その不安、話してみませんか?子どもの心に寄り添う保育園の園長先生より
2020年11月9日

その不安、話してみませんか?子どもの心に寄り添う保育園の園長先生より

新しい生活様式のなかで、少しずつ取り戻しつつある「日常」。朝から子どもたちの元気な声が響き渡る保育園にも、いつもの姿が戻ってきたようです。
でも、大人たちはどうでしょうか。本当に日常は戻ってきているのでしょうか。
今回は、子どもの育ちに寄り添った保育をしている、上町しぜんの国保育園の園長・青山先生に、今ママたちが抱えている不安について聞きました。

 子どもも大人も“しんどい気持ち”を話してみませんか?

子育てって、ときに本当にしんどいものです。子どもと一緒に歩くだけでも、つまずかないか急に走りださないか常に緊張感があるし、こんな世の中になってからは、消毒をしたかマスクでちゃんと鼻が隠れているか、ウイルスにかからないか……。心配ごとを挙げたらキリがなくて、つらくなってしまう日もあるかもしれません。
そういうやりどころのない気持ちをどうしたらいいのか、青山先生に尋ねると、「気持ちを話す場所をつくること」が大切だと教えてくれました。
「人に気持ちを話すって、とても大変なことなんです。しかも知らない人に向かって急にできることじゃないので、楽しいことを共有したり、ちょっと立ち話したり、日頃からコミュニケーションをとって人との境界線を少しずつ溶かしておく必要があります。
そうしてやっと、ふと溜めていたことを話す気になれたり、挨拶ついでにちらりとこぼしたりできるんですよね。
上町しぜんの国保育園では、対話の場を3つ作っています。ひとつは4〜5歳の子どもたちが毎日集うミーティングの場、もうひとつは“いどばた”といって、職員と子どもと大人がみんなで月に一度夕飯を食べたり遊んだりする場(現在はお休み中)、それからp4c(philosophy for children=子どもの哲学)というプログラムを使って職員同士で話す場です。
保育園という場所でほぼ毎日顔を合わせるもの同士が、声をかけあったり情報交換したり、楽しいことを一緒にしたりしながら、村のようになっていけたらと思っているんです」
特徴的なのは、どんな場においても上下関係がないこと。たとえば子どもたちのミーティングでは、必ずしも子どもたちの意見を職員がまとめるわけではありません。職員もひとり、子どももひとりと考えて、フラットな関係づくりをしているそうです。
「人と人としてつきあうというシンプルなことなんですが、これは保護者と職員の関係も、職員同士も同じです。ひとりの子どもを育てるのにはひとつの村が必要と言われるくらい、実は子育てにはたくさんの大人が必要なんですよね。そういう場の存在が、きっと気持ちを整えることにつながっていきますから、周りで子育てしている方にちょっと声をかけてみたり、園の先生と話してみたりしてみてください」

 つまらないことのなかにも楽しめることを見つける

そうして、昨年度はじめましてと出会った大人たちと子どもたちは上町しぜんの国保育園で日々を過ごし、少しずついろんなことを分かち合ってきました。でもそれが保育園の休園という事態になったとき、状況が一変したのです。
「いつも一緒にいた人たちと会えなくなって、どうしたらいいのかわからなくなってしまいました。保育園に来てくれれば、子どもたちと遊ぶことも保護者と対話することもできるのに、会えない。保育士って子どもがいないとなんにもできることがなくなっちゃうんだなと、最初は思いました」
でもそこで諦めないのが青山先生らしいところ。職員の方々となんとか楽しいことをできないかと模索して、さまざまな企画を打ち出しました。
「はじめに行ったのは、YouTubeを使った “上町TV”という動画の配信です。給食で人気のあるメニューを料理番組のように紹介したり、エクササイズの番組を配信したり、ラジオのようにただただ話したり……。コンテンツは職員たちからのアイデアなんですが、“いつも会っていた自分たちの顔”を届けることで、ちょっとホッとできるような取り組みになったかなと思います。
あとは子どもたちが散歩に出るきっかけになればと、保育園の前で “ポップコーン屋さん”を開店しました。ここに集っていた仲間たちが顔を合わせて息抜きできるような場になりましたね。僕たちもみんなの顔が見られて嬉しかったし。
他にも、園庭を開放して密にならない人数でピクニックできるようにしたり、 “パパがオンライン会議のときに子どもを静かにさせるのが大変”という職員の声から、保育園の空いている部屋をリモートオフィスとして使っていただいたり、どんなことしたら楽しいかなって職員といろんなことを考えました。悲観的になるのではなく、この状況をどう楽しめるか、って。普段の保育ではベテランの保育士がリードしていても、YouTube配信となると若手の方が断然強いんですよね。そういうのもおもしろかったですよ」

 「失われたものの回復」もコロナ対策のひとつ

そうしてようやく自粛期間が明け、表面的な日常は戻ってはきましたが、もちろんすべてが元通りになったわけではありません。失ったのは、これまで大切にしてきた「対話する場を作れなくなった」ことでした。
「コロナウイルスへの対策は、感染予防の方はできることを粛々と行うしかないのですが、一方で、コミュニケーションへの弊害は未だに続いていますよね。呑みに行ったり大勢で集まったり観劇やライブに行ったり……、そういう楽しいことやストレスの発散になっていたようなことをできなくなってしまった方もいるし、制限している方もいるし、以前と同じようにはできないという方がほとんどじゃないでしょうか。
保育園のなかでもさまざまな制限が生まれました。でも、その失われたものを回復させるための行動もしていかないと、気持ちが落ち込んだりやる気が出なかったりするんですよね。そこに目を向けていくのも、コロナ対策のひとつ。未曾有の事態に怖い思いを抱えていらっしゃる方もいると思いますし、不安の強さは人それぞれ。そういうことも吐き出していいと思いますよ」
感染を100%防ぐことはできない、と青山先生は休園が明けるときに保護者に伝えたそうです。
「どうしたらいいのかは誰にもわからないんです。だからみんなで一緒に揺れて考えればいい。子どもには、こちらからどんどん情報を与える必要はないけれど、おうちの人の不安って子どもは感じ取っているものなんですよね。不安な気持ちがあることを無理して隠さなくてもいいと思いますし、怖いなって思うことは軽く見積もらないほうがいいと思っています。大切なのは、怖いと思っている自分を認めてあげること。怖さを感じることに大人も子どももなくて、大人だって怖いものは怖い。ああ、だから不安になっちゃうんだな、マスクして! って子どもに怒っちゃうんだな、みたいなことをいったん自分のなかで確認して、できればだれかと共有する。解決はできないかもしれないけれど、少しは軽くなるんじゃないかなと思います」

気がつけば、この新しい世の中になってからすでに半年以上が過ぎました。いつまでも変わらない現状に対する苛立ちと、いつまで続くのかわからない不安とともに、多分しばらくは生きていかなくてはなりません。そんななかでも日々子どもはすくすく育っていくもの。こういうときだからこそ周りと協力し合いながら、少しでも日常が明るくなるように考えていきたいですね。

撮影/繁延あづさ 取材・文/吉川愛歩

青山誠

あおやままこと/社会福祉法人東香会上町しぜんの国保育園園長(東京都世田谷区)。保育の傍ら執筆も行う。著書に『あなたも保育者になれる』(小学館)、『子どもたちのミーティング』(りんごの木)他。
上町しぜんの国保育園 https://toukoukai.org/hoiku/small-pond/

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