
映画監督・呉美保さんインタビュー「親になったからといって完璧な大人にはなれない。不完全なものを共有しながら少しずつ成長していきたい」
映画『ふつうの子ども』は、小学4年生の唯士が、気になるクラスメイトの心愛、そして恋のライバルともいえる陽斗と始めた環境活動をきっかけに、思いもよらぬ方向へ転がっていく物語です。
今回、そのメガホンをとった呉美保監督に、本作に込めた思いから子ども時代のエピソード、そして子育てのリアルまでを伺いました。
お みぽ/1977年生まれ、三重県出身。2児の母。スクリプターとして映画界入りし、初長編映画『酒井家のしあわせ』でサンダンス・NHK国際映像作家賞を受賞。2015年『きみはいい子』はモスクワ国際映画祭最優秀賞アジア映画祭を受賞。2児の出産、子育てを経て9年ぶりに手掛けた長編作『ぼくが生きてる、ふたつの世界』は上海国際映画祭コンペティション部門に選出された。
完璧な大人なんていない
完璧ではないからこそ魅力的
――映画『ふつうの子ども』は、ごく「ふつう」の小学4年生・唯士が、クラスメイトと始めた「環境活動」が、彼らの想像をはるかに超えた事態に転がり出してしまう物語です。監督は「子どもと大人が一緒に楽しめる映画を撮りたい」という思いから本作を企画されたそうですね。
観た子どもたちの中には「ホラーみたいだった」と言う子もいました。ドキドキしたり、少し怖がったり、登場人物に憧れを抱いたり。ジェットコースターのように揺さぶられる体験をしてもらえたら嬉しいですね。
大人には、この映画を通して少し肩の力を抜いてもらえたらと思います。完璧な大人はひとりも登場しないからこそ、ハラハラしながら観つつも『自分もこれでいいのかも』と安心してもらえる気がします。

©2025 「ふつうの子ども」 製作委員会
――物語の終盤、問題を起こした子どもたちの母親たちが集まり、話し合うシーンは圧巻です。子どもを信じたい、守りたいという気持ちと同時に、親ならではのエゴがあふれ出していて、決して他人事としては見られませんでした。
スリリングですよね。特に瀧内公美さん演じる、心愛のお母さんは「私とはちょっと違うわ」と、距離を置きたくなるタイプなんだけど、私にもみなさんの中にも彼女と似た部分はあるはずです。

©2025 「ふつうの子ども」 製作委員会
――監督がもしあの場にいたらどうしますか?
よかれと思って頑張って仕切るけど、見当違いのことを言って自爆しちゃう気がします(笑)。
映画でも描いたように、子育てしていると「ちょっと気が合わないかも」と感じる親御さんとも付き合わないといけない場面って増えますよね。以前は、人との距離を自分で調整できていたのに、子どもがいるとそうもいかない。子ども同士が仲良しというだけで、親同士も自然と関わらざるを得ない瞬間が容赦なくやってきます。そのたびに、子どもを通じて人間の多面性に触れているのだと実感してます。そして、子どもも大人も同じ人間関係の構図を持っていることに気づかされます。
――この映画に「完璧な大人」が出てこないのは、監督ご自身の経験が影響しているのでしょうか?
完璧な大人なんていないし、むしろ完璧ではないからこそ人は魅力的なんだと気づけたのは大きかったですね。人ってみんなバラバラで、相性の良し悪しはあっても、互いに補い合いながら生きていくのが社会だと思うんです。
親になったからって人間性が大きく変わるわけではないけれど、色々な人やものと出会って、不完全なものを共有しながら少しずつ成長していくのが理想だと考えています。なので映画では、その一瞬を切り取れるよう心がけました。

©2025 「ふつうの子ども」 製作委員会
リビングに読みかけの育児書を放置して、自分は寝っ転がってスマホをいじっているという、蒼井優さんが演じた唯士のお母さんのキャラクターも絶妙ですよね。自分への戒めも込めて、ツッコミどころ満載な親たちをたくさん登場させているので、ぜひそこにも注目してください(笑)。
私も子どもも、完璧すぎないキャラが
出てくる絵本が大好き
――『ふつうの子ども』には、個性豊かな子どもたちが多く登場しますが、監督自身はどのようなお子さんでしたか?
小学生の頃は、ちょっと妄想癖があったというか、物事を何でもドラマチックにとらえる子でした。親に怒られたあとは『もし今日、私がいなくなったら家族は悲しんでくれるかな?』なんて悲劇のヒロインになりきって想像して、泣いている親の姿を思い浮かべて安心して眠る、なんてこともありました。
そんな感じだったから、自分のことでしか感情を動かされることはなかったんですが、中学2年生のときに、戦争を描いた映画『少年時代』を観て、号泣してしまって。あのとき初めて「物語が人の心を動かす」ということを意識しました。その時の感情が、映画の道を意識するきっかけになりました。

©2025 「ふつうの子ども」 製作委員会
――育児と映画監督というお仕事を両立させるのはとても大変ではありませんか?
私が映画業界に入った頃に比べれば、ずいぶん働きやすくはなってきているとは思いますが、それでも正直まだまだ大変です。現場では子役の子どもたちと丁寧に向き合っているのに、いざ自分の子どもとなると撮影の忙しさから余裕をなくしてつい強く当たってしまうこともあって……。そんなときはどうしてももどかしさを感じます。
なので、子どもたちと一緒に絵本を読む時間は大切にしていて、毎日欠かさないようにしています。

撮影現場の様子。
――お子さんたちはどんな絵本がお気に入りですか?
「11ぴきのねこ」シリーズはテッパンです。皮肉がきいていて、ねこたちに人間味を感じます。「パンどろぼう」シリーズや、「大ピンチずかん」シリーズもめちゃくちゃハマってます。どの登場キャラも、優等生すぎないのがいいのかな。
早く寝かしつけたい時はめっちゃ早口で読んだり、文字が多いところは読み飛ばしたりもしちゃいますが、読み聞かせの時間は自分にとっても癒しになっています。
INFORMATION
『ふつうの子ども』

©2025 「ふつうの子ども」 製作委員会
小学4年生の唯士は、気になる同級生・心愛に近づきたい一心で、クラスの陽斗とともに「環境活動」を始める。ささやかな行動はやがて思いがけない展開を呼び、子どもたちの世界に大人たちの姿も映し出されていく……。『そこのみにて光輝く』『きみはいい子』の呉美保監督が描く、子どもも大人も一緒に揺さぶられる物語。
監督:呉美保
脚本:高田亮
出演:嶋田鉄太、瑠璃、味元耀大、風間俊介、蒼井優ほか
配給:murmur
©2025 「ふつうの子ども」 製作委員会
9月5日(金)テアトル新宿ほか全国公開
公式サイト https://kodomo-film.com/
取材・文/高田真莉絵