5月のテーマは「石ころ絵本」【広松由希子の今月の絵本・83】
絵本作家で評論家の広松由希子さんの連載。毎月、テーマに沿った、おすすめ絵本をセレクトしていただきます!
5月のテーマは「石ころ絵本」
散歩日和です。寒くもなく暑くもなく、花粉もほとんど過ぎ去って、ああ、いいなあ。ぽくぽく歩いているだけで、いいきもち。でも、小さな子どもと歩いていると、なかなか進まないんですよね。ふと気づくと、道でしゃがみこんで、なにか拾っていたりする。
うちの娘は1、2歳のころ、石が大好きで、散歩に行くと、拾える限りの石を拾って帰りました。親から見ると、なんの変哲もない石ころばかりでしたが、だいじに宝物箱にしまってとっていました。ためこみ過ぎて、ずっしりとんでもない重さになり、どうしたものかともてあましたことを思い出します。
ひとりで散歩していたら、足元でいちばん見過ごされがちな石の絵本を見直してみたくなりました。味わい深い石ころ絵本って、選ぶのが悩ましいほどたくさんあるんです。
「石ころ」って、煮ても焼いても食えない、役に立たないものの代表のように言われるけれど、本当にそうかしら? 『せかいいちおいしいスープ』は、石からだって、すごくおいしいスープが作れることを教えてくれる、目から鱗の民話絵本です。
3人の兵士が、故郷へ帰る道をとぼとぼ歩いていました。はらぺこの3人は、たどり着いた村で食べ物を分けてもらおうとしますが、どこの家でも作物は隠され、断られてしまいます。そこで、3人は一計を案じ、「しかたが ありません。われわれは いまから、石のスープを つくることにします」。えっ、石でスープができるなら、知らなきゃ損。村人たちが広場に集まってきます。
石のスープを作るには、まず大きな鉄鍋が必要。水をたっぷり入れ、火にかけて、煮立ったら、すべすべの丸い石を入れて……それくらいならお安い御用と、村人たちも手を貸します。さらに一言ずつ「どんな スープにも、しおと こしょうは かかせませんな」とか「こんなに いい 石なら、これだけでも うまい スープに なるだろうが、もし ここに にんじんが はいれば、もっと おいしく なるんだがなぁ」とか、つぶやくのです。「ないものねだりは やめておこう」と言いながら、ここにあれがあれば、もっとおいしくなるのに、豪華に、王様の料理みたいに……世界一おいしくなるのにと、村人をその気にさせていくのですね。
ついには、すばらしいスープが出来上がり、村人たちとすてきな晩餐。感謝され、尊敬の的にもなってしまうなんて! あれ、これってサギなんじゃ? いやいや、みんながめでたい気分に包まれる発想の転換といえましょう。石からごちそう。ビジネスにも応用できるかもね?
『三びきのやぎのがらがらどん』でおなじみのマーシャ・ブラウンの初期代表作。日本でも渡辺茂男さんの訳で親しまれていたゆかいな昔話絵本です。しばらく絶版になっていましたが、新訳で復刊されました。
『せかいいちおいしいスープ』
マーシャ・ブラウン/文・絵 こみやゆう/訳 岩波書店
本体1600円+税 2010
大人から見たらただの石ころでも、子どもにとっては友達にもなれば、心の支えにもなることもあるんだって、しみじみ思い出させてくれたのは、2019年の新刊『ルブナとこいし』でした。戦争で国を追われ、難民キャンプで暮らす小さな女の子のお話です。
ルブナのいちばんの友達は、丸いすべすべの小石でした。新しい土地に船でたどりついた晩、浜辺でひろったのです。父さんとふたり、テント村での生活をはじめることになったルブナは、小石にペンで顔を描いて「こんにちは、こいしちゃん」と語りかけます。別れた兄弟のこと、生まれた国のこと、戦争のこと……ルブナの話を、小石はいつも笑顔で聞いてくれます。「ありがとう、こいしちゃん。だいすき」小石のために、空き箱でベッドもこさえました。
しばらくして、ひとりの小さな男の子がテント村にやってきました。なにも話さない男の子に、ルブナは声をかけます。「これは わたしの いちばんの ともだち、こいしちゃん」と紹介すると、「こんにちは、こいしちゃん。ぼく アミール」。うちとけたふたりは、小石といっしょにいつも遊ぶようになりました。そんなある日、ルブナとお父さんは住むところがみつかり、テント村を出ることになります。うれしい反面、泣いているアミールを見て、ルブナは悲しくなります。「こいしちゃん、わたし どうしたら いいの?」
小石をにぎりしめる手の感触は、国境や世代を越えて、わたしたちの体が覚えている、共通の感覚ではないかしら。あたたかい色でとらえた、子どもの目や幼い手つき。小さな胸の悩みと、清々しい決心。世界のどこかで今日もけなげに生きている子どもたちの気持ちが、小石への思いを通してずっと近くに感じられるようです。
『ルブナとこいし』
ウェンディ・メデュワ/文 ダニエル・イヌュ/絵 木坂涼/訳 BL出版
本体1500円+税 2019
石が好きでたまらないのは、子どもばかりではないみたい。『あたまにつまった石ころが』の原題は、“Rocks in His Head”。子どもの頃からずっと石集めが大好きで、「あいつは、ポケットにもあたまのなかにも石ころがつまっているのさ」と言われていたお父さんのみごとな人生を、娘である作者が綴った絵本です。
