁の周りの起伏は人工的に掘ったのかな? とか、どんな屋根がついていたんだろう、盗賊が住んでいた城からはどんな音がしていたんだろう、どんな服を着ていたのかな、と、残されているものが少ないからこそ掻き立てられる想像に心が躍ります。
あちらへトコトコ、こちらへキョロキョロ。
森の中は面白い。
そんなふうにのんびり歩いて回っていたら群生地に到着です。
見渡す限りぎっしりと敷き詰められた絨毯(じゅうたん)、その青々した緑の美しさは潔いほど。
一歩足を踏み入れるとフワッとベアラオホの香りが立ち、私はたまらない気持ちになって胃に語りかける。
ねぇ、わたしたち1年間これを待っていたよね……と。
無駄にセンチメンタル、しかしそれも見逃して欲しい。だって1年も待ったのだもの。
わー! と駆け出して摘み始めたい衝動をぐっと堪(こら)え、子ども達を呼び止め、収穫の注意をします。
「ベアラオホは球根の植物だから引っ張ったらだめだよ。球根が抜けたら株が傷んじゃうからね。あと1個の球根からは葉っぱ1枚だけにしようね」
「わかった、全部ちぎったらその人の髪の毛なくなっちゃうちゃうもんね!」
球根を傷めないように1枚ずつ根本からちぎり、ひとつの株の葉を全部採らないように、まばらに摘んでいきます。
森はみんなのもの。ひとりで採り尽くさない、採りすぎない、そこにある動植物を傷めないことは森の恵みを分けてもらう者の最低限のマナーです。
なにより自分たちが来年も美味しいベアラオホを分けてもらうために大切なこと。
さて、ここで大事なのがスズランとの見分け。
スズランといえば爽やかな緑の茎に可憐な白い花が下がる、日本でも馴染みの深い植物です。
そんな可愛いスズラン、実は猛毒です。
そしてスズランの花が咲く前の姿はベアラオホととてもよく似ているのです。
更に紛らわしいことにベアラオホの収穫期と同じ頃に葉が生えてくるので毎年誤食による中毒の報が絶えません。
これを避けるために目と鼻をフルに使って見分けます。
スズランは1本の茎に葉が巻きついた形なのに対しベアラオホは地面から1枚の葉っぱが単体でぺろんと生えています。これがまず大きな特徴。そして最も大きな違い、それは匂い。
ベアラオホはニラニラしい。子ども達よ、ニラニラしい葉を摘むのだ。
「地面から一枚ずつ生えてるのが食べられるやつだよ」
『はーい!』
「においがしないのは?」
『だめー!』
からっぽになったバスケットの中にはたくさん摘んだベアラオホを詰めます。
1日たくさん歩いてお腹も空いた。ベアラオホが口に入るまでもう一踏ん張り。大量のニラが手に入ったとなればメニューはもちろん餃子!
ベアラオホをよく洗って、とんとん刻んで、捏(こ)ねて包んで、その日のことを話す。
家族で餃子を作っている時の醍醐味は手を動かしながらのたわいも無いおしゃべりだと思うのです。
「ロイバーリッター(盗賊騎士)たちも春にはこのベアラオホを摘んで食べていたのかな」
「馬に積みやすいようにバスケットじゃなくてシュトフテューテ(布袋)とかに入れてそうだね」
「きっと帰り道にレー(鹿)をシーセンして(射って)ベアラオホと一緒に晩御飯にしたんだよ」
「リンゼたちレー(鹿)ないけど餃子を作れるよねー!」
「そうだね、中世の騎士は食べられなかった餃子を、私たちは食べよう!」
日本語の語彙が少ないリンゼとオイモさん。会話の中にはどうしてもドイツ語が混じってしまいます。
当人たちはドイツ語で話したほうがうんと楽だろうに、お母さんのために一生懸命日本語を使おうとしてくれているのです。
大きくなってもこうしてお母さんと一緒に歩いたり作ったり食べたりしてくれるかな……と今からもう寂しくなってしまうのは何故だろう。
来年もまた摘みに行けたらいいな。ベアラオホ料理のレパートリーも増やすぞ。