2026年2月22日

日本史上に残る「ざんねんな親子」。著名な父と母の間に生まれたサラブレッドも、なぜか「ざんねんな子」に

歴史に名を残す“偉人”と呼ばれる人たちは、実はざんねんな親だった? 彼ら彼女らのエピソードには共感ポイントと子育てのヒントがあるかもしれません。今回ご紹介するのは、日本史上に残る“ざんねんな親子”です。

ざんねんな親子

著名な父と母の間に生まれたサラブレッドが“ざんねんな子”になってしまう場合も。日本史上に残る“ざんねんな親子”をご紹介。

母:「日本三大悪女」の一人
日野富子

1440 -1496

日本史上に残る「ざんねんな親子」。著名な父と母の間に生まれたサラブレッドも、なぜか「ざんねんな子」にの画像1

足利義政の正室。応仁の乱で京都を戦禍に巻き込みながら、自身は財物の収集に余念がなく、また両軍の大名にお金を貸し付けるなど利己的な面も。

父:ご存知、銀閣を建てた将軍
足利義政
1436 -1490

日本史上に残る「ざんねんな親子」。著名な父と母の間に生まれたサラブレッドも、なぜか「ざんねんな子」にの画像2

室町幕府第8代将軍。銀閣を建てるなど東山文化の振興に貢献したことが有名だが、苦手な政治は周囲に丸投げし、側室が40人以上いたという側面も。

子:優秀な父と母の間に生まれたが
足利義尚
1465 -1489

日本史上に残る「ざんねんな親子」。著名な父と母の間に生まれたサラブレッドも、なぜか「ざんねんな子」にの画像3

日野富子と足利義政の子。後継者争いに勝利して第9代将軍となるが、父と同じく政治を投げ出して酒と色欲に溺れ、若くして亡くなることに。

父と母の長所も短所も
受け継いた結果……

美貌も知性も兼ね備えたが、目的のためなら手段を選ばない母、日野富子。政治を投げ出したのち、銀閣を創建し華やかな東山文化の担い手となった父、足利義政。二人の子、義尚は、母譲りの知略で六角氏との戦いを有利に進めるが、父譲りの女好きが災い。「絶対勝てる」と油断し、女性と遊びほうけてしまいまさかの敗北。室町幕府の権威は失墜、戦国時代へ突入。

教えてくれたのは
佐藤幸夫
さとうゆきお/予備校講師と旅人と世界史ツアー添乗の30年。現在は家族とともにエジプトに移住。映像授業とYouTubeで活躍中。

金谷俊一郎
かなやしゅんいちろう/歴史コメンテーター・日本史講師。分かりやすい歴史解説が評判で、数々のTV番組に出演。著書も多数。

イラスト/ミヤタチカ(kodomoe2022年10月号掲載)

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