「石ころじゃあ、金にならんぞ」と親に言われ、ガソリン・スタンドの仕事をするようになったお父さんですが、石のコレクションは店の奥の石専用の棚に、いつも大事に飾っていました。ガーネット、ほたる石、石英、白雲母……ひとつずつラベルをつけて。大恐慌で失業し、引っ越すことになっても、石の棚は最優先。誰に何を言われても、石好きは揺らぎませんでした。仕事のないある日、通いつめていた博物館の石の展示室で館長の女性に声をかけられたことから、ゆっくりと新しい人生が開けていきます。大学を出ていないお父さんは、まず博物館に夜の管理人として勤めるのですが、やがて……。
静かに、ふつふつと生涯燃え続ける、石への情熱。ポケットも頭も石でいっぱいの、こよなく「好き」という気持ち。そのぶれない価値観が、うらやましくなります。軽やかでユーモラスなスティーブンソンのペン画が、読者を絵本に親しく招き入れてくれるから、この石好き父さんの人生にしっぽり感情移入できるでしょう。「父ほど幸福な人生を送った人を、わたしはほかに知りません。」という作者の結びの言葉には、どんな偉人の伝記よりも説得力があります。
小学校中学年くらいから、大人まで、石ころが頭をほぐしてくれますよ。
『あたまにつまった石ころが』
キャロル・オーティス・ハースト/文 ジェイムズ・スティーブンソン/絵 千葉茂樹/訳 光村教育図書
本体1400円+税 2002
子どもも大人も気持ちを寄せる石ですが、はたして石の側の気持ちはどんなでしょうね? 『石のきもち』は、一人称で書かれた、石の「ぼく」が主人公の絵本です。自然を愛するアウトドア絵本作家、村上康成さんによる石の擬人化に注目。八百万の神の国だからこそ、生まれた絵本かもしれません。
「ぼく」は石ですから、動きません。ずっと昔から、この森にいて、毎日やってくる生物たちと関わりながら暮らしています。今朝一番のお客はキビタキ。それからイタチ。お次はキツネ。逃げる鳥がフンをしても、イタチが最後っ屁を放っても、ぼくは逃げるわけにもいかず、ただじっとしているだけ。石ですからね。
でもまわりでは、毎日ちがう、いろんなことが起きているのです。昔、山火事に包まれたこと。もっと昔、オオカミのお母さんに抱かれていたこと。もっともっともっと昔、恐竜にかみつかれたことも。動かない石には、やってきては過ぎ去っていく長い時間と記憶、そして微かな変化もほんの少し、刻まれているんですね。
絵本を読みながら、石のあり方に思いを巡らすと同時に、地球という一個の「石」の上に生きる、わたしたち人間や自然のあり方を考えます。この石の上にいっしょに生きて、同じいま、ここに出会い、触れ合うという奇跡。なんて書くと堅苦しいですが、余白たっぷりの絵と文は、読者を構えさせません。大きい人も小さい人もそれなりに、大きな石の営みを肌で感じられるのでは。
『石のきもち』
村上康成/作 ひさかたチャイルド
本体1300円+税 2010
さて、石の魅力について、もっと具体的に突っ込んで知りたくなった人には、『いしのはなし』をおすすめします。カラフルで繊細なイラストレーションで、石の面白さをいろんな角度から、簡潔に説いてくれる、科学絵本です。
地面の奥深くでぐつぐつ煮えたぎる岩石のこととか、石の中にまざったいろんなつぶつぶのこととか、宇宙を飛び交う石(流星)のこととか、何十億年も前の古い石が存在することとか……人間はもちろん、恐竜なんかよりずっと昔から地球上に存在し続けている、石。人の文明だって、石から始まっています。人間ごときが石ころなんて呼ぶのはおこがましい?
「きれいでふしぎでやくにたつ、ちいさなちきゅう」……なるほど、長いサブタイトルに、じわじわと納得。かみしめます。
『いしのはなし きれいでふしぎでやくにたつ、ちいさなちきゅう』
ダイアナ・アストン/文 シルビア・ロング/絵 千葉茂樹/訳 ほるぷ出版
本体1500円+税 2013
自分の古い記憶をさかのぼると、友達の家の本棚で『はまべにはいしがいっぱい』(レオ=レオニ/作 谷川俊太郎/訳 好学社)に出会った日のことがよみがえります。『あおくんときいろちゃん』や『フレデリック』などで知られる絵本作家の、隠れた名作。こちらも絶版が惜しまれていましたが、2012年に復刊されました。鉛筆で描かれたモノクロームの石の美しさに、ほれぼれします。
たかが石。されど石。絵本で出会い直す、石の魅力。
そして「とるにたらない」と見過ごされているものにこそ光をあてる、絵本の力に満ち満ちた「石ころ絵本」たちでした。
広松由希子 ひろまつゆきこ/絵本の文、評論、展示、講座や絵本コンペ審査員などで活躍中。
2017年ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)国際審査員長。著作に絵本『おかえりたまご』(アリス館)、「いまむかしえほん」シリーズ(全11冊 岩崎書店)や 2001~2012年の絵本案内『きょうの絵本 あしたの絵本』、訳書に『ヒキガエルがいく』(岩波書店)『うるさく、しずかに、ひそひそと』(河出書房新社)など。2020年8月、絵本の読めるおそうざい屋「83gocco」をオープン。https://83gocco.tokyo
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